プーマ 『GVスペシャル』

プーマはグローバルなスポーツブランドとして世界的に知られている。とりわけフットウエアは、サッカーやランニングなどに代表される、アスリート向けのパフォーマンスシューズ(昨年のサッカーW杯で “三笘の1ミリ” として、世界中の人々の眼に焼きついたサッカースパイクもこれに当たる)と、ライフスタイルシューズと称される、ふだんばきのこなれたスニーカーの双方で、高く評価されている。

ここで紹介する「GVスペシャル」は、プーマが誇る名作テニスシューズのデビュー40周年を記念して、ライフスタイルシューズとして蘇らせたもの。よりオリジナルを重視した「GVスペシャル KL」と、最新の機能を搭載した「GVスペシャル LWT」のふたつのモデルがラインナップされている。このふたつのモデルの横顔、そして40周年ならではのスペシャルなディテールについて、プーマジャパンの野崎兵輔さんに話を聞いた。

テニスシューズが出自らしく、白ベースのクリーンなデザインと、プーマを代表するスニーカー “スウェード” とは違ったボリューム感のあるフォルムが印象的なのが「GVスペシャル KL」。その大きな特徴のひとつが、オリジナルに忠実なデザインのアッパーの素材に、カンガルーレザーが使われていることだ。カンガルーレザーは、かつてサッカーでも、バスケットでも、スポーツシューズの最高峰にあるシューズには必ず用いられていた。ソフトでしなやか、その一方で強度も高く、軽いという特性がある。だがレザーから軽量でフィット感の高い合成・人工皮革へというシューズの世界的な流れもあって、カンガルーレザー自体がレアな素材となってしまった。今回40周年を記念するモデルということで、このスペシャルな素材を用いることになったという。このカンガルーレザーの魅力を野崎さんはこう語る。

「カンガルーレザーは繊維がすごく細かくて、密接に絡まっています。手入れしながらはき続けていると、自分の足に合った経年変化が表れる。たとえばはきこむことで、トゥの近くに出てくる “シワ” もいい表情になります。素材として適度な伸びがあることもありますが、はくことでスニーカーも育っていくような感覚ですね。上質な革靴と同じような味わいを楽しめるところがいいんです」

プーマのライン(フォームストリップ)やカカトの補強部分のみに使われている、ヌバックのマットな風合いと、アッパー全体のカンガルーレザーの艶のある質感のコントラストが美しく、インソールやシュータンの裏、さらにライニング(はき口の内側)まで、レザーを用いたこだわりなど、まさに大人のためのスニーカーといった印象になっている。

オリジナルを踏襲して牛革を使っていたら、こうした効果は期待できない。今やスニーカーに使われることはほぼないとされる、高価なカンガルーレザーを採用するという英断が見事に功を奏している。

「GVスペシャル LWT」もアッパーのデザインはオリジナルを踏襲しながら、ソールにはプーマのランニングシューズで採用されている、厚みのある “PRO FOAM” のミッドソールが用いられている。このパフォーマンスシューズのために開発されたミッドソールを取り入れるために、新たに金型から製作をはじめたという。これによってスニーカー自体が軽量化され、クッション性が高く、長時間歩いても疲れにくいという機能性も付与されている。その狙いを野崎さんはこう話す。

「オリジナルを尊重した “KL” はソールがポリウレタンで重いんです。ショップの店頭で、スニーカーは壁の棚に並んでディスプレイされているじゃないですか。手に持って重いと感じたら敬遠されることもあります。ところがプーマは最先端のパフォーマンスシューズをたくさん手がけているだけに、さまざまなテクノロジーをもちあわせている。それをライフスタイルのスニーカーに転用することで、軽くて、長時間はいても疲れにくく、パフォーマンスシューズのようなはき心地も味わえる “クラシック” なスニーカーを提案できないかと考えました。そこであくまでオリジナル重視の “KL” と、見た目はオリジナルでも、はき心地は最新仕様の快適さがある “LWT” という2モデルを用意しました」

「GVスペシャル LWT」のキモとなるミッドソールの “PRO FOAM” とは、ランニングシューズのために開発されたもので、それまで用いられていた素材よりも軽量で、反発性も高い。「GVスペシャル LWT」は接地面積が広く、安定感のあるソール形状であることから、トップランナーたちがはいていたことでも話題となった、厚底のランニングシューズと比べると、跳ね返るようなはき心地ではなく、長い時間はいても疲れにくいというもち味がある。

「厚底ランニングシューズのようにソールが沈み込みすぎると、フツーの人は体が揺れてしまい、まっすぐに保つために力を入れなくてはならなくなる。それが疲れにつながります。長時間、楽に歩くためのソールには、軽さとクッション性のバランスと適度な硬さが必要です。それを満たしていたのが “PRO FOAM” でした。オリジナルである「GV スペシャル」に縛られるのではなく、はきやすさを求めてチューンアップしたのが “LWT” と言えます。それくらいはき心地は違いますね」と野崎さんは話してくれた。

それぞれにこだわりが込められ、互いに個性を主張するふたつのモデル。だがその魅力はこれだけにとどまらない。このシューズが培ってきたストーリーもまた、「GV スペシャル」をはきたいというモチベーションを呼び起こしてくれる。ミドル世代の中には、このシューズを見て、懐かしさを感じた人も少なくないはずだ。“スウェード” などと並ぶ、プーマを代表するモデルであり、かつて一世を風靡したスニーカーでもあった。

