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「東京五輪は、何を犠牲にしたのか」今こそ知ってほしい。ある専門家の独白

UPDATE 2021/08/16

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東京オリンピックはたくさんの人々の我慢と犠牲の上で成り立っている──。日本で数少ないカジノの専門研究者である木曽崇氏の「この大会の為に自粛を強いられ、明日職を失うかも知れない不安でつらい思いをしている産業人達がいる事を、忘れないで欲しい。」というツイートが、様々な場所で大きな話題となった。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、本当に多くの人々が我慢を強いられ、犠牲を払っている。木曽氏があえて五輪開会式前に発言をした意図、多くの我慢と犠牲を強いられている様々な産業の現状、さらにはウィズコロナのなかで生きていくために必要なことなど、多岐にわたってインタビューでお伺いした。

「人流を抑えた」結果、誰が犠牲になったのか

──今回の東京五輪開催について、開幕以前から「たくさんの人々の我慢と犠牲の上で成り立っている」とおっしゃっていましたが、実際にどのようなスタンスで今大会をご覧になられていますか?

木曽崇(以下、木曽) 私自身は、ずっと“開催はやむなし”のスタンスです。一種の国際公約のなかで、国際合意を取りながらやってきたので、日本の都合だけでやめますということにはならないと思っていました。

一方で、有観客方針の時代からずっと言い続けてきたことは「無観客でやるべき」ということ。実は、五輪を有観客で開催するための施策の調整はかなり早くから行なわれてきました。

一番象徴的だったのは数カ月前に、スポーツイベントの有観客が開始されたタイミングでの論議です。あの時に映画館と劇場の違いが論議に上がりましたが、当時は五輪との関係は表立ってされていませんでした。しかし実は、あの論議自体がそもそも五輪に向けた準備です。

──具体的にはどういう論議が行われてきたのですか?

木曽 実際の人間が演じる演劇に関しては有観客でやっていいと言われていながら、一方で映画館は自粛せよと。「あべこべだ」と言われていましたが、そもそもなぜこの構図が生まれたのか。

当時は、舞台人の政治的交渉力やロビー力があるからという表現をされていました。

しかし実際はそうではなく、舞台や演劇という“イベント”と呼ばれるものから五輪を含めた“スポーツイベント”まで、1つの大きなジャンルとして扱われてきたがゆえに、そこの部分の緩和が先行したということ。

一方でイベントの枠から外れるレジャー分野は、全てが取り置かれてきた。これがだいぶ前から行なわれてきた下準備です。レジャー産業側の人からすると、この半年くらいのやり方に対して「なぜ?」が常にあります。

スポーツや五輪開催を前提として施策が積み上げられているとわかっている上で、だからこそ私は「いろいろな人たちの我慢と犠牲の上で五輪は開催されている」と言い続けています。

──演劇を五輪のシミュレーションとして、そこでの実績が有観客開催に生かされようとしてきた?

木曽 開会式は、まさにそうです。競技そのものは“スポーツイベント”ですが、開会式や閉会式はショープログラム、演劇に類する“イベント”です。これら演劇などの分野は、五輪のシミュレーションの一環として先行して開放されてきました。それ以外の分野はずっと取り置かれてきている。この流れがずっと続いています。

「プロ野球も有観客でやっている」という理屈はこれまでにも散々出ていましたが、実はそのプロ野球でさえも五輪のために開放されてきたもの。大型スポーツイベントを先行して開放し、実施することで実績を積み上げてきました。全体の大きな流れの中で、これらの分野はずっと緩和されてきたことが実情です。

──緊急事態宣言が発令されながらも、五輪は開催されました。論理矛盾を感じるのですが、それもやむなしなのでしょうか?

