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スペシャルコンテンツ 中村篤次郎 ATSUO NAKAMURA Vol.1「40歳以上が真剣に遊べる場所をつくる」

UPDATE 2021/03/05

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11月14、15日に日本サッカーの聖地であるJ-VILLAGEで開催された「第1回全国シニアサッカー大会O-40」、通称“裏・選手権”。
同大会を発起人・プロデューサーとして立ち上げたのが中村篤次郎さんだ。1人のアマチュアフットボーラーの強い思いが出発点となって始まった、大人が真剣に遊べる場所とは。
「SmartSportsNews」の独占インタビューを3回に分けてお届けする。

通称“裏選手権”が生まれた理由

――今回、中村さんが開催された「第1回全国シニアサッカー大会」は通称“裏選手権”と言われていますが、まずこの大会の構想はどんなところからスタートしたのですか?

7年ほど前、サッカー仲間の林茂さんから「40歳以上でも全国大会があるんだよ」という話を聞いたところから全てはスタートしています。私も全国大会を目指したいなと思ったんです。私は東京に住んでいますけど、石川県のチームに所属して、石川県代表になって北信越大会までは行くんですが、一度も全国大会には出られませんでした。

――あと一歩届かないというのは本当に悔しいですね。

はい。JFA(日本サッカー協会)主催の全国大会に出場できるのは全国で16チームしかない。この大会に出るために努力をしている人たちは全国にものすごくたくさんいるわけです。各都道府県の代表になったとしても、全国大会は16枠しかないので多くのチームが出られません。

――かなり狭き門ですね……。

ええ。全国大会を目指している人たちに話を聞くと、JFAの大会日程に合わせて年間スケジュールの調整、必要になる遠征費の貯金、肉体づくり、それらすべて逆算して準備をしているんですね。それだけやっても途中で負けてしまうので、燃え尽きてしまうところもあると言います。それは私も同じでした。

――高校サッカーなどでも、大きな目標を失ったあとに燃え尽きて、そのままサッカーを辞めてしまう選手は多いです。

そうなんです。自分も出られなかったのだけど、そういう同じ思いをしている人がたくさんいるのなら自分で目標となる大会を作ってしまえばいいと思ったのがきっかけです。

サッカーをするために飛行機で金沢へ

――中村さんはいつ頃から全国大会を目指してプレーされるようになったのですか?

2012年くらいからチームにも所属してサッカーを本格的にやるようになりました。その様子をFacebookに投稿していて、それを見た石川県のチーム代表の方が「うちも全国を目指してやっているからそれだけ走れるならうちに来ないか」という話をいただいたところからスタートしました。

――石川県のチームからオファーが来るというのは、中村さんがツエーゲン金沢でGMをやられていたことと関係しているのですか?

はい。その頃に知り合った仲間たちです。ツエーゲンでGMをやっていた頃にも石川県のチームに登録してサッカーはやっていましたが、当時は本当に遊び程度でした。

――東京で仕事をしながら石川県のチームでプレーするというのは大変だと思うのですが……

本当に大変でしたね(笑)。最初の頃は北陸新幹線がまだ開通していなかったので飛行機で通っていました。すべての練習には通えませんが、週末の大事な練習試合や公式戦には参加していました。

――とはいえ、お金も時間もかなりかかりますよね。

かかりますね。でも全国大会に出場したいという目標があったので、チームとコミュニケーションも取らなければいけないし、運動量という面ではチームに貢献できていたのでモチベーションにもなっていました。レギュラーを取りたい、全国に行って活躍したいという思いがあったので。

――北信越大会には何回か出場されたんですよね?

はい。最初に北信越大会に出たときは、複数のチームが勝敗も得失点差も全部並んで全国に出られる1チームをコイントスで決めることになって出られませんでした。翌年も負けなかったけれど勝てなくて、1ゴールの差で全国が叶わなかった。その翌年も勝てず、石川県のチームで3年間プレーして目指したけれど、全国には届きませんでした。

信頼できる仲間がメンバーに


――高校年代では、全国高校選手権に出られなかった強豪校を集めた「ニューバランスカップ」が“裏高校選手権”と言われていますが、そうしたものもアイデアの元になっているのでしょうか?

はい。茨城県の波崎で毎年年末の選手権シーズンに強豪校がたくさん集まって横山杯や波崎ユースカップが開催されているんですが、そこからヒントを得ました。

――日々努力を積み重ねてきたことを発揮できる晴れ舞台として、シニアの裏選手権も立ち上げられたと。

ただ、価値のあるものにするためには質、レベルを担保しなければいけないと思っているんです。真剣に取り組んでいて、都道府県大会の決勝まで行ったとか、地域大会に行ったチームを優先しています。今後大会が発展していけば参加チーム数を増やしていければとは考えていますが、人材のリソースや大会の運営のノウハウが完璧ではない中なので、全国大会の一歩手前までいったチームにお声がけさせてもらっています。

――これだけの規模感の大会をゼロから立ち上げるのは本当に大変だと思います。

運営面においても、例えばシニアサッカーに顔の広い仲間やイベント運営のプロフェッショナルの仲間と組んだ方がより良い大会になると思ったので、私から声をかけて運営に参画してもらいました。脇さん(脇田英人)と俊ちゃん(渡邉俊介)には感謝しかありません。

――以前、中村さんはプロサッカークラブのGMなどをされていて、サッカー界の深いところで仕事をされていましたが、現在はサッカー界とは違う業種・業界で働かれています。サッカー界から離れた立場でこれだけ壮大な大会を主催するというのは相当な負担があったのでは?

ええ、もちろん、1人でやるには限界があります、そういう時に、周りから声をかけてもらえる人間でありたいと常に思っています。今回スタートから参画してもらった仲間は多くの人から信頼されているので、そうした友人にメンバーになってもらったことは大きかったです。今回これだけのチームが参加してくれて、大会が成功したというのは良いプロジェクトチームが組めたのかなと思っています

Vol.2「本当はこの大会に出てほしくない」
(ハイパーリンクURL)
https://ssn.supersports.com/ja-jp/articles/5fc4b2dcfe0298563f54f492

Vol.3「Jクラブにシニアチームを持ってほしい」
(ハイパーリンクURL)
https://ssn.supersports.com/ja-jp/articles/5fc4b3fdedcdc0661d48ed23

■プロフィール

中村篤次郎(なかむら・あつお)
1970年、神奈川県横浜市生まれ。不動産営業を経て、ツエーゲン金沢の立ち上げに携わり、初代GMに就任。その後、FC東京の営業部を経て、メットライフ生命にて保険コンサルタントとして働く。会社員のかたわら、毎週末サッカーをプレーするアマチュアフットボーラー。ポジションは主にサイドバック。「全国シニアサッカー大会O-40」、通称“裏選手権”を発起人・プロデューサーとして立ち上げる。

■クレジット

取材・構成:Smart Sports News 編集部
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