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テニス・齋藤咲良「グランドスラムのセンターコートで戦いたい」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

能登和倉国際女子オープンテニス。本選トーナメント出場を賭けた予選。16歳の少女が、得意のバックハンドストレートを相手コートに突き刺す!

大学生選手に1ゲームも与えず勝利した彼女は、齋藤咲良。今、国内外のジュニア大会を次々と制している、日本テニス界期待の星。

ジュニア世界ランキング13位(2022年9月現在)。プロ転向を視野に戦い続ける咲良が、初めて国内のプロ選手が集う大会に出場したのだ。格上の実力者たちへの挑戦状。予選突破まであと2勝。咲良が再びコートにあがる。

「小さい頃からプロになりたくて頑張ってたんですけど、今はシニアのグランドスラムのセンターコートで戦いたい」

海外遠征から戻ったばかりの9月下旬、咲良の姿を群馬県太田市に見る。ここには、彼女の練習拠点<MATテニスアカデミー>がある。近隣の埼玉や栃木からも、プロを目指す子供たちが集まる、全国でも有数のテニスクラブだ。

練習前、彼女は入念に日焼け止めを塗る。体調管理のためにも、過度の日焼けはご法度だ。それでも小麦色の肌は、努力を積み上げた証に違いない。

練習が始まった。この時はすでに、前述の<能登和倉国際女子オープンテニス>に照準を絞っていた咲良。練習パートナーは、アカデミーの中でもトップクラスの実力を持つ男子ジュニアたち。彼らを相手に、素早い動きで反応し、一歩も引けを取らない。

長年、咲良を指導する松田隼十コーチは言う。

「基本的な身体能力の高さは(アカデミーの中でも)抜けている部分があります。一歩目のダッシュや、ジャンプなどの基本的な動きですね。テニスの能力としては、ラケットの真ん中でボールを捕らえる能力が秀でています」

咲良の武器は、ストレートサイドに打ち込む、強烈なバックハンドショット。これもラケットの中心・スイートスポットで捕らえる能力が生み出しているのだという。

練習後、パートナーを務めた男子ジュニアたちは、咲良の強さについて口を揃え、

「強いですねとにかく。ボール重いですし、打ち合っていてもやりづらい」

「男子とかよりも、全然パワーがあるんじゃないかと思います。結構やばいです」

普段から切磋琢磨する仲間の評価に嘘は無い。咲良は、それを側でニコニコ聞いている。どうやら嬉しいようだ。

咲良がテニスを始めたのは、4歳の頃。テレビで試合を見たのがきっかけだった。幼い頃から運動神経抜群。すぐに同世代では抜きん出た実力を発揮し始める。そして小学5年生で、初めて全国大会に出場。翌年には全国制覇を成し遂げる。この時、将来はプロ選手になることを心に決めたという。

すると、咲良は夢を叶えるために動いた。地元群馬で有名な、現在のアカデミーに移籍したのだ。松田コーチは、その時のことを、鮮明に記憶している。

「彼女が小学6年の夏ですね。あの年代でそういう志を持って、自らの意志で新たな環境を求めたっていうのは、シンプルに凄いなと思いました」

かつてプロ選手でもあった松田コーチは、咲良の熱意を受け止め、その夢を叶えるために、彼女を徹底的に鍛え直す。練習は週に6日。土日となれば、それは6時間にも及んだ。同世代の男子選手にも引けを取らない強烈なショット。ボールへの反応速度の速さ。齋藤咲良のテニスの基礎が築き上げられていった。

時期を同じくして、咲良に飛躍のきっかけが訪れる。世界のトップ選手を育てるための、海外遠征プログラム。そのメンバーに選ばれたのだ。やはり将来を期待される同世代の仲間と共に、世界レベルのプレーを肌で感じ、技術を磨く日々は3年に及んだ。この間にも、咲良は国内外のジュニア大会で優勝を重ね、日本テニス界期待の星となる。

今年8月、咲良は念願のグランドスラムのジュニア大会に挑んだ。大きなテニスバッグを背負って空港を歩く彼女に、意気込みを聞けば、

「ひとつひとつベストが尽くせるように頑張ります」

取材を受けていることが照れくさくなったのか、笑顔で誤魔化していた。

目指す全米オープンジュニアを前に、アメリカとカナダで2つの前哨戦を戦った咲良。結果は優勝と準優勝。好調を維持したまま、大会に臨んでいった。

「観客が多くて、すごい特別感。(シニアの全米オープンでは)世界のプレーヤーも同じ場所で戦っているので、その舞台に立てて嬉しかったです」

そして初戦に臨んだ咲良は、序盤、得意のバックハンドで有利に試合を進める。だが、疲れが見え始めた後半・・・ 相手の厳しい攻めに苦しめられ、フルセットを戦った末に敗北を喫した。さすがに失意を否めない。

