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シニアサッカー中村篤次郎 ATSUO NAKAMURA Vol.2「本当はこの大会に出てほしくない」

11月14、15日に日本サッカーの聖地であるJ-VILLAGEで開催された「第1回全国シニアサッカー大会O-40」、通称“裏・選手権”。
同大会を発起人・プロデューサーとして立ち上げたのが中村篤次郎さんだ。1人のアマチュアフットボーラーの強い思いが出発点となって始まった、大人が真剣に遊べる場所とは。
「SmartSportsNews」の独占インタビューを3回に分けてお届けする。

幻に終わった“第1回大会”

――今大会が“第1回”となっていますが、実は昨年に第1回大会を開催する予定だったとうかがっています。

そうなんです。昨年の大型台風の影響で開催の3日前に中止を決定しました。そのときもギリギリまで選手たちからも『絶対にやってほしい』と連絡が入っていました。ただ、選手のご家族の方から『家族を残して出かけられては困ります』という電話連絡も複数あったんです。ご家族の賛同があって選手が気持ちよく参加でき、大会が開催されるわけなので、そういう声が挙がっている以上、開催は難しいと思って中止を決断しました。

――去年も今年と同じ規模感での開催準備をしていたのでしょうか?

はい。今年に関しては第1回となるはずだった昨年の大会へ参加表明してくれたチームに仁義を切りました。そこで足りなかったチーム数だけ声をかけました。昨年は残念ながら開催できなかったのですが、ある程度認知度が上がっていて、面白そうだなと思ってくれた方が多かったので、どんどん参加チームが決まっていきました。

――開催地はJヴィレッジ。日本サッカーの聖地と言える場所ですよね。

はい、もともと開催地を決めるときにJヴィレッジは候補にはなっていたのですが、福島県だと西側のチームからは少し遠い。ただ、私も東日本大震災の前年にある企業のサッカー大会でJヴィレッジを使わせていただいていて、素晴らしい施設だなと思っていたんです。全国大会を作ろうと思ったときに、Jヴィレッジが再開したという話を聞いていたので、復興支援という意味でも大会ができるんじゃないかと思って開催地にさせていただきました。

コロナ禍でもあきらめたくなかった

――今後もJヴィレッジでの開催を考えているのでしょうか?

はい。Jヴィレッジはシニアの選手にとっても憧れの場所ではありますが、絶対にここでなければいけないというわけではありません。復興支援という意味では熊本もそうだし、例えば能登半島なども面白いのではないでしょうか。ゆくゆくは、そういう地域が少し落ち着いたタイミングでやってもいいのかなと、まだ漠然とですが考えています。西日本で開催してほしいという要望も届いています。

――今年は新型コロナウイルスの影響であらゆる全国大会が中止になっていきましたが、中村さんは今年この大会を開催できると思っていましたか?

うーん、やれない可能性はあるかもしれないけれど、準備だけはしなければいけないと。そんな状況の中でも早い段階からスポンサーセールスも含めて、ずっと準備は続けてきました。

――かなり前の段階から入念な準備が必要ということですよね。

どうなるかわからないからやめようではなくて、できるだけ可能性を探って動き出さないとなにも始まりません。もしかしたら無駄になることもあるかもしれない。そうだったとしても、また来年に活かそうと思って動いていました。

――いつから準備を始めたのですか?

3月くらいからです。Jリーグだとかプロの興行が少しずつ再開してきたのが追い風にはなりましたね。夏頃からは絶対にやろうと、ペースをあげて準備を進めてきました。

――パンフレットのメッセージの中に「みなさんは、本来はこの大会に出場するべきではありません」という言葉があって驚きました。

その言葉は開会式でも言いました。みんな「びっくりしたけど、感動した」とも言ってくれました! 真意としては、みなさんはあくまでも表……日本サッカー協会主催の全日本O-40サッカー大会を目指してほしいと。

――目標としていた大会に出られなかった悔しい思いをぶつけてほしいと。実際に参加した選手のリアクションはいかがでしたか?

思い出すと今でも泣きそうになってしまうんですけど……大会が終わった後にみなさんからお礼のメールをいただいたり、SNSへの投稿がたくさんあって、本当に楽しみにしてくれていたんだなと。大会後のアンケートにも感謝の言葉がたくさん並んでいて……。

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