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【シニアサッカー】中村篤次郎 ATSUO NAKAMURA Vol.1「40歳以上が真剣に遊べる場所をつくる」

11月14、15日に日本サッカーの聖地であるJ-VILLAGEで開催された「第1回全国シニアサッカー大会O-40」、通称“裏・選手権”。
同大会を発起人・プロデューサーとして立ち上げたのが中村篤次郎さんだ。1人のアマチュアフットボーラーの強い思いが出発点となって始まった、大人が真剣に遊べる場所とは。
「SmartSportsNews」の独占インタビューを3回に分けてお届けする。

通称“裏選手権”が生まれた理由

――今回、中村さんが開催された「第1回全国シニアサッカー大会」は通称“裏選手権”と言われていますが、まずこの大会の構想はどんなところからスタートしたのですか?

7年ほど前、サッカー仲間の林茂さんから「40歳以上でも全国大会があるんだよ」という話を聞いたところから全てはスタートしています。私も全国大会を目指したいなと思ったんです。私は東京に住んでいますけど、石川県のチームに所属して、石川県代表になって北信越大会までは行くんですが、一度も全国大会には出られませんでした。

――あと一歩届かないというのは本当に悔しいですね。

はい。JFA(日本サッカー協会)主催の全国大会に出場できるのは全国で16チームしかない。この大会に出るために努力をしている人たちは全国にものすごくたくさんいるわけです。各都道府県の代表になったとしても、全国大会は16枠しかないので多くのチームが出られません。

――かなり狭き門ですね……。

ええ。全国大会を目指している人たちに話を聞くと、JFAの大会日程に合わせて年間スケジュールの調整、必要になる遠征費の貯金、肉体づくり、それらすべて逆算して準備をしているんですね。それだけやっても途中で負けてしまうので、燃え尽きてしまうところもあると言います。それは私も同じでした。

――高校サッカーなどでも、大きな目標を失ったあとに燃え尽きて、そのままサッカーを辞めてしまう選手は多いです。

そうなんです。自分も出られなかったのだけど、そういう同じ思いをしている人がたくさんいるのなら自分で目標となる大会を作ってしまえばいいと思ったのがきっかけです。

サッカーをするために飛行機で金沢へ

――中村さんはいつ頃から全国大会を目指してプレーされるようになったのですか?

2012年くらいからチームにも所属してサッカーを本格的にやるようになりました。その様子をFacebookに投稿していて、それを見た石川県のチーム代表の方が「うちも全国を目指してやっているからそれだけ走れるならうちに来ないか」という話をいただいたところからスタートしました。

――石川県のチームからオファーが来るというのは、中村さんがツエーゲン金沢でGMをやられていたことと関係しているのですか?

はい。その頃に知り合った仲間たちです。ツエーゲンでGMをやっていた頃にも石川県のチームに登録してサッカーはやっていましたが、当時は本当に遊び程度でした。

――東京で仕事をしながら石川県のチームでプレーするというのは大変だと思うのですが……

本当に大変でしたね(笑)。最初の頃は北陸新幹線がまだ開通していなかったので飛行機で通っていました。すべての練習には通えませんが、週末の大事な練習試合や公式戦には参加していました。

――とはいえ、お金も時間もかなりかかりますよね。

かかりますね。でも全国大会に出場したいという目標があったので、チームとコミュニケーションも取らなければいけないし、運動量という面ではチームに貢献できていたのでモチベーションにもなっていました。レギュラーを取りたい、全国に行って活躍したいという思いがあったので。

――北信越大会には何回か出場されたんですよね?

はい。最初に北信越大会に出たときは、複数のチームが勝敗も得失点差も全部並んで全国に出られる1チームをコイントスで決めることになって出られませんでした。翌年も負けなかったけれど勝てなくて、1ゴールの差で全国が叶わなかった。その翌年も勝てず、石川県のチームで3年間プレーして目指したけれど、全国には届きませんでした。

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