木曽 現在、感染が急拡大していることに関しては、政府が言っているように必ずしも五輪そのものが直接的な原因になったとは思わないです。これは、感染力の高まった変異株が蔓延してきたことが主要因だと思っています。

一方で、政府は「人流は抑えられている」といいます。しかしこれに関してはどうかなと。それは、政府が五輪開催に合わせていろいろな産業を抑えることによって、人流を抑えさせる政策をとったから。「それで良し」というわけではないです。

われわれの産業が抑えられて、犠牲の上に成り立っている五輪です。あたかも実績であるかのように言われても困ります。レジャー産業だけの話ではなくて、オフィスワークの人も五輪期間中はリモートデイズというキャンペーンで抑えられている。様々な我慢があってこそなので、それでハッピーなわけではない。

──人流に関しては、Yahoo個人でも記事を配信されておりました。そこでは人流を抑えるという言葉がマジックワードとおっしゃっていて、それを言われると従わざるを得ないといった同調圧力が生まれてしまいます。

木曽 おっしゃるように「人流を抑える」という言葉は、僕らからするとレジャー産業全体が悩んできた用語であり表現です。具体的にどんな努力を重ねても、担当する責任範疇でどれだけ実績を重ねても、「人流を抑える」と言われた瞬間にその努力は全て無になります。

つまりは責任範疇外のところの責任を、レジャー産業に負わせている言葉です。「あなたたちが存在していることで」と外側で言われてしまうと、もはや対策をする努力自体が無になります。だからこそ私は、そういう表現はするべきではないとずっと言い続けてきました。

彼らは「人流を抑える」という一方で、五輪については万全を期すと言ってきました。しかし社会は「万全を期したところで人流が生まれてしまうだろう」と。そう言われた時に政府は、自分たちがずっと吐いてきた言葉だったので言い返せなかった。自業自得だと思います。われわれが感じてきた忸怩たる思いを、政府が受け止める形になってしまいました。

「GO TO」ではなく「マイクロツーリズム」にすべきだ

──木曽さんはレジャー産業側の視点に立ったお話をされていますが、そもそもレジャー産業の中にスポーツ興行も含まれているのでは?

木曽 もちろん含まれていますし、応援しています。ただスポーツ産業や五輪にまつわる演劇の分野だけが先行して優先されてしまう政策は、他の産業にとって不公平だよねというスタンスです。

──スポーツだけをレジャー産業から外して、五輪は特例として行なわれている。この特例による影響は、アフター五輪でどのくらい出てくるとお考えですか?

木曽 スポーツ以外のレジャー産業は、ずっと営業ができない状況にあります。承知の通りですが、潰れるか、自粛破りをするかの状況しかないです。今一番圧力を受けている、お酒を出す飲食店。様々な給付金で維持できるような小さな店舗は別ですが、多くの事業者は社会的な批判を浴びるのを覚悟で営業をするか、このまま潰れていくのか。二者択一を迫られ続けています。すごく悲惨な状況です。

──確かにずっと飲食店が悪者にされている現状があります。このように各業界によって我慢のレベルが変わってくるのは仕方ないことですか?

木曽 仕方ないことではありませんが、補助金や給付金の枠を永遠に広げることはできません。飲食業はまだ給付金が出ている業種ですが、給付金がない業種もあります。

なかでも甚大なる被害を受けているレジャー産業は、観光業界です。「県境を越える移動はやめろ」と言われ続けていますが、ではどのように営業するのか。やりようがありません。観光業のように給付金の対象になっていない業種は山ほどあり、私の目の届く範囲ではその人たちが一番悲惨な状況ですね。

──確かに、コロナ禍で観光業がどうやって成り立っているのかは不思議です。

木曽 持続化給付金などいろいろな制度があります。もしくは借入の優遇制度があるので、これで借金しているのが実情です。政府はとりあえず無利子で返済猶予は数年設けて貸し出しますので、それを使って凌げと言っているわけです。

ただ、返済猶予が数年設けてあるといってもいつかは返済が始まるわけで、利子がないからと言って返さなくていいわけではない。

もっというと、営業者の方々は経営者が個人保証をしています。法人が破産をしたとすると、返済の義務は個人に降りかかってきます。自分の人生に影響を及ぼすお金の借り方をしています。皆さん、逃れようのない状況になっているんです。

──東京では、新規感染者が5000人を越えるなど感染が拡大しています。五輪が終わっても、しばらくは観光業への締め付けは続くのでは?

