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吉田優利に宿る“前後際断”の精神 「練習でも今日を一生懸命、それがプレーに出た」【辻にぃ見聞】

辻村明志コーチにとっても、うれしいメジャー初優勝となった(撮影:上山敬太)

優勝スコアがオーバーパーとなった今季最初のメジャー。その我慢比べの一戦をトータル1オーバーで制したのは吉田優利だった。これは、吉田にとっても、コーチを務める辻村明志氏にとっても初めてのメジャータイトル。現地で教え子の吉田や上田桃子のプレーを一週間見守った辻村氏に喜びの声を聞く。

■上田桃子と初練習で高校1年生は“ど緊張”
 
吉田が辻村氏の門を叩いたのは高校1年生のとき。辻村氏は吉田の世界を目指す夢と熱意に共感し、2017年の1月から2人の関係が始まった。吉田が初めて練習に訪れた日のことを辻村氏ははっきりと覚えている。

「プロとはこういうものだって最初に教えたかったから、桃子の練習日にわざと当てたんです。最初に桃子に会ったときは優利の顔がタコみたいに赤くなってね。桃子の前でガッチガチになっていた。最初はわかっていなかったけど、上田桃子に憧れがあったんですよね」

上田はすでにツアー13勝を挙げていたトップ選手。吉田も高校1年生にしてJGAナショナルチームに名を連ねていたが、ツアーでの実績はまだないに等しかった。「その日は練習前に僕と桃子と優利の3人でランニングに行ったのをすごく覚えていて、優利はちゃんと後ろからついてきた。プロはみんなそうやっているのを言葉じゃなくて最初に教えたいと思ったんです」。吉田はそんな刺激的な初日を境にチーム辻村の一員となり、そのまま上田の背中を見ながら走り続け、どんどん力をつけていく。

高校3年生となったとき、「日本ジュニア」と「日本女子アマ」のアマチュア2大タイトルを獲得。2つの優勝カップを持って辻村氏のいる練習場を訪れた。「あの2つを見たときはうれしくて泣きそうでしたよ。『辻村さん、獲れましたよー』って持ってきてくれて、触らせてもらえた感動がありました」。辻村氏にとっても教え子がアマチュアの大きなタイトルを獲ったことは新鮮な出来事だった。

それから5年、吉田はついにチーム辻村に初めて国内メジャーのタイトルをもたらす。「僕はコーチとして19回勝たせてもらったけど、メジャーは初なんです」。表彰式後の記念撮影では辻村氏と吉田と並び、笑顔で優勝トロフィーを掲げた。
 
■目標はメジャーを含むシーズン3勝

吉田は昨シーズン、メルセデス・ランキング6位と大きく躍進。しかし一方で、2位が5回もありながら未勝利に終わった。「僕は足りなかったことは1つもないと思っています。メンタルの弱さというフレーズもなかった。だから優利にもっと技術を身につけようと話をしました」。シーズンが終わった年の暮れに、辻村氏と吉田は食事の席で振り返りを行い、新シーズンの目標を定めるのが恒例となっている。

「次のステップに上がるためにいろんな目標を書いてくるのですが、一番上には『年間3勝 メジャー1勝』と書いてありました。メジャー優勝は意外とオープンになっていなかったんですけど、僕にはメジャーを含む3勝と言っていました。その目標の下には、パッティング、アプローチ、アイアン、フィジカル、メンタルをどうしたいか全部書いてある。桃子も一緒ですが、2人で話して来年どうするかを明確にして、キャンプに入っていきました」

■練習中はスマホに触らず、電話も鳴らさない

辻村氏は吉田を6年以上指導してきて、「習い方が上手い」という。吉田は辻村氏に練習を見てもらっているときに、スマホを触ったり、電話に出たりすることは一切ない。そして、練習のはじめには「よろしくお願いいたします」、終わりには「ありがとうございました!」と挨拶を欠かさない。

「高校1年生から教えだして、携帯電話を触るのはスイングチェックのどきだけです。僕の前で他人の電話に出たこともないし、音を鳴らしたこともない。今の若い子にできるかといったらちょっと微妙ですよね。練習の最後は『よっしゃー、優利いいぞー』と言ったら、『ありがとうございました!』と終わる。だから僕も朝練習場に行って、優利の顔を見るとうれしくなるし、帰るときに感謝されると、何か上手くなった気持ちになれるんです」