テニスシューズとして生まれた「GV スペシャル」は、1970年代から80年代前半頃まで、プーマと契約していたプロテニスプレーヤー、ギレルモ・ビラスのシグネチャーモデルとして発表された。GVとは彼の氏名の頭文字からきており、発売当初はビラススペシャルとも呼ばれていた。大柄で長髪にヘッドバンドの風貌が印象的で、ビョルン・ボルグやジョン・マッケンローらと並んで、当時のテニスブームのアイコンのひとりだった。4大大会でも4勝し、南米の選手でははじめてテニスの殿堂入りを果たした名プレーヤーだ。

ここで紹介する「GVスペシャル KL」は1982年ころに発売されたモデルを復刻したものだ。ビラスが当時着用したモデルには、カップソール(内側が井桁状になった、一体成型されたラバーソール)を使用したモデルと、ポリウレタンソールのモデルがあった。この「GVスペシャル KL」はポリウレタンソールを使用したモデルを踏襲している。アウトソールのヘリンボーン状のパターンなども当時と変わっていない。

ところがこの「GV スペシャル」、ビラスとプーマの契約が切れるとともに市場から姿を消してしまう。だがこの名作は約10年の時を経て、1995年にタウンユースのライフスタイルスニーカーとして蘇る。さまざまなファッションに合わせてはかれることになった「GVスペシャル」は、その商品名すらストリートで認知されるようになった。

当時、プーマで営業を担当し、同時に熱烈な「GV スペシャル」のユーザーでもあった野崎さんはこう振り返る。

「96~97年くらいまではプーマのカタログにもまだ載っていない限定モデルとして販売されていたのですが、98年くらいから爆発的に人気が出ました。当時はオーダーが生産キャパを超えてしまって、入荷するのがオーダーの7~8割といったこともありましたね。テニスシューズがルーツなだけに白を基調にしたクリーンなイメージと、独特なボリューム感が、当時のファッションと相性がよかったのだと思います。当時も人気が高かったプーマの “スウェード” は華奢で、どうしてもヒップホップなどオールドスクールのイメージが強い。そんなイメージが苦手だった人にも受け入れられました。あと芸能人やスニーカーショップのスタッフたちが好んではいてくれたことも人気に繋がった理由だと思います」

だがこの大人気モデルも2002年で生産が終了する。とはいえ定番は早々にお役御免というわけにはいかない。2007年にオリジナルの「GV スペシャル」が誕生して25周年を記念して、“フレンチ77” という名称で一時的に復活する。これはオリジナルよりも少しモダナイズされたシルエットとなっている。ここで紹介する「GVスペシャル LWT」は、見た目は “GV スペシャル” だが、ソールを一新し、素材やカラーリングなどで目線を変えた、この “フレンチ77” を現代に蘇らせた雰囲気がある。

そして「GV スペシャル」誕生40周年にあたる昨年、「GVスペシャル KL」、「GVスペシャル LWT」というアニバーサリーモデルとして、三度目の復刻が行われることになったわけだ。

何度も復刻を繰り返してきた「GV スペシャル」のヒストリーには、発売当初から人気が高く、実用的なシューズとして消費されてきた過去があった。

「日本人にはたくさんのスニーカーの中から、歴史を経てきたものを評価する姿勢、そしてそういうモノを見つけ出す審美眼があると思うんです。そんなバックボーンもあるからこそ、ほかのプーマの定番スニーカーと並んで、“GV スペシャル” が見いだされたのではないでしょうか。常にアンテナをはり巡らしながら、自分にとっての定番を探している人がいるんです」と野崎さんは話す。

もちろんマニア目線という部分もあるだろう。だがスニーカーに限らず、多くのプロダクツにおいても、こうした価値観は存在している。そしてそれは一部の層だけがもち合わせる価値観とは言い切れない。野崎さんの言葉を借りれば、日本人の感性の一部なのだ。

だからこそオリジナルにこだわるのなら、また若いころはいていたなと懐かしむのであれば、「GVスペシャル KL」を。ルックスはオリジナルがいいが、歩きやすく、疲れにくい、今どきのはきやすさを求めるならは「GVスペシャル LWT」を。ふたつのモデルは老若男女を問わず、幅広い世代に向けて発信されている。上品なカジュアルスタイルにも、トレンドであるオーバーサイズな服とも相性はよさそうだ。

「“GV スペシャル” はプーマのアーカイブとして、とても大切にしているモデルです。だからいつでも市場にあるというより、タイミング、タイミングで、世の中の志向やトレンドを反映するように出てくるシューズと言えますね。今の旬とも言える “GV スペシャル” がこの2モデルです。今日もはいているんですが、凄くいいです!」

そう語る野崎さんだが、実はこの「GV スペシャル」の製作に直接携わってきたわけではない。彼はプーマに籍を置く一方で、スニーカーを語らせたら右に出るものがいない、ファンの間でも有名なスニーカーフリークとしても広く知られている。そんな野崎さんが長くつきあい続け、熱く語ってくれたこの「GV スペシャル」。マニアならずとも、一度はいてみて、その魅力を実感したくなる。

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