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空手〈形〉・古河蒼波「負けを糧に、再び前へ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

授業中の教室で、教師の言葉と黒板の文字に集中する、一人の女子高生。取材カメラに気づき、ほんのちょっぴり微笑んだ。

 

そして放課後、彼女の様相が一変する。

 

純白の空手道着に身を包み、心の目で想定の敵を捉え、切れ味鋭い正拳突きや蹴りを繰り出していく。空手〈形〉―

 

古河蒼波(ふるかわ あおば)、17歳。昨年、トルコで開催されたジュニア世界選手権の金メダリスト。空手〈形〉界期待の新星だ。高校二年生(※取材時 現在三年生)の彼女は、間近に迫る全国高等学校空手道選抜大会への最終調整段階に入っている。

 

目指すは、個人・団体の大会連覇。気合一閃!蒼波の正拳が空を切り裂いた。

 

全国制覇17回を誇る空手の名門、大阪学芸高校。蒼波はここで、日々己の技を磨いている。彼女は〈形〉の部員25名をまとめる主将。その掛け声で、一日の稽古が始まる。

 

 

ここで説明しておくと、空手〈形〉は、東京オリンピックにおいて、喜友名諒(きゆな りょう)選手が金メダル、清水希容(きよう)選手が銀メダルを獲得し、全国的な注目を集めた競技だ。

 

1対1で対戦する〈組手〉に対し、〈形〉は実在しない相手に、攻撃と防御を組み合わせ、流れるように演武する。勝敗は、審判員の採点。立ち様・技・正確な呼吸法などの技術面と、力強さ・スピード・バランスの競技面で審査されていく。

 

〈形〉の演武自体は、定められた102種類の中から選択。大会はトーナメント形式で行われ、決勝まで全て違う〈形〉を披露しなければならない。自分が得意とする形をどの局面で出すか、それも勝つための重要なポイントとなる。

 

この日は、個人戦のための稽古が主となっていた。全国高校選抜大会連覇を狙う蒼波だが、その道程は決して楽ではない。強力なライバルがひしめいているのだ。しかもすぐ隣に・・・

 

蒼波と共に稽古に汗する、昨年の栃木国体覇者・古瀬智菜。そして昨年のインターハイ決勝で、蒼波を破って高校王者となった、山本真由。全国トップクラスのチームメイトを破らなければ、頂点には届かない。それでも成し遂げてみせる・・・

 

この時蒼波は、個人・団体連覇のために、ひとつの課題に取り組んでいた。多くの試合を戦い抜く上でのスタミナの使い方。稽古中、久保弘樹コーチから何度も同じ指導が入る。

 

「スタミナが切れてきた時、がむしゃらに力技でいったらダメだぞ!」

 

そんな時こそ、基本動作である重心の乗せ方や立ち方、目線の位置を正しくし、筋力に頼りきらない演武を実践するべきだという。稽古後、その課題克服について尋ねたが、蒼波は言葉が出ないほど消耗していた。

 

だが!そんな中でも女子高生空手家は、身だしなみを疎かにしない。髪をとかし整えると、カメラ目線でニッコリ微笑んだ。

 

帰宅時は、部員全員でかしましく。鎬を削るライバル同士でも、普段はとても仲が良い。校門を出ると、蒼波が一人、みんなと違う方向に歩き出した。

 

 

「寮です。実家は千葉で。九十九里町って判りますか?」

 

蒼波が空手を始めたのは、5歳の頃。兄の稽古に付いて行ったのが、きっかけだった。

 

「試合に勝つと誉めてもらえるのが嬉しくて」

 

どんどん空手が好きになった。6年生の時、全国大会で優勝。一躍その名が知られることに。この時からだろうか、蒼波の心に『もっと強くなりたい』そんな思いが芽生えていった。そして順調に強くなっていった彼女は、鳴り物入りで空手の名門・大阪学芸高校へ入学。

 

ところが、ここで躓いた。名門空手部は、当たり前のように猛者揃い。1年生時のインターハイは、学内の選考会で敗退し、予選大会にすら出場できなかったのだ。

 

「寮に帰って、玄関に入った瞬間、泣き崩れて・・・今まで試合に出させてもらえない経験が無くて、その時の悔しさはもう、一生味わいたくなくて・・・」

 

蒼波の心に火がついた。その時から、夜の猛烈な自主練習が始まった。努力は実り、昨年、前述の全国高校選抜、団体・個人のダブル制覇を達成したのである。

 