木曽 続くと思います。政府が目標としているワクチン接種率に達するまで、観光を積極的に推奨する形にはならないでしょう。「県境を越えるな」というメッセージが出続けると思います。少なくとも、そこまでは観光業の人たちは耐えなければいけません。

残念なことに、彼らにとっては一番の書き入れ時である夏の行楽シーズンは、営業できない状況なので無理ですよね。次の書き入れ時はいつ? となると観光業者もかなり悲惨な状況です。

──観光業といえば、ウイルス蔓延の初期にGOTOトラベルが実施されました。

木曽 およそ一年前、GOTOトラベルを実施した時は「GOTOトラベルは感染拡大の原因になっていない。政策は間違っていない」と言い続けてきました。しかし一年後、今度は急に「感染拡大の原因になるから県境は越えるな」と言い始めて、一体どっちなんだという話です。基本的には、後者が正しかったと僕は思っていますが。

──あそこでGOTOトラベルといった短期的な施策をやらずに、もっと早い段階でこのウイルスを抑える方向に進むべきであり、日本は舵取りを間違えた?

木曽 これはずっと言い続けていることですが、GOTOトラベルが間違っていたのはその使い方です。当時、私も含めて旅行業、観光業の専門家の人たちは、“マイクロツーリズム”という同一県内での観光のためにGOTOトラベルを使うべきであると言い続けていました。これなら県境は超えませんし、同一県内で感染が広がることはあっても全国的な拡散の原因にはなりません。

当時を振り返ると、大都市での感染再拡大が起こることは、みんながもうわかっていたこと。人口が集中しているところは、当然ながら感染リスクは高まります。そういうところからの送客に頼るような振興モデルをやっても持続できません。

現実に、GOTOトラベルは半年も続きませんでした。当時のGOTOトラベルは首都圏や関西圏などの人口集中地域から地方部に向かって送客することを主軸においた施策で、それらの人口密集地域でまた拡大が始まったことで全部が停止してしまいました。

マイクロツーリズムという同一圏内だけの振興をしていれば、全てを止める必要はありませんでした。なぜ、そういう正しい施策に触れなかったのかと思いますが、大手の旅行代理店を支援したかったとか、交通業者に配慮したかったなど、いろいろな理由があります。

ワクチンパスポートを、早期に発行すべき

──観光業のダメージとして、さらに挙げられるのがインバウンドの停止だと思います。外国人観光客がいなくなり、そのダメージも計り知れないのでは?

木曽 インバウンドについては、どう考えても最後にしか立ち上がらない分野なので、しんどい分野であるということが前提にあります。観光業側としての強い要請は、「ワクチンパスポートを早い段階で国内運用してほしい」ということです。
インバウンドに関しては送客も受入も、大きな問題になるのは待機期間です。日本に入ってくる人、日本から旅行に出て帰ってくる人も、みんな等しく2週間の待機期間が設けられている。これが、インバウンドの最大の障壁です。

今すぐやってほしいではなく、それができるようなタイミングで、適切にできるよう今から準備を始めてほしいということです。しかし、政府は「差別を助長する」と及び腰になっている。われわれとしてはそこはやってくれと発信し続けています。

──ワクチンパスポートによる差別?

