• HOME
  • 記事
  • ゴルフ
  • 懸命な“はり治療”で欠場危機から“優勝” トレーナーが語るボミの強さと優しさ【日本最後のボミさんへ】

懸命な“はり治療”で欠場危機から“優勝” トレーナーが語るボミの強さと優しさ【日本最後のボミさんへ】

ボミのコンディショニングを引き受けていた渡邊吾児也(あるや)トレーナー(中央)(撮影:福田文平)

イ・ボミ(韓国)が今週の「NOBUTA GROUP マスターズGCレディース」で日本ツアー最後の試合を迎える。2011年から参戦し13年が経った。15、16年には賞金女王に輝くなど数々の歴史を作ったボミのこれまでの功績を“チーム”メンバーの言葉で振り返る。第2回はボミのコンディショニングを担当してきた渡邊吾児也(あるや)トレーナー。

全盛期を過ぎてもなお戦い続けてきたボミ。その影では多くの人の存在が支えとなっていた。その一人が専属トレーナーの渡邊氏だ。15年からボミ担当となり、一時離れたが復帰。オフシーズンからツアー中のトレーニング、コンディショニング、プレー後のケアなどを献身的に行った。そして今季はキャディもこなした。

渡邊トレーナーにボミとの思い出を聞いてみた。「試合ももちろんですが、合宿が濃かったですね」。コロナの影響でなくなったが、それまではシーズン前の米国合宿は恒例。そこで過ごした濃密な時間が記憶に残っている。「ラウンド中はキャディのようなことをして、体の状態を見ながらクラブのことをメーカーさんとやり取りして」。まさにフル稼働でボミのすべてをサポートした。

ヒヤヒヤした記憶も一度や二度ではない。なかでも、15年の「ニトリレディス」は肝を冷やしたという。「練習日にボミさんが首を寝違えてしまって、打ったらしびれる状態でした」。ここで渡邊トレーナーの出番。「ボールが打てない状況でした。そこで初めてはり治療をしました。私が鍼灸師でもあるので、毎日鍼治療をしていました」と、懸命な治療を施した。

「プロアマでティショットを打って、ダメだったらやめよう」と助言したという。しかし心の中では別の感情もあったと述懐する。大会前から、「日本オープンが開催されていた小樽CC。そこで優勝できたら本当に強い選手だ」と清水重憲キャディが話していたのを聞いていた。「元々休むはずだったところエントリーした大会だったんです。そういう思いを聞いていて、何とかしたいと思ったんです。治療のかいあって、痛みも忘れて優勝。その試合が一番トレーナーとして役立てたと思います」。この大会でアクシデントを乗り越え優勝できたときはトレーナーとしての喜びをいちばん感じられた。

結果的にこの勝利を含め同年は7勝で初の賞金女王に輝くわけだが、翌16年も5勝を挙げて2年連続で女王戴冠。そんな黄金期を見ていた渡邊トレーナーだからこそ、思ったこともある。「ボミさん本人は15年で満足、16年は残ったエネルギーで戦っていた状況だったと思うんです」。以降はスイングに悩み、落ち込む姿を目の当たりにした。一度頂点に立った者にしか分からない苦しさも、そばで見て理解していた。「ここまでやってきて、本当にお疲れ様でしたと伝えたいです。自分のためというより、亡くなったお父さんだったり家族のためにやってきた思いが相当強かったと思います」とボミのつらさ、苦しさ、そして優しを懐かしく思い出す。

「やっと自分の時間を使えるというか、ようやく自分の人生を歩み出せるのかなと思うので、これからもいい人生であればいいなと願うばかりです。これまで経験していないことをたくさん経験してほしいなと思います」。試合からは遠ざかるが、チームメンバーにも愛されたボミの優しさは、永遠に心に残るはずだ。

関連記事