湘南・佐藤伸也社長が見据えるクラブの未来

 スポーツ振興を始め、スポーツに関するあらゆる施策を推進するために2015年に設置された文部科学省の外局である「スポーツ庁」。初代長官は元競泳選手の鈴木大地氏が務め、2020年からは陸上競技で栄光を築いた室伏広治が2代目を引き継いだ。

 通称“スポ庁”が、2020年から毎年、SPORTS TECH TOKYOと共同開催している取り組みが「INNOVATION LEAGUE(イノベーションリーグ)」である。

 3回目となった2022年大会において、湘南ベルマーレの活動、「湘南ベルマーレ + ittokai『ベルファーム』」が大賞を受賞した。スポーツを通して産業の拡張や経済成長、社会変革を起こす取り組みを讃えるコンテストにおいて、“トップリーグに所属するクラブ”が受賞したのは初めてのことだ。

 彼らが、クラブのメリットを最大限に生かし、世の中に貢献する「スポーツ×福祉×農業」という新しい発想は、フットサルの枠を超えて価値を提供できるものだった。

 Fリーグにおいて昨今、ピッチ内外で圧倒的な存在感を示すのが湘南だ。かつて、“弱い湘南”と呼ばれたクラブは“強い湘南”へと変貌を果たし、ピッチ外ではさまざまな取り組みを通してリーダーシップを発揮している。湘南はなぜ、進化を遂げたのか。

 創設当初からクラブに携わってきた現社長、佐藤伸也氏にその真意を聞いた。

インタビュー=北健一郎、編集=大西浩太郎

※インタビューは3月10日に実施しました

「ベルファーム」は他の地域でも実施できる

──新社長に就任されて1年目で大賞を受賞されました。なぜイノベーションリーグに応募されたのでしょうか?

佐藤 我々の活動が、地域やスポンサー、パートナーにとって有益であることはすでに広く認知されてきています。しかし、スポーツ業界の未来を見据える時、私たちの活動が本当に適切なものなのかと疑問を持ちました。そこで、私たちの活動への評価を知るために、最先端の知識をもつ方々が多く参加しているイノベーションリーグに応募することにしました。

──湘南は様々なプロジェクトに取り組んでいますよね。そのなかで、応募するプロジェクトに「ベルファーム」を選んだ理由はなんですか?

佐藤 再現性です。私たちが取り組む社会貢献活動のなかでも、「ベルファーム」は他の地域やエリアでも同様に実施できると考えています。地方に行けば農地がありますし、障がい者や困っている人はどこにでもいますから。そして、その地域にはスポーツクラブがある。我々はスポーツクラブを中心に、この仕組みを広げていけると確信しています。

──「ベルファーム」はどのような経緯で始まったんですか?

佐藤 もともと「ittokai」(以下、一燈会)はクラブのパートナーとして障がい者の就労支援事業に取り組んでいました。機会があって、就労支援事業の目標を尋ねてみると、驚くことに「納税です」と回答されました。非常に新鮮な答えでしたね(笑)。通常、福祉と言えば「助ける」という認識だったのですが、一燈会さんが考えていたのはその先の自立や社会に貢献・活躍できるという文脈だったこともあり、ぜひ一緒にやりたいなと思いました。

そして、就労支援事業の一環で行われた農業の収穫物を我々のホームゲームで販売しようという運びになりました。こうして経済や流通に乗せることで、少しずつ納税に近づきますよね。そこへの付加価値として、一燈会に勤めている牧野謙心などの選手がラッピングしたり、サインをつけて販売したりすると、これまた飛んで売れるようになりました。

ボッタクリと言われたりもしますけどね(笑)。目的は経済流通に乗せることです。SNSを通してファンの方のリアクションが広まっていて、なおかつ、それを見たスタッフの方、障がいのある方、そのご家族が喜んでくれているという話を聞いて、これはいいなと思いました。さらに流通に乗せたかったので、スーパーなどいろんなスポンサーさんに掛け合っていくと、『万葉の湯』という温浴施設でも食材として採用してくれるまでになりました。

──「ベルファーム」の意義についてどのように考えていらっしゃいますか?

佐藤 「ベルファーム」というくくりで活動することによって、障がいを抱えた方たちもベルマーレの一員になってもらえます。社会で活躍していることを実感していただけると思いますし、「ベルマーレの一員だ」という誇りや自信を感じてもらえるのではないかと感じます。

また、食育の一環として、育成組織のロンドリーナを連れて耕作放棄地の石を拾い、農地を広げる活動も行っています。こうした活動をすることによって、地域の経済や流通に貢献できることはもちろん、選手の価値向上にもつながります。

ベルマーレとしての個性を出していく

──イノベーションリーグで最終選考に残ると知った時はどのように感じましたか?

佐藤 最初は「マジか」と思いましたよね(笑)。改めて事業設計やデザインが秀逸だと思いました。なので、なおさらシェアしなくてはなりません。ぜひとも地域のあらゆるスポーツクラブに取り入れてもらい、全国に横展開していけたらいいなと。

──前年度のイノベーションリーグは『Google』の視覚障がい者の方でもマラソンができるという技術が大賞を受賞しました。そういう次元のコンテストで評価されたということです。

佐藤 自己分析にはなるのですが、やっぱり去年、一昨年はコロナの影響から、人と接しないやり方としてテクノロジー系が多く選ばれた印象です。その一方で、コロナ禍が落ち着いてきたことで、私たちの“フィジカル系”企画が選ばれたんじゃないかなと思っています(笑)。

──このコンテストで評価を受けたことにより、湘南の社会貢献活動の価値について改めてどのように考えていらっしゃいますか?

佐藤 スポーツクラブは各地域にたくさんありますよね。もちろん、それ自体は素晴らしいことですけど、支える側の負担が増えている印象もあります。例えば湘南地域に大量のプロスポーツクラブができたら、応援したいけどどこに支援すればいいのか迷うじゃないですか。

ですから、個性を出すべきだなと。Jリーグのベルマーレや他のサッカーチームも点在するなか、私たち独特のものを出す意味で、社会連携や社会課題の解決をやるべきだと振り切りました。

Jリーグやプロ野球など大きいクラブには、ファン・サポーターの数をはじめ、あらゆる面で勝つことはできませんが、ある1点であれば勝負できる。それが今回のような取り組みです。

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