木曽 「ワクチンを接種した人としていない人、と分けることは差別だ」ということですね。ワクチンを自主的に受けないと判断した人に対する社会的圧力になって、そこに強制が生まれる可能性があることがいけないと。ただ、問題になっていない国はごまんとあります。日本はなぜ論議が回避されているのか、私にはわからないですね。

政府は、海外渡航者用のワクチンパスポート発行を認めています。日本人が海外において使うことに問題ないと言っているにもかかわらず、同じ人が同じものを国内で使うことに差別だというのはおかしい。

それが差別だというのなら、日本国政府はパスポートを出すべきではないです。論理矛盾がすでに見えているので、インバウンド観光側からするとそこは緩和していこうよ、利用を推進していこうよというスタンスになります。

ワクチンパスポートは海外への旅行だけではなく、入場制限がかけられているスポーツイベントや音楽イベントでも利用できるものです。少なくともワクチン接種者だけは緩和できる状況が作れるなら、今よりはまだマシな状況になります。結局、レジャー側としては国内でもちゃんとワクチンパスポートを使おうよという話です。

非公式な「お願い」で、イベントが潰されている

──五輪前に話題となったのが「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル2021」の中止です。イベントを開催しようというギリギリのタイミングで、まさかのやらない判断を下したことは驚きでした。

木曽 あれはいくつかの問題点があります。一番は、公的な権限を持たない県の医師会の要請が発生し、それが通ってしまったこと。社会圧力以外の何ものでもない。公的な枠組みの外側で圧力をかけられて、イベントを止めることになってしまったのは不幸以外の何ものでもないです。僕は、そういうことがあってはならないと言い続けています。

「公的な枠組みの中でやりなさい」というのが僕のスタンスです。営業自粛や営業制限をかけるなとは言っていませんし、感染拡大を防がなければいけない局面は必ずあるし、我慢しなければいけない局面はありますから。

ただ、これは政府も意図してやっているものです。あくまで自主的と言いながらも半強制が強いられるこの社会の情勢のなかで、そういうやり方はいけないと言い続けています。

──今回のような中止はかなりの損害額が発生していると思います。コロナがなくならない限りは、こういう圧力で中止されることが繰り返されてしまうと、音楽イベントなどをどんどんやろうという気運がなくなるように思います。

木曽 ロッキンほどのでかいイベントが、特に感染拡大していない地域でも中止せざるを得なかったという先例は、他のフェスに影響するでしょう。また他の業態にも、イベント業というくくりのなかで影響します。なんならスポーツイベントもその対象になるでしょう。

──日本中で五輪という大規模イベントはできたのに、そのほかの分野はできない。今残ったものは中止に追い込まれる前例ばかり。

木曽 この先コロナ禍が明けたとして、きちっと復活するかわからない業種はたくさんあります。レジャー産業でも、例えば音楽系イベントや演劇の分野で働いている労働者の人たちは、すでに離職して他に転業しています。そういう人たちは、もう帰ってこないです。

元々給与水準が高い業種ではなく、「思い」だけでやってきたところがあります。そういう人たちが転業して、新しい生活をすると全員は帰ってこない。ノウハウは一度失われ、もう一度初めからやらざるを得ない状況になります。コロナ禍が明けたからといって元通りでハッピーになるかといえば、残念ながらそうはならない。それは、目に見えています。

「アフターコロナ」の世界は来ない

──スポーツイベントについては、今夏に欧州ではサッカーのEURO(ユーロ)が開催されていましたが、コロナ対策は国によってバラバラでした。ハンガリーのブタペストはフル観客でノーマスク。一方で国によっては無観客開催もありましたが、これはどちらのスタンスが正しいのでしょうか?

木曽 大前提として、われわれはもうワクチンなしに正常化しないということを覚悟しなければいけません。ワクチン普及だけが出口です。

一方で、ワクチンが普及したところで、感染拡大が止まらない状況が出てきています。デルタ株のせいですね。今までは60-70%の接種率があれば、集団免疫が働くと言われていました。しかしデルタ株の蔓延でそのラインは上がっていて、現行では接種率70%でも足りないと言われています。

接種について今最も先進している国はイスラエルで、それは国としての強制力があるからです。ただ、西側の自由主義諸国のなかで、70%以上の人がワクチン接種をちゃんと2回行うことは難しいです。