吉田の練習時間は決して長くない。60分か90分、多いときで120分、「アプローチから始まってショット、パッティングまで」。短い時間で集中し密度の高い練習を行うことで、本番でも高い集中力を出せる。「やはり彼女の良さは集中力の高さ。短期集中型だから、僕と気と気で会話ができて、本当に無駄なボールを打たない。1球目から集中しています」。

■優勝翌日も変わらず、朝8時から練習

優勝会見で「優勝できましたけど改善点はあるので、あしたから練習したいと思います」と話していた通り、優勝翌日の月曜日もいつものように朝8時から練習していた吉田。「きょうは来ないかなって少し思ったけど、ルーティンが変わらなかったことに、優利の成長を感じました。普通の人がメジャーに勝ったら大喜びで、次の日はどうでもよくなっちゃう。でも彼女はもう次に向かっている」と目を細める。

余韻に浸らず、すぐに気持ちを切り替える。それは大会4日間のプレーにも重なると辻村氏は見ている。「前後際断という言葉は優利にふさわしい。終わったことにくよくよしないし、次に対しての不安もあまりない。今回のメジャーのセッティングはボギー、ボギーが来たから次はバーディ、というコントロールがまったく利かなかった。いまこのホールを全力で繰り返すところに優利の良さが出たと思う。練習でも今日という日を一生懸命やっている。それがプレーに出ていたと思います」。

昨年、今年と辻村氏の記憶では、最終日翌日の月曜日の朝に吉田が練習を休んだことは1度たりともない。試合がどんな結果であろうとも、切り替えて次に向かう。その姿勢が、硬く速く仕上がったグリーンに、密集した深いラフ、そして強風といった難しいコンディションの中でも、ズルズルとスコアを落とさない粘りのゴルフにつながった。

■真骨頂は最終18番のバーディトライ
 
最終18番ホールで1つ前の組を回る2位の申ジエ(韓国)が1つ落とし、3打差がついていたため、最後はダブルボギーでも優勝という状況だった。それでも吉田は守りに入らずバーディを狙いにいっていた。「優利は18番で初日、2日目、3日目とずっとバーディだったんですよ。朝、練習に来たときに『4日連続を狙ったろ?』と聞いたら、『もちろんです』と言っていましたから(笑)」。

18番ホールのセカンドショットはグリーン左手前のエッジまで運んで、バーディトライは15メートルくらいあっただろうか。吉田はこのファーストパットをしっかり打ち、2メートル強もオーバーさせた。寄せてパーでいい場面で、気持ちはバーディを欲していた。「いっぱいオーバーパットを打ってきて、返しを外して負けてきた。去年のゴルフ5とかね。でも優利は返しを怖れずに打てることを大事にしている。あの18番は優利の真骨頂ですよ。みんなにカップを超えるパットを見せたいというのもある」。

外しても優勝は揺るがない最後の2メートル強のパーパット。これをカップの右フチから決めて、左コブシを何度も突き上げた。「あれでボギーだったら格好悪いと思えるのが優利。勝つことはわかっていかもしれないけど、本当に気持ちよく打ったと思います。人と比較しないというか、自分のやりたいことをできたかをすごく大事にしているんです」。難コースを相手に難しいところに外さないように丁寧にマネジメントを組み立てながら、最終ホールで見せた吉田優利らしさ。6年前に上田桃子の前で小さくなっていた少女は、メジャーチャンピオンにふさわしい気持ちと技術を身につけた。
 
解説・辻村明志(つじむら・はるゆき)/1975年9月27日生まれ、福岡県出身。ツアープレーヤーとしてチャレンジツアー最高位2位などの成績を残し、2001年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年のアジアツアーにフル参戦した。転身後はツアー帯同コーチとして上田桃子、吉田優利などを指導。様々な女子プロのスイングの特徴を分析し、コーチングに活かしている。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。ツアー会場の愛称は“おにぃ”。

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