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都築龍太は、なぜ政界を志したのか? 「さいたま市には可能性がある」

都築龍太、37歳(取材時)。元サッカー日本代表GKであり、名門・国見高校から1997年にガンバ大阪に入団すると、2003年に浦和レッズに移籍。2011年に現役を終えるまで、国内トップレベルでプレーし続けた。

そんな都築がセカンドキャリアとして選んだのは、政界だった。2011年の埼玉県議員選挙は落選したものの、2015年のさいたま市議会選挙で見事に当選。守る対象をゴールマウスから「市民」へと変えた、都築の思いについて聞いた。

都築龍太(つづき・りょうた):
1978年4月18日、奈良県出身の政治家・元プロサッカー選手。自由民主党さいたま市議会議員(2期目、2020年5月13日現在)。現役時代のポジションはゴールキーパー。

「応援してくれる人がいるなら、裏切るわけにはいかない」

都築龍太

――現役引退後、サッカー界から政治の世界に転身されました。

「引退したら、サッカーから離れたことをやってみたい」と考えていました。でも、まさか議員をやることになるとは。(湘南退団後)チームを探して浪人している頃、議員の方と関わりがあって。食事に出かけたりして、お世話になりました。そのご縁で、「議員をやってみないか」とお声がけをいただいたんです。

――政界への挑戦は、なかなか簡単なことではないと思います。

新しいことに挑戦できる、勉強になると思って2011年に出馬を決めました。選手として浪人していても、面白くなかったですからね。ただ、当時は「当選してから何をしたいか考えればいい」とさえ思っていました。

――2011年は惜しくも落選されましたが、2015年は見事に当選。4年間、どのように過ごしてきたのでしょうか?

落選してから、半年くらいは悩んでいました。そのタイミングで、日本サッカー協会から「夢先生」のお話をいただいたんです。子どもたちに夢の話をするのですが、考えるうちに「今の自分が、それを言っていいのか」という疑問が芽生えてきたんです。

そこから「行動しないといけない」と思って、選挙活動でお世話になった人を集める機会を設けたところ、本当に多くの方が来てくださいました。「そんなに応援してくれる人がいるなら、裏切るわけにはいかない」と思って、その場でもう一度挑戦することを決めました。

2015年の選挙では、浦和駅まで歩いていく中で会う人のほとんどが知り合い、という状態になって。手応えを感じましたね。

現役時代から性格は変わった

――現役時代と現在を比べて、ご自身の中で性格面も変わってきましたか。

全く違いますよ(笑)。現役時代は試合中に文句を言ったりもしましたが、それは何かを達成するために必要だと思ってやっていたことです。当然僕も1年目の時からできたわけではなくて、ある程度積み重ねたものがあった上でのことです。

言葉というのは本当に重みがあります。人に何かを伝える時は内容をすべて分かった上で話す必要がありますが、その説得力が今の僕にはないので、まだ勉強中です。

大人に向かって話す時は難しい言葉を使って、正しい数字を並べていればある程度通じる部分もありますが、子ども達に話す時はそうはいきません。本当に子ども達に話すのは難しいので、それは夢先生をやってきてよかったと思います。子どもは正直で、こちらが話していても面白くなければ寝てしまいます。でもそれは伝える力がない僕のせいです。ただ、子どもにうまく伝えられれば、誰にでも話せるとは感じました。

都築龍太

――現役時代、一番長く過ごしてきた浦和という街に対して何か感じていることはありますか。

大阪からこちらに来る時には多少抵抗がありましたが、ベースにレッズがあって、住みやすい街だと感じるようになっていきました。

――さいたま市には浦和レッズと大宮アルディージャ、2つのJクラブがあります。

さいたま市自体にもサッカーを通した街づくりの事業があるくらいで、そういう取り組みを行っている自治体は珍しいのではないでしょうか。レッズとアルディージャ、2つのチームと一緒になってさいたま市を盛り上げていければと思います。

――その中で選手であった都築さんが果たす役割も大きいと思います。

その部分は僕の専門分野ですから、どんどんやっていきたいです。ただサッカーを通した街づくりの事業を行うために、例えば何かを建てたりする場合は建設局が関わってきたりします。1つの部署だけで進めることはできないんです。だから関連する部署といい関係を築き、知識を多く持っておく必要があります。

――特にスポーツはする場所について問題になることが多くあります。

でも幸い、さいたま市は環境面では恵まれている方です。県の持ち物ではありますが、近くに埼玉スタジアム2002があり、さいたま市には駒場スタジアムもあります。この駒場スタジアムをさらに有効活用していきたいと考えています。今駒場スタジアムはナイター設備の規定上、Jリーグの試合が開催できずにいますが、レッズのサポーターからは年間で数試合はそこで試合をやってほしいという声も挙がっています。

これから先、もっとスタジアムなどを増やしていきたいところですが、どこに作るのかも問題です。日本ではレッズランドもそうですが、どうしてもスポーツ施設を郊外の方に作る傾向にあります。しかし、スポーツをビジネスという視点で捉えるとそれらももっと都心にもあるべきです。

体育館も日本は3000人規模の小さなものがほとんどです。3000人というのは国体の開催の基準で、それに合わせてどこも作られています。でもスポーツに限らず、大きなイベントを呼ぶためには数万人単位で入るスタジアムやアリーナが必要になってきます。ただ、スポーツでそのキャパシティを埋めることは現状では難しいですから、スポーツそのものの価値を上げていく必要はありますね。

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