最近言い出しているのは、「アフターコロナの世界は来ない」ということ。われわれはコロナ禍当初、アフターコロナの時代を願っていました。その世界は多分こないです。ウィズコロナの社会を維持しなければいけません。

そもそもワクチンの効力は1年程度しか続かないことがだんだんとわかってきて、これからは毎年繰り返して打たなければいけません。だとすると、ウィズコロナのなかで新しい社会をどう作るかを考えなければいけません。ワクチン接種が先行しているイギリス、ドイツ、フランス、アメリカなどの国はそういうスタンスになってきています。

──日本がウィズコロナのなかで新しい社会を作っていくためにまず必要なことは何でしょうか?

木曽 やはりワクチンパスポートですね。日本はこれをどう使うのかを、早期に考えなければいけないと思います。ワクチン接種者の中だけでひとまず経済を回す。そういう選択をすべての人が取らなくてはいけなくて、すでにアメリカもイギリスも先行する国はそうなっている。

諸外国はワクチン接種しても感染者数が止まらないことがわかって、それなら「以前のようなロックダウンは必要ない」というスタンスに切り替わっています。感染は広がるけど、重症者数が病床数を超えない状況を維持できるのであれば問題ないというスタンスを取り始めています。

日本も、早晩そうせざるを得ないでしょう。ワクチンの効力はそういうものだということがわかってきています。だとするなら、早いタイミングでワクチンパスポートの利用を本格的に考えなければいけないと思います。

──木曽さんはカジノの専門家です。日本でカジノ解禁の流れになっていますが、現在は明らかに人を集めたり呼び込んだりするところへの抑止が働いています。専門分野であるカジノの先行きはいかがでしょうか?

木曽 幸いにもというと他の業種に申し訳ないですが、われわれ、IR事業(カジノ事業)は現実として営業が始まるのは5、6年後の話です。現状のコロナ禍に影響は受けないと思います。

ただ5、6年後に開業を目指す業種としてやらなければいけないこと、社会的にメッセージを発信しなければいけないことは、この先の観光業の形がどうなるのかということ。そのためにわれわれ産業がどう資するのかということを説明しなければいけないと思っています。

今はたくさんの人を集める集客施設への不安があります。その不安を解消するために様々なメッセージを出す必要があるのですが、この業態はそこが足りていない。まだ産業がないので、そういう主体がまだあまりいないからです。

実際にわれわれがどうしていくのかというと、観光業の収益力を向上させることです。今まで収益性の低いお客様をたくさん集めて観光を成り立たせていましたが、これからは儲かるお客様を適切に集めることをやっていかなければいけません。

実際、IR事業は少なくともお客様の消費単価に関しては世界で最も高い観光業種の一つです。地域の観光業界の収益性を高める上で、われわれができることはたくさんあります。そういう貢献の仕方をできるとアピールしなければいけないと思っています。

──言ってしまえば量より質ということですね。

木曽 アフターコロナは来ないという前提で、この後経済が正常化して生活が正常化した時に、コロナ禍が発生する前のような状況になれば終わりです。

われわれの業界では観光公害などと呼ばれていましたが、要は観光客の集まりすぎ問題があります。

京都や鎌倉、浅草など外国人観光客が集まりやすい観光地で、人が集まりすぎることによる社会的な不利益が発生します。地域の人々にいろいろな不安を与え、具体的な被害を及ぼしていた時期がありました。そういった状況をもう一度生むのかというと、そうあってはならないです。

コロナと生きる世界において。やはり儲かるお客様を適切に集め、地域経済の発展に資する観光業界のあり方を作っていかないといけません。その手段としてカジノを中心とした観光があると思いますし、スポーツを中心としたツーリズムの世界もその一つです。

今までのような記念碑や観光モニュメントに集まって写真を撮って、また次の場所に行くような観光は、これから先はあるべきではないし目指すべきではないです。アクティビティを目的に集まっていただき、そこに適切な消費を発生していただくこと。それを主軸とした観光というものを、これから先どれだけ増やしていけるかだと思っています。

スポーツツーリズムも、1つの武器だと思っています。スポーツ観戦を主軸にして観光するのでも構わない。スポーツをすること、例えばスキューバーダイビングやスキー、スノボーでお金を落としていただきながら観光客を集めることなど、要はコンテンツ作りをやっていかなければいけないと思っています。

──そのスポーツツーリズムがイメージしにくいのですが、海外の実例などは?

