• HOME
  • 記事
  • ゴルフ
  • 「コロナの犠牲者のひとりだったかも」 アン・シネが日本に戻ってきたワケ

「コロナの犠牲者のひとりだったかも」 アン・シネが日本に戻ってきたワケ

アン・シネが日本に戻ってきた! その理由とは?(撮影:福田文平)

<JLPGA ファイナルQT 初日◇28日◇葛城ゴルフ倶楽部宇刈コース(静岡県)◇6421ヤード・パー72>

「お久しぶりです」。日本ツアーを席巻した“セクシークイーン”ことアン・シネ(韓国)が来季の日本ツアー復帰に向けて、QTに出場している。ファーストQT(A地区・こだまゴルフクラブ)を15位で突破してファイナル出場権を得た。「ファイナルに来れたということだけでも感謝している」と話す声は、4年前と変わらない。

2017年に日本ツアー初参戦。QTに出場するためには基本的に正会員の資格が必要と制度が変わった19年には最終プロテストに出場し、一発合格。同年のQTでは25位に入り、翌20年の前半戦出場権を確保していた。

だが、年が明けると新型コロナウイルスが流行した。ビザの発給、日韓の往復、隔離…など乗り越えなければならない壁は、シネにとって高いものだった。6月に日本ツアーは再開。21年には外国籍選手に対するコロナ禍の救済措置「入国制限保障制度」がとられたが、シネは日本に戻ってこなかった。

「当然、ビザも出ないし、日本の政府がそう決めてしまったのはしょうがない。わたしはコロナの犠牲者のひとりだったかもしれない。自分の状態がよかっただけに、その状況がストレスにもなってしまいました」

プライベートではプレーしていたというが、試合には出場せず、思い切ってしっかり休んでみた。「1試合でも10試合でも、試合にでるなら1年間練習しないといけない」と、その間には日本だけでなく韓国ツアーにも出場しなかった。だが、そのなかでも「引退したとか引退するという言葉は口にしなかった」。ゴルフのことは頭のなかにあったからだ。

昨年、米国を旅行しているとき、たまたま米ツアー予選会(Qシリーズ)のファーストステージが近くで開催されると知った。「近くだからエントリーしてみようか」という気持ちで出場すると、勢いそのままに突破。セカンドステージも出場予定だったが「ストームが来て1カ月延期になり、日程が合わずに出られなかった」と棄権せざるを得なかった。その腕は決して落ちていなかった。

「ゴルフをやめたくてやめたわけではない。コロナで(日本に)入ってこれなかったという状況があった。ピリオドじゃなくてコンマみたいな感じ。ゴルフの人生はまだつながっていたと思う。タイミングが掴めなくて戻ってこれなかったけど、今回がその機会です」

初日は瞬間最大風速17.5m/sの強風が吹く中、5バーディ・2ボギーの「69」でプレー。3アンダー・4位タイの好発進を決めた。「(ファーストQTからの)自信がきょうまで続いている感じ。風が吹いても集中力を切らさずに、チャンスが来るのをゆっくり待っていました」と振り返る。

「1位であればいいですけど、70位でも良い気持ちには変わらない」と、久々の日本での試合を楽しみながら、来季の“職場”をかけた4日間。「2020年にみなさんに見せられなかったわたしの姿がある。その姿を来年、そういうところで見せられたらいいですね」。待っているファンのためにも―。4年ぶりに帰ってきたセクシークイーンは、復帰にむけて最高のスタートを切った。(文・笠井あかり)

関連記事