テニス『ウイルソン_ULTRA TOUR 95CV(後編)』

錦織圭が世界でトップを争うようになった今日まで、16本のウイルソンのラケットが彼を支えてきた。そして生涯契約を結ぶまでになったそのラケットに込められる、こだわりと思いをウイルソンの道場滋さんに、引き続き聞いてみる。

ウイルソンはアメリカのシカゴに本拠を置くスポーツギアメーカーだ。テニスはもちろん野球やゴルフ、アメリカンフットボールのギアにおいてもその名を広く知られる。1913年に創業するが、当初は精肉業者から廃棄されていたスジや皮を、ナチュラルストリングとして加工していたという。

創業時からテニスとは深い関わりをもつウィルソン。これまでには、ジャック・クレーマー、ジョン・マッケンロー、ジミー・コナーズ、アーサー・アッシュ、モーリン・コノリー、ビリー・ジーン・キング、クリス・エバートといった、テニス界の錚々たるレジェンドたちが、ウイルソンのラケットと関わってきた。そして現在の顔はロジャー・フェデラーであり、錦織圭である。ここで道場さんは興味深い話をしてくれた。

「ウイルソンは選手に他社ほどの多額な契約金を払わない。契約金はラケットの開発費にまわします。ラケットとは勝つためのものであり、お金を得るためのものではないというのがウイルソンのポリシーです」。

トッププレーヤーが使用して活躍することによって、そのギアの価値は高まり、莫大な宣伝効果も生み出す。そのために多額な契約料が支払われることはプロスポーツではめずらしくない。そこをあえて他社ほどの多額な契約料を支払わず、開発費にあてるという前提で、トッププレーヤーと契約するというのは、ウイルソンのラケット作りに対する実績とそれを裏づける技術があるからにほかならない。

トッププレーヤーには8本の同じラケットを用意して、年間4回入れ替えをしている。ウイルソンは生産したあと、ラケットをすべて一度、シカゴに集めて入念に検査したのち、プレーヤーに届けているという。

「錦織やフェデラークラスになれば、わずかにセロテープがフレームに貼られているだけでも、すぐに気づくほどの繊細さをもち合わせています。ところがそんな彼らでも届いた8本のラケットに、新たな調整を求めてくることはありません。個体差がまったくない、プレーヤーにはノンストレスな仕上がりになっています。ここまでできるのはウイルソンだけだと思いますね」。

これもまたウイルソンのラケット作りに対するこだわりをものがたるエピソードだ。このようにトッププレーヤーを納得させるラケットは、アベレージなスペックで汎用モデルとしても販売されており、人気を博している。

「錦織圭が使う「ULTRA TOUR 95CV」は全体としては軽いのですが、頭が重くなっています。小柄な人や女性でも飛ばしやすいのが特徴です。日本人が世界と戦うためのパワーの出し方が反映されています」。

また残念ながら錦織圭はケガで欠場してしまったが、楽天オープン2019に合わせて彼が試合で使用する予定だった「ULTRA TOUR 95CV Kei Limited 2019」も1200本、国内限定で登場した。みずからがデザインに参画したこのモデルは、彼の故郷である島根県の出雲日御碕灯台がロゴとなり、フレームの内側に刻み込まれている。これもテニス好きには見逃せないモデルに違いない。

ウイルソンのラケットを介した道場さんと錦織圭とのパートナーシップはかなり成熟しているようにもうかがえるが、立ち位置が異なるふたりゆえに、互いにまだ思いが及ばないところも当然ある。

「プレーヤーとして勝負にこだわる彼の強い気持ちに、こちらが怖くなることがありますね。試合中は彼と顔を合わせたくないですから。たとえ会場で一緒に観戦している人がビールを飲んでいたとしても、ボクは絶対に飲めませんね。楽をしちゃいけないという気分になってしまいますから」。

「試合中に彼がラケットを叩きつけるたりするのを見ると、イラっとはしますね。もちろん彼は試合後に謝りにきてくれます。戦う上で、ラケットを折ってしまうほどの闘争心が必要であることもわかりますし、そうすることで自身がスカっとするのであれば、それでもいいのかと思うこともあります。それでも、やはり叩きつけられるのは嫌なんです」。

それでも互いがベストなラケットを追い求めている探求者であることに変わりはない。これからもこのパートナーシップから、世界を凌駕するようなラケットが生まれてくることを期待したい。

ちなみに道場さんの夢のラケットは、200kmのサーブが打てるラケットを作ることとか。

「できるのかもしれないけれど、きっと他の部分でマイナスが出て、彼のフィーリングには合わないでしょうね。どうやったらできるのか、いつかチャレンジしてみたいですね」。

画像・GettyImages

≫ウイルソン『ULTRA TOUR 95CV』【前編】はコチラ!

関連記事