木曽 基本は飲食でも構わないです。「スポーツの前後に観光する」というプログラムをキチッと組み込む風土が、できるかどうか。日本でも、サッカーのFC東京はそれで成功しました。「イナゴ」と呼ばれる方々は行った先で、食べ物もお土産も全て買い占めて帰るんだというムードを作っていました。これは必要なことです。

僕は広島出身なので、サンフレッチェ(広島)のサポーターの方々とコロナ禍前に論議していましたが、サッカーのサポーターは弾丸スケジュールを組んで、観戦だけしてその日のうちに帰る旅行をしがちです。僕らからすると、そこに何かできないのかと。スポーツ界でその仕組みを作らなければいけないと思っています。

ただ、論議をしていて難しさも感じました。送客する人は、アウェイチーム側であることです。基本的に、ホームチームとアウェイチームのサポーターは接点がありません。そのなかで、ホーム側が、アウェイチームのサポーターにお金を落としていただくものを作らなければいけません。

特定のクラブチームだけでアウェイツーリズムをやろうとすると、弾丸ツアーのバスを手配して送り出すなど送客部分だけになってしまいます。それは現地での消費を考えないから。そもそも「現地でどう消費していただくか」を考える必要がありません。

対戦するチーム同士の連携のなかで、お互いに「うちが送客する時は現地で消費した金額の幾らかキックバックがありますよ」とか、そういう連携の仕組みを作らないと、送り出し側にインセンティブが働きません。コロナ禍前にはこういう話をしていました。

「我慢」と「犠牲」を言い続けなければならない

──様々な人たちが我慢を強いられるなかで開催されていた五輪は、当初否定的な見方が多かったです。しかしアスリートの見せる姿から感動や勇気をもらったという声も増えています。こういう論調についての思いは?

木曽 五輪の開会式は見ましたが、開会式全体のメッセージに対してそれほどネガティブに受け止めていません。何しろ演出をする側の人たちって、スポーツ以外のレジャー産業の人たちで、今いかにレジャー産業全体が悲惨かということがわかっている人たちです。手放しに「スポーツの力」とは言えない状況だとわかりながら演出されています。なので開会式そのもののメッセージは不快なものではなかったと思っています。

ただ、橋本聖子大会組織委員会会長やIOCのバッハ会長が、長々とした演説のなかでどうしても「スポーツの力」が最後に出てしまうことに違和感があります。あの人たちはスポーツ業界しか見ていないので、結局そういう話になる。

いろいろな人たちが我慢しながら形成されてきたことよりも、スポーツ産業のアピールをしなければいけない立場の人です。なので両者とも軽々と「スポーツの力」と言ってしまいましたが、そこは不見識だなと思って見ていました。

でも各スポーツ選手の方々は「応援していただいてやっとここまで来れて、開催できて嬉しい」というスタンスでいらっしゃる。「スポーツの力」をアピールしている人はそんなに見ていないですね。

──そこはまさに視野の違い?

立場の違いでもあると思います。彼らは彼らでスポーツ業界を背負って立つ人間として、スポーツ産業ができることをアピールしなければいけないのでそういう表現になったと思います。ただ、我慢しているのは事実で犠牲は強いられているということを、僕の立場ならば言い続けなければいけません。

■プロフィール

木曽崇(きそ・たかし)

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部首席卒業(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの会計監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。2014年9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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■クレジット
取材:北健一郎(Smart Sports News編集長)
編集:川嶋正隆

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