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「引退するまでオールミズノで」“新興卓球メーカー”ミズノと大島祐哉の挑戦は続く[PR]

自分が求めてるものを結果として出してくれる信頼感

ミズノはそれ以降も、大島のようなトップ選手が満足する用具を開発し続けた。2年以上の歳月をかけ自社開発したラバーのQシリーズがそうだ。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織大島は繊細な台上の感覚に優れたプレーヤーでありながらも豪快なフォアを主戦とする。そのため、ラバーにおいても他の選手とは違う部分を求める。自身でも「プレースタイルが少ないから僕の用具は万人受けしない」と言い切る。だが、ミズノはそれを実現した。

ミズノの“漢気”を大島もひしひしと感じていた。

「ラケットもそうだし、ラバーもそう。最初は正直難しいだろうなと思っていた。毎回毎回僕も厳しいことを言ってたと思うんですけど、何回もトライして満足するものを作ってくれた。人が自分のためにこれだけやってくれる。思いをすごく感じました」。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織続けて大島はミズノの良さを語る。

「数多くコミュニケーションを取って信頼関係が生まれましたし、本当に良い物ができたと思って用具を変えられた。自分が求めてるものを結果として出してくれる信頼感がミズノにはあります。その思いは僕も形にしたい。オールミズノでプレーしたいという気持ちにもなりますよね」。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

「オールミズノで引退するまで」

ミズノが大島に託した分、大島もしっかりとミズノに応えた。リオ五輪代表の座こそ逃したものの、世界卓球デュッセルドルフ大会でダブルス銀メダルを獲得し、世界ランキングも10位台にまで上り詰めた。全日本選手権では2018年にダブルス優勝、2019年にはシングルスで準優勝と国内外問わず結果を出し続けた。

森薗・大島
写真:世界卓球デュッセルドルフ大会でダブルス決勝進出を決めた大島祐哉・森薗政崇ペア/提供:ittfworld東京五輪代表の座も見えてきた矢先のことだった。大島の身体に異変が起きた。椎間板ヘルニアを発症し、思い描く理想のプレーができなくなった。手術を決意した大島は、東京五輪代表選考レースから姿を消した。

男子契約選手としてミズノを一人で背負い、“ミズノの大島”としてプレーしていた最中、結果を出せなくなった。ミズノの看板を重荷に感じなかったのだろうか。

「自分がミズノを背負ってることもわかっていたので、あの時は正直苦しい部分もありました。契約したときには考えてなかったですよね、結果が出なくなるときのことなんか。そのときに初めて『僕一人か。あ、これ結構きついな』と気づきましたよ(笑)」と苦笑いを浮かべる。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織だがそのときもミズノの大島に対する信頼は全く揺るがなかった。「そこは全く。大島君でいく」。どの部門の社員に聞いても答えは同じだった。

そう水を向けると、大島は初めて言葉に詰まった。ここまでのお互いの試行錯誤の歴史が、少しだけ大島を感傷的にしたようだった。

「ミズノは、僕を信じてやってくれる。自分が要求したものをやり遂げてくれる。でも、今の卓球業界ではまだそこまで浸透はしていない。自分がオールミズノで戦うことで、ブランド力を上げる」。

さらに続けた。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織「実は今回のタイミングで契約更新でした。どうするかって、もう逆に一択しかなかった。ミズノしかない。もう一択ですよ。“オールミズノで引退するまでやらせてください”とお願いしました」。

選手には用具の歴史があり、用具には選手の物語がつまっている。

“オールミズノ”大島祐哉と“卓球メーカー”ミズノ、それぞれの挑戦は続いていく。

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織## 特集・なぜ大島祐哉はミズノを選んだのか

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

>>なぜ大島祐哉はミズノを選んだのか

大島祐哉インタビュー

大島祐哉
写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

>第1話 「何かを捨てなきゃ無理」“努力の天才”大島祐哉、夢を夢で終わらせない目標達成の思考法

>>第2話 急成長の代償で五輪選考レース脱落 “抜け殻になった”大島祐哉が再び前を向いた理由

>>第3話 「僕にしかできない最高の形での恩返し」大島祐哉を掻き立てる“最後の目標”

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