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下村東美(サッカー解説者)の英語学習法。「最も勉強したのは現役時代でした」

「”語学”に触れることがスポーツへの関わり方や楽しみ方、知られる知識の幅が広がる」

”スポーツ×語学”をテーマに、その2つの関連性や語学を学んだことでスポーツ人生においてどういったプラス面が得られたか、などを様々な方に語って頂くこの企画。第2回目はセレッソ大阪やジェフ千葉などで活躍した元Jリーガーであり、現在はサッカー中継の解説者を中心に幅広く活動する下村東美さんにお話を伺いました。彼が育った言語環境や学習法とは?

父親はオーストリア人のパティシエ

僕の父はオーストリア人で、母は日本人なので、僕はオーストリアと日本のハーフです。日本で生まれ、日本で育ちました。父はオーストリアでパティシエをやっていたんですが、札幌にある製菓メーカーが洋菓子の本場から技術者を招きたいということで、僕の父に依頼があり、父が来日することになったんです。最初は日本で数ヶ月技術指導をしてオーストリアに戻る予定でした。ただ、日本のメーカー側から非常に高い評価を頂いて、『もう少し日本に残って継続して技術指導をして欲しい』というようなオファーがあったみたいで、そのまま日本に住むようになり、その後に母とも知り合い、結婚して僕が生まれたという感じです。

僕が幼少の頃の自宅の言語環境は、基本的には日本語とドイツ語のミックスでした。母も父の両親に会うときにはしっかりとドイツ語で挨拶できるようにしなければいけないと思っていたということでかなり勉強したらしいんです。だから、結構ドイツ語を喋れるんですよ。父はもちろんドイツ語がメインだったので、両親がしゃべる時は半分前後がドイツ語でした。僕が父と喋る時は日本語とドイツ語が混ざった感じでコミュニケーションをとっていましたね。

基本的には日本語を使う機会のほうが多かったです。ただ、父が日常的にドイツ語を使うという環境で育ったのと、生まれてから小学校の低学年ぐらいまでは毎年夏に家族でオーストリアに行っていて、ドイツ語が自然と耳に入ってくる環境だったので、外国語に対するコンプレックスという意識は感じることがなかったと思うんですよね。幼稚園も札幌にあるインターナショナルスクールに通っていたのですが、両親が無理やり決めたわけではなく、同じマンションに住んでいた日本人の友だちと一緒に体験入園をした際に凄く楽しかったからなんです。他にも候補の幼稚園があったんですけど、「ここに行きたい」と断言していたようです。

その幼稚園ではもちろん毎日のように英語に触れていました。今振り返ると、そういう部分もふくめて、色々な環境が自分にとってプラスとなったと感じます。

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