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追い込まれた藤浪晋太郎が“エゴ”を貫く理由。苦境でも忘れなかった「野球やっているなかで気持ちのいい瞬間」

プロ生活10年目を迎える藤浪。近年は期待を裏切る結果が続いているなかで、復活を目指す彼は“エゴ”を貫き続けている。(C)THE DIGEST
 書き手として「逆襲」「復活」という言葉を幾度となく使ってきた。阪神タイガースの藤浪晋太郎である。

 はたして、彼は輝きを取り戻せるのか——。今年もそんな思いを抱きながら筆者は春季キャンプが行なわれる沖縄へ取材に向かう。高校を卒業してすぐにプロ入りした右腕も、節目のプロ10年目。1年目から3年連続で2桁勝利を記録した飛躍の時間も「若かった頃」と表現しなければいけない年齢に差し掛かってきた。

 時間の経過とともに浮き沈みの激しいキャリアを描いてきた。とりわけ近年は不振に苦しみ、中継ぎとしてマウンドに上がることも珍しくなくなった。どの役割なら背番号19を生かせるのか。秘める力の大きさ、爆発力を知るからこそ、指揮官をはじめ起用する側の試行錯誤もにじむ。一方で、もはや投げる場所にこだわっていられない立場に、彼が追い込まれているのも事実だろう。

 昨年12月、6年連続の減俸となった契約更改の場で藤浪は強く言った。

「チーム事情はわかっているんですけど、完全な自分のエゴで先発をやりたい。そのエゴを通せないようなら結局、中継ぎでも中途半端になるんじゃないかなと。自分のエゴで、『先発でやります』と。それを1年間通せるぐらいの力をつけられるように頑張りたい」

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 ここ数年で残してきた数字を見れば、『与えられたポジションでやる』あるいは、『希望は言っていられない』が身の丈に合った言葉だろう。だが、あえて藤浪は自らの退路を断つように、先発にこだわる姿勢を「エゴ」というフレーズを使い鮮明にして見せたのである。

 ただ、それを簡単に通せるほど、眼前の道は平坦ではない。21年シーズンはキャリア初の開幕投手を務めながら4月下旬の5試合目の登板後に2軍降格。その後は再昇格を果たすも、与えられたのは中継ぎとしての役割。先発として最後に投げたのは、五輪明けの8月19日の横浜DeNAベイスターズ戦だった。

 チームには青柳晃洋、秋山拓巳、伊藤将司と昨年2桁勝利をマークした投手が3人、加えて西勇輝、ジョー・ガンケルも控えており、ローテーションの枠は1つしか空いていない。そこにも、左肘手術明けの高橋遥人が開幕早々に収まる可能性だってある。実質「0.5枠」と言っていい厳しい競争が待ち受けている。

 そこにさらされるのは覚悟のうえで藤浪は「自分の強みはタフネス、怪我しない、球数を投げられることだと思う。そういうところでチームに貢献出来れば」と口にする。しかし、他者より秀でる強みも横たわる課題を克服しなければ埋没するだけだ。

「自分が入団した時よりも、100何十球で完投という時代ではなくなってる。5回で80球とか、100球投げてたら降ろされてしまう。そうならないように少ない球数で、余計なボールを減らすのが先発での課題だと思う」 もともと四隅に投げ分けるような精密機械タイプではない。制球はややアバウトでも、ゾーンに投げ込めば、圧倒的な球威の直球と鋭く曲がるカットボールで抑え込める。それがかつての藤浪の必勝スタイルだった。

 近年は大きくゾーンを外れるボールの割合が増えて球数がかさみ、自らの首を絞めていくのが典型パターンだ。ゆえに過去3年間、1軍ベンチから藤浪を見つめてきた矢野燿大監督は新シーズンへ向けて変化球の安定性を求める。

「一番の武器はやっぱり速い真っすぐ。それはこれからも生かしていけば良い。でも、そこに対する変化球の安定感」

 そのうえで、指揮官は偶然性を排除したアウトの量産もカギと見ている。

「もったいない四球の方が多い。ゴロを打たせる、フライを打たせるという意図したアウトが増えてこないと。自分が思ったアウトと違うっていうことは勝つピッチャーにはやっぱり少ない」
 
 当然ながら、課題克服へ本人も動いている。普段から勉強熱心な藤浪のオフは、様々な場所へ“出稽古”へ向かうのが恒例だ。今オフは巨人の菅野智之に弟子入りを志願して1月上旬から約10日間、宮古島で汗を流した。

「(菅野から学びたいのは)やっぱり再現性。日本で一番と言っていいほど再現性の高い投球スタイル、安定感のある投球スタイル。自分に一番欠けているところ」と話す藤浪は、菅野から軸となる右足が「つぶれないよう」意識する助言を受けた。フォームの再現性を高めれば、直球、変化球ともに、おのずと安定感は向上する。

 これは今年に限ったことでなく、ここ数年の復活を阻んできた難題だが、本人は「ブルペンに入るのが楽しみというぐらいにはなってきてる」という手応えをもとに、揺るぎないフォームの構築に臨んでいる。

 来るキャンプでは、主力選手のようにマイペース調整を許されるわけではなく、早い段階から実戦に投入され、ふるいにかけられる。沖縄はシーズンへの準備期間ではなく、スタートから勝負をかける舞台だ。無論、チャンスを逃せば、容赦なくライバルたちが奪い取っていく世界にいることは自覚している。

 そんな藤浪を突き動かすのは、何度も味わったあの快感。それが「エゴ」の正体でもある。

「中継ぎのホールドシチュエーションでも投げさせてもらったこともありましたし、魅力的な仕事だと思うんですけど、それ以上に先発での勝ちというのが自分のなかでは……快感って言ったらちょっとダサい感じにはなりますけど、一番自分が野球やっているなかで気持ちのいい瞬間。先発で勝利するということに拘りたい」

 まっさらなマウンドで藤浪晋太郎が仁王立ちする姿を今年は何度見られるか。ファンも待ち望む甲子園の「絶景」を背番号19はその手で取り戻す覚悟だ。

取材・文●チャリコ遠藤

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