川崎・橘田健人。カタール行きを目指すフロンターレの若き心臓 #frontale

インターナショナルマッチデーを終えて、週末には再びJリーグが戻ってきます。

3連覇に期待がかかる王者・川崎フロンターレは、8位のセレッソ大阪と等々力陸上競技場で対戦。引き分けを挟んで4連勝中と調子を上げてきた首位チームが、どのような戦いを見せるのでしょうか?

そんな好調・川崎の要因の1人は、アンカーとして出色の出来を見せている橘田健人選手の活躍が大きいのではないでしょうか。サッカーライターの安藤隆人氏が「川崎において絶対に欠かせない存在」と言い切る橘田選手について、綴っていただきました。

■クレジット
文・写真=安藤隆人

■目次
フロンターレの新たな心臓
プレッシャーに押し潰されそうだった大学時代
レジェンド・中村憲剛からのアドバイス
目指すはカタールの地

フロンターレの新たな心臓

カタールW杯アジア最終予選も日本代表のW杯出場決定という結果に終わり、再びJ1リーグが再開の時を迎える。

3連覇がかかっている川崎フロンターレは7試合を消化して5勝1敗1分の成績で首位をキープ。そんな王者たる戦いを見せている川崎において、新たな心臓が誕生した。

【4-3-3】のアンカーを務める大卒プロ2年目の橘田健人は、ボールを失わないキープ力と卓越した足元の技術、そして状況判断能力と空間把握能力を駆使して、攻撃の起点となるだけではなく、守備面でも頭脳的なポジショニングで相手の死角から体を寄せて巧みにボールを奪い取る。

ミスが少なく、攻守に安定したプレーを見せながらも、想像もしないような意外性溢れるプレーを見せる橘田は、今や川崎において絶対に欠かせない存在だ。

プレッシャーに押し潰されそうだった大学時代

「加入が決まったことで『フロンターレに入る選手である以上、これくらいできて当たり前』という目で見られるようになった気がするんです。それを考えれば考えるほど、思い通りにいかなくなるんです」。

この言葉は2年前の秋、桐蔭横浜大4年の時の関東大学リーグ1部の試合後に発したものだ。今となっては信じられないほど弱気な発言だが、当時の橘田にとって川崎に入るということはとてつもなく大きなプレッシャーだった。

試合中やミックスゾーンでも表情が曇り続けた橘田に「大丈夫、絶対に通用する。気にしないで目の前のプレーに集中して欲しい」と声をかけたことを覚えている。

試合中のプレーは決して悪くはなかった。ボールを受けると独特の間合いでワンタッチパスを繰り出したり、少しボールを握ってから意表を突くアウトサイドパスを出すなど、らしさ全開だった。だが、それでも橘田の中には大きな不安があった。

「川崎のことを意識をすることは悪いことではないのですが、それが強すぎてしまう。去年の方が自信はありました。今は試合でミスをしないように、ミスをしないようにということばかりを考えてしまうんです」

裏を返せばこれだけ悩んでいる状態でも一定のクオリティが出せるのは凄いと感じたが、確かにこの時は楽しそうにプレーしていなかった。楽しそうにプレーをするときは恐ろしいほどの攻撃力が牙を剥いている。

あの時は牙は少し潜めてしまっていた。川崎に入るプレッシャーを増幅させていたのが、三笘薫、旗手怜央という前年まで同じ関東大学リーグで戦っていた選手が、大ブレイクしていることであった。

「2人(三笘と旗手)は大学リーグで対戦しても明らかにモノが違ったし、それをJリーグでも変わらずに発揮をしている。それによって周りは『やはりフロンターレにはこういう選手が行くものだ』というイメージがより強くなったと思う。じゃあ自分が今、それができているかというと…。意識してはいけないのはわかっているけど、意識してしまいます」

レジェンド・中村憲剛からのアドバイス

橘田は少し縮こまってしまっていた。だが、能力を知る人からすると、意識が変われば何も問題なく順応するどころか、間違いなくチームの中心になれる存在であることは理解していた。

