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90年大会でバッグを担いだ片山晋呉が語る“ジャンボ伝説”「めちゃくちゃ怒られて、一週間で6キロ痩せた」

今から33年前。片山晋呉がジャンボ尾崎との思い出を語った(撮影:ALBA)

<三井住友VISA太平洋マスターズ 事前情報◇8日◇太平洋クラブ 御殿場コース(静岡県)◇7262ヤード・パー70>

出場23回目となる片山晋呉にとって、今大会はレギュラーツアー最終戦。来週の「ダンロップフェニックス」、その翌週の「カシオワールドオープン」には出ず、来季の海外シニアメジャーに出場できる国内シニアツアー賞金ランキング4位以内を目指し、来週以降はシニアを優先する。ここで上位に入らなければ、1997年から25季連続で守ってきた賞金シードを失う。

昨シーズンで見ると、賞金シード最下位は木下裕太の1132万9850円。片山は現在、494万9366円で94位につけているため、シード獲得には今大会でおよそ650万円を稼ぐ必要があり、その条件は単独7位(660万円)以内となる。ただし、片山はツアー通算25勝以上(31勝)の『永久シード』の資格を持つため、賞金シードを失ったとしても、来年以降もレギュラーツアーには出場できる。

がけっぷちの状況で挑む大一番。「そんなに甘くないのは自分が一番よく分かっている」と本人は半ば諦めてはいる。それでも、出場22試合で優勝2回を含むトップ10は10回、予選落ち2回と太平洋クラブ御殿場コースとの相性は悪くない。

そんな片山が今大会に初めて出場したのは1997年、24歳のときだった。しかし、それより7年前、1990年にも高校3年生だった17歳の片山はロープの中にいた。ある選手のキャディを務めていたのだ。

「僕は高校3年生のときに、この大会でジャンボさんのキャディをやっている。『尾崎将司』と書いたつなぎがまだ家にある。持って帰ってきちゃった」と笑う。実際、当時の写真を見てみると、ジャンボの横で緑色のつなぎを着た片山少年の姿があった。

フレッド・カプルス(米国)やベルンハルト・ランガー(ドイツ)も出場した90年大会では、ホセ・マリア・オラサバル(スペイン)が優勝し、ジャンボとランガーが2位に入っている。ジャンボは当時からジュニア育成の一環で片山らを指導しており、89年の「ジャンボ尾崎杯フジサンケイジュニアゴルフ選手権」に勝った片山が「優勝したらキャディをやらせてくれる」約束で、タッグが実現したのだ。

「計算ができなくて、できなくて…。めちゃくちゃ怒られて、一週間で6キロ痩せた」と片山。夜はジャンボ軍団「30人くらい」で一緒に食事をするため、「お茶くみ」に追われ、「飯食う時間がないから、それは痩せるよね」と笑う。

そんな片山が今でも鮮明に覚えているジャンボのエピソードが2つある。「『俺に練習ラウンドと変わったことがあったら言え』ってジャンボさんから言われていて。ずっと何も言えなかったんだけど、最終日の13番パー3でめっちゃ曲げたときに、『どうだ?』って聞かれたから、『ちょっと早かったですよね』と言ったら『シャラップ!』って(笑)。階段のところで言われたのを覚えていますよ」。そのホールはボギーでジャンボは一歩後退。すると、「次からゆっくり上げてくれて」と、残り5ホールで3つ伸ばして2位に食い込んだ。

もうひとつはコース外での話。「食事が終わった後、部屋で6~7人くらいでトランプをするんですよ。ジャンボさんがすごいのは、トランプしているときもサンドウェッジとパターを握ったりしていて、自分の番になったらクラブを置いてトランプをする。すると、途中で『分かった! ちょっと待て!』と言って、部屋の中でアプローチとかパターをしだすんだよ。その間はみんな待ってないといけない。それを高校3年のときに目の当たりにして、すごいな、この人と思った」。

その姿に片山も大きな影響を受け、ゴルフが上手くなるための材料が何かないか、常に考えながら生活している。

90年大会の最終日、最終18番パー5でジャンボはイーグル締め。「最後入って興奮しちゃって、俺がそのボールをギャラリーに投げたんだよ。『行け行けー!』っていうから」。当時、ジャンボは腰を痛めていたため、キャディがボールをカップから拾っていた。なんと片山はその勢いで、ギャラリーにボールを投げたのだった。それから20年近くが経ち、2008年に片山が大会初優勝を飾ったときには、片山自身がウイニングボールをギャラリーに投げ入れている。

「日曜日はコースからかっこよくヘリコプターで帰っていったからね。渋滞するからって」。そんな豪快さもジャンボらしい。そのジャンボは92年と94年の2度、御殿場で勝っている。いろんなエピソードが出てくるのも、大会の歴史が長いからこそだ。51回目を迎える今年はいったいどんなドラマが待っているのだろうか。(文・下村耕平)

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