• HOME
  • 記事
  • 野球
  • 大谷翔平のバントが思い起こさせた、イチローの言葉。「頭を使わない野球」の時代に現われた偉才の価値<2021百選>

大谷翔平のバントが思い起こさせた、イチローの言葉。「頭を使わない野球」の時代に現われた偉才の価値<2021百選>

イチローが引退会見で語った現代野球の“問題点”を、大谷なりの“答え”で示したようなプレーがあった。(C)Getty Images
2021年のスポーツ界における印象的なシーンを『THE DIGEST』のヒット記事で振り返る当企画。今回は、シーズン開幕から止まらなかった大谷翔平の二刀流パフォーマンスが想起させた名手イチローの言葉に脚光を当てる。

記事初掲載:2021年6月18日

―――◆―――◆―――

このプレーを簡単に決め、いやそもそも、発想が浮かんだ時点で、大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)という選手は、“他”とは一線を画する存在なのだろう。

現地時間6月16日、敵地で行なわれたオークランド・アスレティックス戦の5回。先頭打者として打席に入った大谷は、2回に今季19号ホームランを放った直後にもかかわらず、三塁線にセーフティバントをあっさりと決めて見せた。この時は4対1でエンジェルスがリードしており、追加点を取るのだという意志が垣間見えた。

実際、大谷は試合後の会見でこう語っている。

「本塁打で1点よりは確率が高いかなと思ったので、確実に出られるところですし、まだ試合もどっちか分からない状態だったので、先頭で出た方が有効かなと思いました」
大谷が簡単そうにバント安打を決めることができたのは、シフトを敷かれていたからだ。大谷はセンターからライト方向への打球が多いことから、相手チームにわざわざ定位置に入る必要がないと判断され、三塁手がセカンドベース後方、遊撃手は定位置よりややセンター寄り、二塁手はライト前あたりにつく守備体系を取られている。

そのため、16日の試合で決めたように三塁線のバントは、うまく転がればほぼ確実に出塁することが可能である。そしてシフトは大谷に限った話ではなく、打球傾向に特徴がある選手はほぼ一様に敷かれる。しかし、打者ががら空きとなった場所に打球を意図して転がすことはそれほど多くない。

なぜか。守備側からすると、例えば大谷のような長打の打てる選手がシングルヒットを狙ってくるなら御の字と考えているからだ。より失点につながる長打リスクが軽減されるので、後続の打者を抑えればいいという判断になる。一方、打者側には「相手の思惑に乗っている」「姑息な手段」という心理面のマイナスが働くとされ、ある意味で“win-win”の関係性から成り立っているのである。

もっとも、圧倒的に勝っているとされるのは守備側だ。試合を見ていれば分かる通り、センター前に抜けそうな打球や一二塁間を破った打球がシフトの網にかかっているのは、MLBではお馴染みの光景。実際、2011年に全体で2350回に過ぎなかったシフト回数は年々増加。2014年に1万回、2016年に2万回、2018年は3万回、2019年は約5万回、そして昨年は短縮シーズンでなければ、6万4000回に上っていたとのデータがある。 こうしたシフトを打開するため、打者側が考えたのが「ゴロがダメなら、フライを狙え」、いわゆる『フライボール革命』である。ゴロを打ってしまえばシフトの網にかかるから、シフトがいない場所=スタンドへほうり込めばいいという発想の転換だ。

もちろん、長打を狙えばスイングも大きくなって打率も下がるし、三振も増える。しかし、コツコツ積み上げたヒットよりも、長打の方が得点価値は高いというデータも後押しして、打者側はこぞってスウィング改造に取り組んでいった。そして、結果的にメジャーリーグでは本塁打と三振の数が飛躍的に上昇していく流れが生まれた。

これには弊害もあった。確かに得点増につながった一方で、インプレーの割合が減って、ファンや関係者からは「試合がつまらない」という声が巻き起こったのである。実際、ボストン・レッドソックスやシカゴ・カブスを世界一に導いた名GMのセオ・エプスティーンは「三振率の上昇は明らかに収拾がつかなくなった。もっとアクションを取り戻す方法が必要」と、現代野球のあり方に警鐘を鳴らしている。

