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勝者の涙の意味を知れば、きっと彼のファンになる【舩越園子コラム】

病床に伏す友人に捧げる2勝目を挙げたエリック・ヴァン・ローエン(撮影:GettyImages)

ワールドワイド・テクノロジー選手権 最終日◇5日◇エル・カルドナル at ディアマンテ(メキシコ)◇7452ヤード・パー72>

PGAツアーの「ワールドワイド・テクノロジー選手権」の開幕前の注目は、戦いの舞台となるメキシコのエル・カルドナルがタイガー・ウッズ(米国)によって設計されたコースであるという点だった。

ウッズ設計コースでのPGAツアー開催は今大会が史上初ということで、練習日にはウッズ本人が登場し、出場選手たちを驚かせた。
 
だが、ひとたび戦いが始まると、選手たちの関心は、勝利を掴むこととフェデックスカップ・ランキングをアップさせることに絞られていった。
 
しかし、そうではない選手が一人だけいた。トータル27アンダーで優勝したエリック・ヴァン・ローエン(南アフリカ)は「今の僕にとって、ゴルフは最優先ではない。とても病んでいる親友のことばかり考えていた」と涙ながらに明かした。
 
最終日の優勝争いをリードしていたのは、米国出身の45歳のベテラン、マット・クーチャーだった。ミスをしても笑顔で受け入れ、淡々とプレーしていたクーチャーは、勝利ににじり寄っていた。
 
クーチャーとともに最終組でプレーしていたローエンは出だしからボギーを喫し、「苦しいスタートだった」。前半はスコアを1つ伸ばしたものの、「あんまりバーディーが取れず、苦しい展開だった。でも、最後の最後まで諦めるなと自分に言い聞かせた」。
 
ネバーギブアップを心に誓いながら、彼はその言葉を病床にある親友に送り続けていたという。
 
ローエンは南アフリカ出身の33歳。大学は米国のミネソタ大学へ留学し、そこで愛妻・ローズに出会った。
 
現在バッグを担いでいる相棒キャディのアレックス・ゴーガートは同大学ゴルフ部のチームメイトだ。
 
そして、もう1人、やはりゴルフ部のチームメイトだったジョン・トラサマーは「僕の結婚式を一番盛り上げてくれたベストフレンド」だそうだが、その親友が皮膚がんと診断され、症状が急激に悪化して病床に伏して以来、ローエンは「ゴルフは僕の人生の最優先ではなくなっている」と明かした。
 
とはいえ、「僕にできることは、病魔と闘っている親友のために自分もベストを尽くすことだ」とローエンは思い直した。
 
首位から1打差の3位で3日目を終えたとき、ローエンはこう言っていた。「ゴルフは最後の最後までわからない。人生も、いつどこで何が起こるかわからない。今週、僕は(フェデックスカップ・ランキング)125位でここに来ているけど、そんな数字のことより、明日はとにかく自分がやるべきことをやり、それをしっかり終えたら、早くアメリカに戻って、親友に会いに行きたい」。
 
そんなローエンの一途な想いが彼の集中力を高め、大きな力をもたらしたのかもしれない。折り返し後は10番から3連続バーディを奪うと、14番でもバーディを重ね、16番、17番の連続バーディで首位のクーチャーについに並んだ。
 
そして、迎えた18番パー5では難なく2オンに成功すると、6メートルのイーグルパットをあっさり沈め、それが逆転勝利を決めるウイニングパットになった。
 
勝利のハグを交わすとき、ローエンと同じように病床の友への想いを抱く相棒キャディのゴーガートは、すでに泣いていた。
 
その涙を見て、ローエンも涙をこらえきれなくなり、雄たけびを上げながら泣き出した。それは、優勝を喜ぶ涙ではなく、同じ夢を追い続けてきた親友が、がんに侵されたことへの悔しさ、やるせなさを集約させた涙だったのだと思う。そして、友に「がんに負けるな」「ネバーギブアップ」と呼びかける激励の涙でもあったのだろう。
 
2021年の「バラクーダ選手権」で挙げた初優勝に続く通算2勝目を挙げたとはいえ、ローエンは「勝てた」「うれしい」といった言葉は、一度も口にせず、しんみりとこう語った。
 
「勝つか負けるかは問題ではなかった。たとえ今日、負けていたとしても、僕が80歳になったころに思い出すのは、敗北の思い出ではなく、それまで一緒に過ごしてきた人々のことだ。早くアメリカに戻り、病院に行って、友とハイファイブしたい」。
 
SNSでは、そんなローエンを賞賛する声が次々に上がった。
「エリック最高。ナイスガイだね」
「エリックの大ファンになった」
 
彼の涙の意味を知れば、きっと誰もが彼のファンになり、彼と彼の友にエールを送りたくなる。

文・舩越園子(ゴルフジャーナリスト)

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