その理解者の1人がレジェンドである中村憲剛だった。当時、橘田は自分が受けているプレッシャーについて、現役だった中村に打ち明けたことがあった。

「そういうのは気にするな。お前はお前なんだから。お前ができることをやれ。意識しすぎたら、お前の良さがなくなってしまうぞ」

シンプルだが橘田の持つ能力を認めているからこその言葉が返ってきた。彼には彼にしかできないことがある。天性のボールフィールディングと空間を技術と判断で操る才能。そして動きながら感覚を研ぎ澄ませて、判断を瞬時に変えて相手の間合いを打ち崩す才能。他の選手が欲しくても得られないものを持っている。中村の指摘から徐々に自分の持ち味を理解し、自信に変えていくことができたからこそ、自分らしさを全開に出している今に繋がっている。

当時は一時的に不安が強くなってしまっていたに過ぎなかった。今はその不安を抱えていたことが信じられないような躍動ぶりだ。やはり橘田は橘田だった。

目指すはカタールの地

思えば神村学園の時から自然と目が行く選手だった。当時、高校2年生の時に髙橋大悟というエースが注目を集めていた。その髙橋の後方には10番を背負って攻撃のリズムを作る橘田の姿があった。

ボールコントロールのうまさはもちろん、とにかく独特の間合いを持っていた。中盤で浮遊していたかと思えば、ボールが入った瞬間にピタリとファーストタッチで収めて、一気に前への推進力を発揮する。そしてボールを離すと、再び浮遊する。

浮遊と言っても、ただフラフラしているわけではない。首を振って周囲の情報を収集し、ベストなポジションとチャンスとなるスペースと味方の位置を把握してアラートな状態にしていたからこそ、ボールが入ると瞬間的な判断で精度の高いプレーができていた。

だが、高校卒業時の彼の評価は乏しかった。プロからは声が掛からず、大学も第一希望に入ることはできなかったが、関東大学リーグ1部の桐蔭横浜大に進むと、トップ下やインサイドハーフからボランチにコンバートされてその才能がさらに開花した。前目のポジションと比べて、周りを見る余裕が生まれたことで、彼の研ぎ澄まされた攻撃センスは磨かれ、同時に高い情報収集能力と処理能力は守備面でも生かされるようになった。

「試合中は『相手がこっち来たから、あっち行こう』という判断の積み重ねをしています。自分をマークしている選手や、ボールが入ったときに取りにきそうな選手を見て、その情報をもとにボールを受けてから相手の出方を見て判断をしています。先にコースを考えるのではなく、きたらアクション、きたらアクションの連続ですね」

これをさらりと言ってこなすこと自体が橘田の能力の凄まじさを表している。ドリブラーは自分の間合いを作りながら相手の間合いに入っていくが、橘田は相手の間合いに飛び込んでそのリアクションを見てから、自分のアクションを決めることができる。

修正力も高く、「味方のパスがズレた時は、相手が奪いにきたらファーストタッチで交わせるようにトラップを工夫します。自分のトラップが乱れたと感じたら、相手が取りに来て足を出した瞬間に、セカンドタッチを素早くして僕が置きたい場所にボールを置きます。セカンドタッチの速さは自分の得意とするところでもあります」とすらすらとハイレベルなことを口にする。

「自分の感覚に従順にプレーしています」という言葉も言い得て妙だ。この感覚をさらに研ぎ澄まし、時には言語化しながら、さらなる進化を遂げて欲しい。J1再開を迎え、より存在感が際立った時、もしかすると橘田はカタールの地に立っているかもしれない。

■プロフィール
安藤隆人(あんどう・たかひと)

1978年2月9日生まれ。岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに転身。大学1年から全国各地に足を伸ばし、育成年代の取材活動をスタート。本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、柴崎岳、南野拓実などを中学、高校時代から密着取材してきた。国内だけでなく、海外サッカーにも精力的に取材をし、これまで40カ国を訪問している。2013年~2014年には『週刊少年ジャンプ』で1年間連載を持った。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)など。

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