そして、このメジャーリーグの“潮流”について数年前、危惧を鳴らしていた男がいた。日本が生んだ史上最高のプレーヤー、イチローである。
2019年3月21日深夜、日本開幕戦を終えてユニホームを脱ぐ決断をしたイチローは引退会見を開いた。数々の質問が飛んだ中、「イチロー選手が引退して悲しんでいるファンの方は、イチロー選手がいない野球のどんなところを楽しんだらいいか」との問いに、こんな返しをしている。

「2001年に僕がアメリカに来たが、2019年現在の野球はまったく別の違う野球になりました。まぁ、頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような……。選手、現場にいる人たちはみんな感じていることだと思うんですけど、これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年。しばらくはこの流れは止まらないと思うんですけど」

そして、こう続けた。

「本来は野球というのは……これダメだな。これ言うとなんか問題になりそうだな。頭を使わなきゃできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから。その野球がそうなってきているということに危機感を持っている人って、結構いると思うんですよね」『頭を使わなくてもできる野球』。イチロー自身の真意は明らかにされていないものの、現在の球界に起きている現状を考えると、おそらくこういうことではないか。みな一様に長打を狙い、三振をして、アウトを重ねる。それがひたすら続く“ショー”。

平均球速が150キロを超えてくる投手に対抗するため、打者は“最適”と思われるスウィングをする。打てなくても仕方ない。もちろん、そのスウィングを形作る過程では、最新機器を使って“頭を使う”。しかし、どんな試合展開であっても、やっているプレーは一緒。何かが変わることはない。

こうした背景を考えた時、大谷が行なったセーフティバントの“意味”が深くなってくる。大谷は本塁打を打つよりも出塁することの重要性を「考えて」、自らの判断でバントをした。そして、現代野球では得点価値が高くないとされる盗塁を決めて、二塁まで進んだ。

一連の行為はすべて、『頭を使った野球』のそれなのだ。

それを証明するように指揮官のジョー・マッドンは大谷のバントについてこう語っている。

「先頭打者として打席に入り、出塁するためにバント安打を決めるというのは、本当に自分のためにやっているわけではない証。深みのあるプレーだった。オオタニの本能や洞察力について話す時はいつでもそうなんだが、まさにそれが5回のプレーに表れている。自ら考えて野球ができる選手と言えるだろうね。私からすれば、あのバントは600フィート(約182メートル)飛ばしたホームランよりも印象的だった」
マッドンは球界きっての智将として絶対的な地位を築いてきた。貧乏球団タンパベイ・レイズでは、どこよりも先んじてシフトの重要性に目を付け、あらゆるデータを駆使して勝利を収めてきた。しかし、マッドンもまた現代野球の画一性を「つまらない」と評し、例えばバント、ベースランニングなど“動きのある”プレーが、球界にもファンにも重要だと熱弁している。

大谷翔平という存在は、二刀流という歴史上でも類を見ないスタイルで大きな注目を集めている。そして、投打ともに備える圧倒的な能力をフルに発揮して、今季はMVP候補とまで呼ばれる大活躍。パワー、スピード。いずれも本当に凄い。

しかし、イチローが半ば絶望している『頭を使わない野球』の中で、『頭を使う野球』というスタイルで風穴を開けている事実もまた、脚光が当たってしかるべきなのではないだろうか。ただのバントヒット1本。しかし、そこに至ったプロセスは、現代野球では希少とも言える発想なのだ。

なぜ大谷が日本のファンだけでなく、アメリカ球界からも評価されるのか。今まで誰も見たことないようなプレーをしているのと同時に、“古き良き時代”の色香も感じさせてくれる、野球少年のようなその姿も、理由なのではないかと思う。

文●新井裕貴(SLUGGER編集部)

関連記事