剣道・川合芳奈「日本代表を目指す」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

2023年7月。全日本女子学生剣道選手権決勝。相手の出鼻をくじいての小手(コテ)!一瞬の攻防で勝敗が決した。学生日本一。その称号を手にしたのは、筑波大学3年生の川合芳奈(かんな)。学生最強の女性剣士となった彼女が、次に目指すのは―

 

「世界剣道選手権の日本代表です。日本を背負うというのは、どれだけプレッシャーがかかるか判らないけれど、だからこそ目指してみたいんです」

 

3年に1度の世界剣道選手権大会は前回、コロナ禍の影響を受け中止。来年、6年ぶりにイタリアで開催される。過去の17大会において、男女個人戦、そして団体戦で、優勝を逃したのはたった一度だけ。剣道発祥の地、日本にとって、勝つことは宿命なのだ。その大舞台を目指す、学生剣士、川合。だが、日本代表を争う先輩剣士たちの壁は厚い。

 

「日本でも世界でも、トップで活躍されている方たちは気の張り方も違うので、まだまだ差があるのは感じています」

 

現在川合は、日本代表を勝ち取れるか否か。その当落線上にいる。彼女が自分自身と向き合い、目標に向かって戦い続ける日々を追いかけた。

 

 

8月、墨田区体育館で行われた、剣道連の練成会。そこに集まったのは40校。およそ280名の剣士が一堂に会し、技を磨く。団体戦の練習試合が行われる。川合は筑波大学の主力メンバーとして戦った。一瞬で間合いを詰め、一本を奪う飛び込み面(メン)。川合はこの得意技で、次々と勝利を収めていく。だが、1試合だけ、一本を奪われ、引き分けに持ち込まれてしまった。彼女はその映像を何度も見返し、考え込む。なぜ? を後回しにはしない。

 

「一本取った後の気持ちの整理の仕方に、甘い部分がありました。そこで迷いが出て、逆に一本を取られたのかなと思います」

 

剣道に、とことん真摯に向き合う川合。それが強い剣士への道だと信じているのだ。

 

夏休み中の9月。筑波大学の道場で、自主練に励む川合の姿を見る。練習相手を務めたのは、同期の笠日向子。川合のことを誰よりも知る、良き理解者だ。2人の出会いは、高校生の頃。それぞれ、川合は静岡、笠は福岡で名を馳せていた。

 

「高校の時から練習試合で何度も顔を合わせていて・・・お互い負けず嫌いなので、剣道以外で話すことはなかったんです」

 

それが今となっては、いつも一緒。ライバルから一番の友となっていた。

 

鍛錬の後は、何を置いても美味しい食事だ。2人は並んで自転車を走らせる。向かったトンカツ屋「純平」は、いつも稽古終わりに通う憩いの場所。2人は好物のチーズロースカツ定食にかぶりつく。とにかくよく食べる姿に圧倒されてしまう。そんな川合に、剣道を始めたきっかけを聞く。

 

「兄と姉が(剣道を)やっていたので、その影響です」

 

静岡県牧之原市で生まれた彼女は、小学3年生の頃、剣道の名門・水龍館の門を叩く。ところが・・・

 

「最初は男の子にボコボコにされて『もう辞める』って。でも母に『剣道の時はやり返していいんだよ』って言われて、そこから楽しくなりました」

 

笠が『なにそれ?気が強すぎ』とケラケラ笑った。

 

その後川合は、中学で静岡県大会を2連覇。高校2年でインターハイ準優勝。着々と実績を積み上げ、筑波大学に進む。すると1年生にして、警察官や教員などの強豪が集まる全日本女子剣道選手権で3位に輝く。そして今年は、念願の学生チャンピオンの座につき、世界選手権日本代表に向け、自らその存在をアピールしたのである。

 

食事を終え、夜の道をふざけ合いながら帰っていく2人。そこに歳相応の青春を感じ、少しホッとした。

 

10月。秋の冷たい雨が降る中、再び筑波大学に川合を訪ねると、熱心に講義を受ける彼女を見つけた。剣道には「剣業一致」という言葉がある。日々の生業、つまり学業も剣の道に通じるということなのだが、川合がそれを意識しているかどうかは判らない。

 

 

午後、筑波大学剣道部の道場を覗く。厳粛に鳴り響く太鼓の音。稽古には、男女合わせておよそ40名が参加した。そしてこの日、川合の課題の一つがあぶり出されることに・・・それは、男子の主将、4年生の米田との稽古中―川合は得意の面を警戒され、なかなか踏み込めない。すると不用意に飛び込んで、返し技を喰らってしまった。彼女はその状況を分析する。

 

「まだ[メン]しか得意と言える技がないので、コテもメンと同じくらい精度を上げる必要があります。出鼻技とか、相手が打ってきたところを狙う技も、しっかり打てるようにしていかなきゃいけないですね」

 

相手を務めた米田も、川合の地力、そして向上心と努力を高く評価していた。

 

10月中旬。勝浦の日本武道館研修センターに、川合が出向いた。来年のイタリア世界大会に向けた、日本代表候補16名による合宿が行われるのだ。そこには、今年の全日本選手権王者・渡辺タイ、6年前の世界選手権に高校生で出場した妹尾舞香など、強者たちが顔を揃える。そしてそのほとんどは、警察官や教師などの社会人。学生として参加した川合芳奈と笠日奈子が最年少だった。

 

稽古では、竹中代表監督が、眼光鋭く選手たちの一挙手一投足を見つめる。否応なしに道場の空気が張りつめる。ここが川合の正念場だった。

 

合宿の中盤、一つの稽古がことさら熱を帯びていた。試合のラスト40秒の場面を想定し、先に一本を獲った体で優位に立つ[守り手]と、何が何でも一本を取りにいかなければならない[攻め手]が、終盤の攻防を訓練するのだ。そして[守り手]に川合が立った。40秒をしのぎきれば勝ちとなる。だが慎重になるあまり、持ち前の積極性が出ない。ついに一本を獲られてしまう。それを見た竹中代表監督は、すかさず川合に指導する。

 

「川合は攻撃力がある一方、守りの部分で淡々としてしまうところがあります。だから、積極的防御というか、攻める中で防御していきなさい言いました」

 

その指導の後、再び[守り手]となった川合。今度は果敢に、前に出た。状況を見極めつつ、前に出ながら相手の竹刀をさばく。すると・・・相手が面を狙って踏み込んだ瞬間、隙を突いてコテを決める。課題としていた返し技で、積極的防御を体現してみせたのである。

 

稽古が終わり、防具を外す川合。その体からは湯気が立ち上る。彼女にとってこの合宿は、厳しくも、成長のきっかけを掴む場所となったに違いない。

 

 

「他の選手の行動や稽古の仕方を見て学ぶとか、先生方に指導されたことを意識的にやっていくことが、先輩たちとの差を埋める一番の方法なのかなと思っています」

 

その先にのみ、日本代表の座が待つことを、川合は知っている。剣道と真摯に向き合い、仲間と共に精進していく学生剣士、川合芳奈。また明日も、魂を込めて剣を振る。世界の舞台で輝くその日のために。

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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