別の日、早朝からの稽古に蒼波を訪ねた。体幹を鍛えるなど、体づくりのトレーニングを済ませると・・・演武練習の前に、髪を整え固める蒼波。

 

≪魅せる武道≫とも言える空手の形は、≪強さ≫と≪美しさ≫を表現し、アピールしていかなくてはならない。当然、表情や髪型も重要な要素になる。

 

「(髪型が決まると)スイッチが入ります」

 

団体戦のための稽古が始まった。大阪学芸高校の女子団体は、全国高校選抜大会で5度の優勝を誇る、いわばお家芸。負けられない種目だ。一糸乱れぬ切れ味鋭い演武。3人の選手がいかにシンクロしているかは、大事なポイントのひとつとなる。

 

そして稽古は≪分解≫と呼ばれる演武に移った。これは決勝戦の後半にのみ組み入れられる演武で、形の動きに含まれる『攻防の技術』を、実戦さながらに表現していくもの。決勝に進んだチームの特徴が浮き彫りになる、大きな見せ場だ。

 

蒼波は、ライバルであり、団体のパートナーでもある古瀬智菜と、わずか5cmの動作の違いについて、納得いくまでやり取りを交わす。

 

「微妙ですけど、たったそれだけの違いで、技の見栄えや、技の出しやすさに関わってくるんですよ」

 

久保弘樹コーチが、蒼波たちから目を離さずに教えてくれた。この微妙な調整は、選抜大会ギリギリまで続けられるという。

 

3月23日、福岡。会場入りする蒼波の姿を見つけた。強豪校が一堂に介する、全国高等学校空手道選抜大会。団体、個人の前回王者、大阪学芸高校。連覇を賭けた戦いが始まる。

 

大会は、団体戦からスタートした。大阪学芸は、準決勝までの3試合、徐々に調子を上げ、順当に決勝進出を果たす。

 

決勝の相手は、東海地区予選で全種目を制覇した強豪、御殿場西高校だ。蒼波たち、団体メンバー3人の父兄も駆けつけ、固唾を飲んで見守っている。

 

大阪学芸の演武が始まった。一瞬で会場の空気を引き寄せる。そして演武後半の≪分解≫。わずか数センチの修正を繰り返してきた成果が、存分に発揮された。審査判定の行方は・・・圧勝!大阪学芸が大会連覇、6度目の優勝を飾る。

 

「もう心臓が止まりそうでした」

 

蒼波、古瀬、髙嶋・・・団体メンバーの母たちが、涙ながらに抱き合っていた。

 

その喜びもつかの間、すぐに個人戦が始まる。会場に向かう蒼波の顔が引き締まった。連覇への最大のライバルはチームメイト。蒼波は他を圧倒する演武で勝ち抜いていく。準決勝では、団体メンバーでもあった古瀬智菜と激闘を繰り広げ、ついに決勝へと駒を進める。場内アナウンスが告げる、その相手は・・・

 

「赤、大阪府、大阪学芸高等学校、山本真由選手」

 

2人は昨年のインターハイ決勝で激突。この時は山本が制した。古河蒼波、雪辱成るか?

 

チームメイト同士の対決となった個人戦決勝。ここまで1番得意とする「形」を温存してきた山本は、力強さ、スピード、バランス、素晴らしい演武を披露する。

 

一方の蒼波は、やはりチームメイトの古瀬との準決勝、すでに一番得意の〈形〉で勝負していた。しかも団体と個人、併せてこれが8試合目。最後に最大の試練と向き合う。渾身の正拳突き、そして蹴りを繰り出し、真っ向勝負を挑んでいった・・・ だが、その判定は無情だった。

 

「赤(山本)の勝ち!」

 

観客席で見守っていた母は、声を振り絞るようにして言った。

 

「努力は決して無駄にはならないから、胸を張って欲しい」

 

選手控え所に戻った蒼波は、仰向けに倒れ込み、手で顔を覆ったまま動かなかった。(これで終わりじゃない・・・)心の中で、何度も自分に言い聞かせていた。

 

幾度も挫けそうになりながら、懸命に走り続けてきた日々。多くの人の支えを得て、ここまで闘い抜くことが出来た。だからこれからも・・・蒼波は顔を上げてくれた。

 

「負けたのは悔しいけど、次のインターハイへ繋げられたらいいかなと思います」

 

次の照準は、夏のインターハイ。古河蒼波17歳、今日の負けを糧に、その目は再び前を向く。

 

 

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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