飛込競技・坂田丹寧「世界の舞台へ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

水泳高飛込。飛込台から覗く水面は、10m下。普通の人なら思わず足がすくむだろう。そこに立つ一人の少女が、集中力を研ぎ澄まし、刹那!踏み切った。わずか2秒、高速で落下する中、後ろ宙返りを2回転半加え、美しい入水を果たした。涼しい顔でプールから上がって来たのは、坂田丹寧(あかね)17歳。日本飛込競技界の新星だ。

 

 

そんな彼女には、代名詞とも呼ぶべき大技がある。18歳以下の国内女子では、たった2人しか飛ぶことが出来ない、通称・407C。水面を見ることが出来ない、後ろ向きでの踏切りから、前方宙返りを3回転半。坂田はこの高難度の技を高校1年生、16歳で習得し、昨年初出場のインターハイで3位表彰台に上がったのだ。

 

 

だが、この大技は大失敗のリスクと背中合わせでもある。入水姿勢が不安定になるなど、彼女にとっても磨くべきことは山積みだ。直近の目標は、9月の鹿児島国体で表彰台に上がること。坂田は今、その最終調整に入っていた。

 

 

ある日、スポーツの名門、茨城県の常総学院高等学校に坂田の姿を見る。昼休みの教室で、彼女は前日の練習内容を箇条書きにし、改善点などを再確認していた。見守っていた友人は言う。

 

「すごい真面目なんですよ。飛込一筋?」

 

坂田本人は、昨日の内にやらなきゃいけなかったことだと、照れ笑いする。

 

放課後、練習時間になると、坂田は迎えの車に乗り込んだ。常総学院の水泳部で、飛込専門の選手は坂田1人。飛込用のプールも無い。そのため、練習は他の水泳部員とは別の場所で行っているのだ。ハンドルを握る母の由貴さんは、元飛込の選手。練習にも付き添い、アドバイスを送ることも多いという。

 

到着したのは、筑波大学。ここにはジュニアから日本代表選手まで、多くのトップレベルの選手が集まってくる。待っていたのは、父・和也さん。かつてユニバーシアード日本代表でもあったトップ選手。そして今は、坂田の専属コーチだ。

 

「今は、(娘の)ジャンプの方向や、宙返りに入る時の体の傾き具合を確認しながら見ています」

 

飛込台に上がる前、坂田は両手首にプロテクターの様な器具を巻き付ける。

 

「入水の衝撃から手首を守るために、練習の時に付けてます」

 

 

彼女が専門にする[10m高飛込]は、ビルの4階に匹敵する高さ。一歩間違えば、大きな事故にも繋がりかねないのだ。だからこそ・・・すでに何千何万と飛び込み、常に準備を怠らずにいても、時には恐怖心に襲われることもあるという。

 

「(ミスで)体を打った時の衝撃とか、どうなるか判らない怖さを感じることがあるんです」

 

それでも、恐怖心を乗り越えた先に理想の演技がある・・・坂田はそれを知っていた。

 

この日は、母の由貴さんも加わって、坂田の練習をアシストする。そこでは親子ならではの、余計な遠慮のない意思疎通が交わされていた。10m高飛込の落下速度は、およそ時速50km。入水までの2秒で、回転や捻りなどの演技を行う競技だ。そして、水の抵抗が少なくなるように垂直に入水。これが正確に行われれば行われるほど、水飛沫が少なくなり、高得点に繋がるのだ。坂田はこの入水技術に優れ、同年代の選手を遥かに凌駕している。

 

「回転しながら、水が見えた時に確認してます」

 

飛込台から踏み切り、1回転目で水が見えた瞬間、入水位置と距離を確認。さらにもう一度、2回転目でも確認。これで瞬時にバランスを整え、方向を補正し、入水するというのだ。

 

「意識して考えているというより、瞬時に脳が感じるっていうのかな?」

 

凄まじい脳の回転速度。それを指摘すると、彼女は笑った。

 

「勉強に使えればいいんですけど」

 

両親ともに飛込競技選手の坂田は、物心つく前から、プールが遊び場だった。本格的に飛込を始めたのは、小学2年生。兄も含め、家族全員が飛込競技選手になったのだ。坂田は持ち前の体幹の強さを武器に、あっという間に頭角を現していく。そして全国中学大会で優勝。いつしか、世界を舞台に戦える逸材と期待を集めるようになった。

 

坂田の自宅を訪ねると、彼女は1年前の後悔を語ってくれた。それは昨年の[とちぎ国体]。極度の緊張状態にあったという彼女は、入水角度を見誤り、水面に背中を打ちつけてしまったのだ。

 

「頭の中が空っぽになっちゃって・・・悔しかったです」

 

幸い大事には至らなかったものの、この演技ミスで入賞を逃してしまった。以来坂田は、入水時の衝撃から骨や内臓を守るための筋力トレーニングや、入水角度と入水姿勢を整えるための陸上トレーニングを続けている。国体の借りは、国体で返す・・・9月の鹿児島国体に向けた準備が着々と進んでいた。

 

 

鹿児島国体を直前に控えたその日、坂田は両親が見守る中、最終確認の練習に臨んでいた。宙返りや捻りの技は、ほぼ完璧に仕上がっている。入水姿勢も、地道な筋力トレーニングなどの成果が見て取れる。後は本番を待つのみ。母の由貴さんが坂田に、今飛んだばかりの試技の映像を見せながら言う。

 

「これ、いいんじゃない?」

 

9月18日。鹿児島国体・少年女子・高飛込決勝・・・勝ち残った12名の中に、坂田丹寧の名前も。自分の順番を待つ間、気持ちを静める坂田。しかし、他の選手の跳躍に歓声が上がるのが聞こえ、否応なしに緊張が走る。

 

試技は1人4回。7人の審査員が、10点満点でその出来栄えを採点する。そして、坂田丹寧の1回目・・・審判員1人につき、7点以上の採点が出れば、それが上位進出の目安だ。だが・・・回転に勢いが付き過ぎ、入水角度に狂いが生じる。大きな水飛沫が上がってしまい、得点は3点台から4点台に留まった。坂田が下位に沈む中、決勝に残った他の選手達が、次々と大技で勝負をかけてくる。

 

 

「もう失敗できないって・・・逆に気合が入りました」

 

そして2本目・・・技の難度は高くないものの、その精度の高さと、完璧なまでの入水姿勢を決め、7点越えの高得点を揃えた!さらに3本目も上手くまとめ、最終4本目を前に、坂田は4位に浮上する。

 

最後の1本は、高難度の得意技、407Cで飛ぶと決めていた。リスクがあるのは承知の上。決めれば、逆転の表彰台が見えてくる。呼吸を整え、後ろ踏切り!高速前宙返り3回転半!そして入水!わずか2秒に魂を込めた坂田は、見事3位に食い込んだ。

 

 

「嬉しいけど、満足はしてません」

 

1本目の失敗が無ければ、あるいは・・・だが、坂田は言い訳をしない。課題が見つかったことを良しとして、次に向かう原動力にしていくのだ。

 

「世界ジュニア(選手権大会)があるので、代表に選ばれるように、表彰台を狙えるようにやっていきたいです」

 

見据えているのは世界の舞台。その強い思いが、坂田丹寧をより高みへと押し上げていく。そしてその先には・・・オリンピックで407Cを決める彼女の姿が透かし見える。オリンピック高飛込史上、日本人選手のメダリストは未だ現れていない。

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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