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【メジャーリーグMVPの歴史と変遷:後編】「最も価値ある」に対する一つの回答?価値観を大きく変えたトラウトvsミギーの大論争<SLUGGER>

12年は三冠王のカブレラ(右)より新人30-30のトラウト(左)がWARでは上回っていた。タイガースはプレーオフへ進出したという事情もあったが……。(C)Getty Images
今に至るまでMVPには明確な定義がなく、何を基準とするかは投票者の裁量に委ねられている。かつては「優勝に貢献した選手を選ぶ」という視点が今より強かった。「最優秀選手」でなく「最高殊勲選手」という発想で、プロ・ベースボールの究極の目標はチームの優勝なのだから、「最も価値がある選手」を字義通りに解釈すれば、そうなるのも不思議ではない。30年代は優勝チーム以外からの選出は6人、40年代は4人、50年代は8人、60年代は7人と、全体の半数以下にとどまっている。

42年のテッド・ウィリアムズ(レッドソックス)がMVPになり損ねたのも、そうした価値観と無縁ではなかった。同年は打率.356、36本塁打、137打点で三冠王、出塁率.499と長打率.648も1位。この年最高の選手だったのは明白で、どのくらい勝利に貢献したかを示す総合指標WAR(Baseball Reference)でも10.5と、2位のジョー・ゴードン(ヤンキース/打率.322、18本塁打、103打点)に2.8の大差をつけていた。ところがMVPを受賞したのは、優勝したヤンキースのベストプレーヤーだったゴードン。ウィリアムズは47年にも2度目の三冠王に輝きながら、やはりMVPを逃している。
もっとも、ウィリアムズの場合は、地元ボストンの報道陣との折り合いが悪く、10位以内に彼の名前を記入しなかった記者がいたのが決定的な要因ではあった。95年もトラブルメーカーのアルバート・ベル(インディアンス/50本塁打、OPS1.091、WAR7.0)ではなく、人格者で知られたモー・ボーン(レッドソックス/39本塁打、OPS.963、WAR4.3)が選ばれている。このあたりは記者投票というシステムの欠点ではあるが、優勝チームにゴードンのような好成績の(そして記者受けが悪くない)選手がいた場合、特に嫌われてはいなくても、破格の数字を残さないと受賞はしにくかった。

ところが、69年に2地区制が導入されてプレーオフが始まると、優勝チーム以外からの選出例が増え始める。70年代は11人、80年代は10人と半数を上回り、90年代には優勝チームから選ばれたのはたった3人になった。「MVPは個人として優秀な成績を収めた者に与えられるもの」との概念はこの頃から主流になったと言える。
近年になって薄れたもう一つの傾向が、「打点重視」の考え方だ。79年のドン・ベイラー(エンジェルス/139打点)、87年のジョージ・ベル(ブルージェイズ/134打点)、98年のホアン・ゴンザレス(レンジャーズ/157打点)らがその典型だったが、WARはそれぞれリーグ47位、19位、26位で、今なら候補として議論の俎上に上ることすらないだろう。セイバーメトリクスの浸透により、打点はチャンスでの勝負強さよりも、前の打順を打つ選手の出塁率に左右されることが認識され始めると、打点の多さはアピールする材料としては弱くなった。過去10年間では、打点王でMVPになった者は5人しかいない。

このように、セイバーメトリクスは、MVP投票に対する考えを大きく変えた。選手の総合的な貢献度を示す指標としてWARが考案され、市民権を得るようになると、他の何よりもその数値が重要視されるようになった。特に12年は、45年ぶりの三冠王になったミゲル・カブレラ(タイガース)のWARをルーキーのマイク・トラウト(エンジェルス)が上回っていたことで、どちらがMVPにふさわしいか大論争が巻き起こった。結局、1位票はカブレラが22票、トラウトが6票と大差でカブレラが受賞したが、これをきっかけにオールドスクールの投票者も、セイバーメトリクスの指標も無視できなくなっていった。
近年に生じたもう一つの変化は、誰にどのような理由で票を入れたかを、投票者たちが克明に説明するようになったことだ。これは義務ではないけれども、投票の時期には各々の媒体で自主的に公開している。個人的な怨恨でウィリアムズに投票しなかったような記者がいれば、今の時代ではネットで大炎上するのは間違いなく、投票の公正化に一役買っている。日本で散見されるようなふざけ半分、ないしは担当チームの選手に過度に忖度した投票を防ぐ効果がある。

ただし、「MVP=最もWARの数値が良い選手」というわけではないし、そのように見なされるべきでもない。記者投票という方式は曖昧ではあるものの、その分、優勝への貢献度、上位争いの中で残した成績、印象的な活躍などを総合的に考察する余地が生まれる。だからこそMVPを選出する面白みや、議論を交わす楽しさがあるのだ。今シーズンの大谷も、仮に最終的にWARが1位でなかったら、二刀流の絶大なインパクトがあっても受賞できないというのでは、多くのファンが納得いかないだろう。

今後も、MVPを選ぶ際に重視される基準は変わっていくかもしれない。だが、「最高の価値」を判断するのはいつまでも人間の仕事であってほしいものだ。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

※スラッガー2021年11月号より転載

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