ゴルフ場であった真夏の怪談 打ち込み事件とその教訓

合理化、人員削減の影響で、フォアキャディの役割は信号機などに変わっているケースが多い(撮影:ALBA)

「危ない! やめてください! 打たないで~」
ティからショートカット気味に打てるドックレックしたホールで、着弾地点が見える高台に向かって歩いていた僕らの組のキャディが叫んだのです。ドライバーショットを打ったのは僕でした。その高台で、別のキャディが打って良いという合図の青旗を振ったからです。(明確な決まりではありませんが、当時のコースでは青旗が打ってOKの合図でした)

バブル期、ボールの行く場所が見えないブラインドホールでは、前方にフォアキャディがいて、前の組が射程距離から出て打てるようになると合図をしてくれたものです。同様なケースでは、現在は信号機が設置されていますが、あの頃は人力でやっていたのです。

話を戻します。僕以外の同伴者は打つのをやめて、改めて自分の組の叫んだキャディの合図でボールを打って、急いでキャディが待つ高台に向かいました。

「どうして、合図前に打ったんですか! 前の組に謝りに行ってきます」とキャディは怒っていました。「でも、フォアキャディのAさんが青旗を振ったんだよ」。同伴者と一緒に、何度も付いてもらってよく知っているAさんというキャディが合図をしたから打ったと説明しました。キャディは、一瞬戸惑いを見せましたが、そのまま前の組に謝罪に行きました。

この打ち込み事件は、ハーフを終えてクラブハウスに戻ったら騒ぎになっていました。打球事故にはなりませんでしたが、頭のすぐ近くをボールが通って危なかった、と前の組はカンカンだというのです。キャディマスターと副支配人が僕らの組を待っていて、事情を説明し合うことになりました。事情は関係なしに、打ち込んだのは事実ですから自分で謝罪します、と申し出ると関係者の空気が和みました。

今も昔も、謝るのが嫌だとごねる人が多いからです。
「でもさ、Aさんが一番悪いんだよ」同伴者が庇ってくれて、打ち込んだ経緯を話しました。「あり得ないです。Aは先月、亡くなったんです」副支配人が言って、僕らは思わず言葉を失いました。

とにもかくにも、レストランに行き周囲の人たちにわかるように大きな声と仕草で前の組の人たちに謝り、頭を下げました。彼らは、すぐに許してくれました。周囲の目があれば、冷静な対応がしやすいものです。

その後、同伴者と一緒にキャディーマスターからAさんの話を聞きました。

コース内で事故があって、彼女が亡くなったと改めて聞きましたが、青旗を嬉しそうに振っていたフォアキャディは、間違いなくAさんだったのです。バレーボール選手のように背が大きくて手足が長いので、動作が大きく独特の愛嬌がある仕事のできるキャディでした。彼女は目立つので、隣のホールで仕事をしていてもわかりましたから名前も覚えていたわけです。

「他にも、彼女の目撃例があるんですよ」キャディマスターが声を潜めて教えてくれました。「仕事熱心でしたからね」と同伴者が言うと、でも他のキャディが怖がって困っています、とキャディマスターは真面目に語ったのです。

後半のハーフがスタートして、しばらくしてから僕らの組のキャディがカミングアウトしました。Aさんは生前、前の組のメンバーに「デカ女」と呼ばれ、意地悪をされてよく泣かされていたそうです。あの打ち込み事故の直後、前の組に謝りに走っていて、打球事故にはなっていないとわかった瞬間に、耳元で「当たれば良かったのに」とAさんの声が聞こえて、そういえば、と思いだしたと。

青旗を勢い良く振っていたAさんの姿を思いだして、真夏だったのに鳥肌が立ちました。数は少ないですが、ゴルフコースにも怪談があります。ゴルフでは、打ち込みと打ち込まれる打球事故は、いつでも起きる可能性があります。隣のホールからの打球などの偶発的な事故は別として、打ち込みに関しては、どんな理由や事情があっても加害者が悪いという自覚をして、絶対に打ち込まないと誓い、実行することで防げます。

この怪談で、自分の教訓は打ち込み加害者にならないという誓いでしたが、当たっていないのにさも当たったように大騒ぎするのは恥ずかしいことや、恨みを買うと必ず仕返しがあるということが教訓になるケースもあると思います。

それから3年後、風の噂であのときの前の組のメンバーがゴルフの帰り道の事故で亡くなったと聞きました。ゴルフは、シビアに色々な教訓をゴルファーに授けてくれるのです。

(取材/文・篠原嗣典)

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