それでも松田コーチは、この初戦敗退を前向きに捉えていた。

「負けたところから、良い結果が出せなかったところから、何を学べるかが大事なんです。本番の試合でしか学べないことは多くて、それを高いレベルで経験できたわけですから、彼女のこれからにとっては大収穫だったと思います」

とはいえ、咲良本人にしてみれば、悔しい結果に終わったグランドスラムジュニア。帰国後は、自宅でのひと時に心癒される。両親や弟妹との団欒。だが意外にも、家ではテニスの話題はほとんどないのだという。

「テニスのことをずっと考えていると、頭がいっぱいになって疲れちゃうから、家にいる時は基本楽しいことを考えて、テニスの話はしないようにしてます」

だからというわけではないが、姉のことが大好きな弟妹は、遊んでもらえて大喜びだ。そんな咲良の様子を見て、母・恵さんは娘の成長を感じている。

「小さい時はよく泣く子だったんですよね、負けて悔しくて試合途中に泣いてしまうことがあるほどだったんですけど、最近は泣いているというのは聞かないので、本人の中でも大きく変わってきているのかなと思うんです」

この夜の食卓は、笑顔と笑い声が絶えなかった。

ある日のアカデミーで、咲良の練習を見る、松田コーチの声が響いた。

「ボールを左右にランダムに出していくよ!気を付けるポイントは、一歩目を速くしてボールに入ること、だから判断を速く!じゃあいくよ」

照準を合わせる能登和倉国際女子オープンテニスまで、あと3日。咲良は最終調整の段階に入っていた。全米オープンジュニアの敗北から得た課題は、厳しい攻めにも対応できる力。高いレベルになればなるほど、崩された体勢からでも、強いボールを打ち返せるかが勝負を左右するのだ。

松田コーチは、それがプロ相手にも通用するよう、檄を飛ばす。

「今はジュニアの年齢ではあるんですけど、早い段階でプロにチャレンジ、プロサーキットにチャレンジしたいという、そもそもの目標があるので、その準備としては(能登和倉国際は)いいチャンスなんです」

9月25日、能登和倉国際女子オープンテニス、本選トーナメント出場を賭けた予選が始まる。プロ転向を見据えた、齋藤咲良の新たな戦いが幕を開けるのだ。試合直前、初めてプロ選手と対戦することについて、話を聞こうとすると、

「今は、とりあえず自分のことに集中したい」

言葉少なに去っていく。さすがに緊張しているようだった。

だが、初戦は相手に1ゲームも与えずに勝利。予選2回戦では、取り組んできた、厳しい体勢からのショットを幾度も決め、ここも完勝!

そして予選決勝。対戦相手は日本ランカーのプロ、川口夏実選手。3年前の全豪オープンジュニアダブルスで優勝を果たした実力者だ。強打のサウスポーを相手に、咲良の真価が問われる。

試合は、川口選手の強打を、咲良がしのぐ展開。経験に勝るプロがゲームを優位に進め、咲良は第1セットを失った・・・

しかし第2セット、咲良は持ち味を発揮し始める。得意のバックハンドで逆に川口選手に揺さぶりをかけ、このセットを取り返した。

そして最終第3セット。咲良は一進一退の攻防の中、川口選手の左右に揺さぶる強打に食らいつく。今度は逆襲!咲良のラインギリギリを狙った強烈なショットに、川口選手は追いつけない。咲良がマッチポイントを握る!

すると、川口選手のショットがネットにかかり、試合は決着。咲良は格上のプロ選手を撃破し、本選トーナメントへの出場を決めた。

「勝ってびっくりしてるけど・・・ うれしい!」

このたった一試合で、咲良は確実に進化を遂げたと、松田コーチは言う。

『グランドスラムのセンターコートで戦いたい』

強烈なショットで自分の未来を切り開く、齋藤咲良16歳。プロとして世界に羽ばたく日は、もうまもなくだ。

※追記・・・能登和倉国際女子オープンテニス本選トーナメント。齋藤咲良は2回戦まで駒を進め、準優勝した細木咲良選手に、フルセットの末敗れた。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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