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片山堅仁(元シュライカー大阪)が味わった挫折。「外の世界で何ができるか」

片山堅仁氏はFリーグ・シュライカー大阪で活躍し、2013年日本代表候補入りもした元フットサル選手。2015年に27歳の若さで引退した彼は現在、海外遠征のコーディネートや通訳業務を行う他、サッカー・フットサルスクールの運営を手がける。その背景には彼が10代で海外に渡り、現地で学んで経験したことを日本に還元したいという想いが込められている。

片山 堅仁(かたやま けんと・サッカー、フットサル):
1988年4月21日生まれ。千葉県船橋市出身。 ジェフ千葉ジュニアユース、千葉日大一高を経て、単身南米へ。ブラジル、アルゼンチンのクラブでのプレーを経験。帰国後フットサルに転向し、Fリーグ・シュライカー大阪で活躍した。2015年1月に現役引退。 現在はムンドフットボールアカデミー、ウノワールドスポーツを立ち上げ、スクール事業を行う他、海外遠征コーディネート、通訳業務などを行う。

海外へ渡ったことで得た自信と挫折

-**まず、片山さんは若くして南米に渡っていますが、その経緯から教えてください。**

僕は高校卒業後、サッカーをするためにすぐにブラジルとアルゼンチンに行きました。海外に行っていたのは23歳の途中までです。フットサルはあくまでサッカーのトレーニングの一環としてやっていた程度でした。

海外でやってきたことで、自分はできるという過信がありました。そのせいで日本のレベルを甘く見ていたんです。でも、帰国して、他の日本人選手のレベルの高さを見た時に正直、Jリーグに入るのは厳しいと思いました。そう思ってから何ヶ月間かは本当に何をしていいか、分からない状態になってしまいましたね。それまでサッカーのために海外に行き、朝起きて、寝て、食事をして…という生活を送っていたわけですから。もう何も無くなってしまった感じです。

-**しかし、そもそもいきなり海外に、しかも南米に行くとなると言葉の壁は大きそうです。**

そうですね。今でこそポルトガル語とスペイン語と日常会話程度の英語は話せるようになりましたが。

もちろん初めは言葉なんて分かるわけがないですが、それでも僕は海外選手の輪の中にどんどん入っていくようにしました。

実はその姿勢はサッカーにも通じるところがあって、下手な選手でも自信を持ってやっているとある程度は付いてくる部分があります。日本人には100%じゃないと人に見せたくない、という風潮がありますが、そもそも失うものなんてないんですから、どんどん見せていった方がいいと思います。

片山堅仁氏

-**フットサルに転向した理由は?**

サッカーの道が厳しいと判断し、自分のアイデンティティというか、価値は何だったのかを模索するようになっていく中で、フットサルを本格的にやり始めました。だから実はフットサル歴は短く、23歳から27歳の5年間です。

始めた当初はパスを出してすぐに走らないといけないので正直疲れるし、つまんないなとは思っていました(笑)

でも高いレベルにいけばいくほど、フットサルは奥が深いとわかりました。そこまで突き詰めて初めて“フットサルよりサッカーの方が楽しい”という考え方を覆すことができます。初めは動きが分からないとか、そういう壁はありますが、それを越えると楽しいと思えるようになってきます。僕の場合はこれに懸けているという鬼気迫るものもありましたしね。

片山堅仁氏

日本と海外の違いは“止めて、蹴る”の速さ

-**日本人と外国人を選手として比べた時に一番違う部分はどこですか?**

一番の差はボールを止めて、蹴るという動作を実行するスピードの速さが一番の違いです。

今の日本の環境だと指導者はドリブルや派手なフェイントができる選手をよしとするんですけど、実際はそういうすごく基本的なことが最も大切なんです。

日本ではボールを蹴る動作の1つ1つを分けて教えているんです。でも海外ではそれをいつどのタイミングで行うのか、練習の段階から試合を想定して行っています。つまり日本人は武器の手入れは入念にやるのに、その使い方を知らないということです。

かといって、それをいくら伝えたところで海外のトップレベルが本当にそうやっているのを見ていないですから、なかなか心の底から受け入れるのは難しいですよね。だからそれを観る機会、もしくは対戦する機会を作っていく必要があるんです。

-**現在片山さんはどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?**

僕は今、海外遠征の企画、通訳業務に加えて、サッカースクールとフットサルスクールをやっています。そこで指導をすると同時に海外の指導者を日本に連れてくる、海外に日本の選手を連れていくということをやっています。そうやって僕が海外選手とやって感じてきたことを子供達にも感じてほしいと考えています。

現在ですと、僕が代表を務めているUNO WORLD SPORTSでは、世界最大の国際ジュニアサッカー大会「MIC FOOTBALL CUP」への参加する日本選抜メンバーの募集(リンク)を行っています。これは2017年4月にスペインで開催される大会で、かつてはネイマール、メッシなどの現在世界のトップで活躍する選手も出場しました。

僕はとにかくこういった機会を通して世界を知ることが重要だと思っています。極論、世界を知ることができるならサッカーやフットサルといった手段でなくてもいいんです。

あとは、なれる確率がものすごく低いのに“プロになることが全て”という考え方もよくないと思っています。僕もたまたまサッカーを通して言葉を学べた結果として生活できているだけですから。

日本は1つのことをずっと続けるというのが美徳だったりもしますが、海外ではやるスポーツを季節で分けたりしていて、いろいろ試すことができます。そういう良さも海外にはあるので、見習う部分は多いと思います。

-**若いうちに海外の優秀な選手のプレーや思想を知ることができたら、さらに高いレベルを目指すきっかけになりそうです。**

実は15歳くらいの頃から今の事業について考えてはいました。初めて僕がサッカーで海外に行ったのは11歳の頃で、その時に一番強く受けた印象は“格好いい”ということでした。そこに自分はいたいし、大好きなサッカーで海外に行けたら最高だな、と思い続けていたんです。

世界最高峰のフットサルクラブ、インテル・モビスターへの練習参加ができる「スペインフットサルチャレンジ」というのがあります。これはセレクションで選ばれた将来有望な若い日本人選手達にとにかく早い段階でそういうトップレベルを知ってもらいたいという気持ちから開催しました。

日本の地域リーグを見て、フットサルはレベルが低いと判断してしまうのはもったいないと思うんです。もっと世界のレベルの高いプレーを見てフットサルそのものの価値観を変えていかないといけない気がしています。

そもそも海外だと試合会場だけでなくて、街中に出ていってもおっさんや子供がしているスポーツの会話の質が違います。「この人たちはスポーツを知っているな」と思うようなことを話していますから(笑)レベルの高い会話をしている大人を見たら、子供も自然とそうなっていくんでしょう。

まだスポーツを知らない人に知ってもらい、興味を持つ人が増えていけば観る側全体の目も肥えていきますし、する側もその人達を納得させるようないいプレーをしようとするので全体としてのレベルも上がっていくと思います。この両側のレベルや意識が上がっていかないとダメなんです。

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