
昨シーズンに鹿島アントラーズからサガン鳥栖に移籍した小泉慶選手は、豊富な運動量と高いボール奪取能力、チームのために泥臭くプレーができる献身性で鳥栖の主力として活躍しています。
強面と激しいプレースタイルから、第一印象は『怖い』かもしれません。しかし鳥栖や鹿島だけでなくアルビレックス新潟や柏レイソルでも、ファンやサポーターに愛されてきました。
いったい、彼の何がそんなに人を惹きつけるのでしょうか? 高校時代から小泉選手を追いかけるサッカーライターの安藤隆人氏に、小泉選手の魅力を綴っていただきました。
■クレジット
文・写真=安藤隆人
■目次
・小泉慶はなぜ愛されるのか?
・流通経済大柏で真の日本一に
・転機となった新潟でのサイドバック挑戦
・挫折を味わった柏時代に拾ってくれた鹿島
小泉慶はなぜ愛されるのか?
どのチームに移籍をしても誰からも愛される男が、新天地で大きな存在感を放っている。昨季途中に鹿島アントラーズからサガン鳥栖に移籍したMF小泉慶のことだ。
ボランチ、アンカー、右ウィングバックと、異なる3つのポジションで献身的かつ技術レベルの高いプレーでチームに貢献する小泉は、メンバーが大幅に入れ替わった今季も不動のレギュラーとしてプレーする。持ち前のハードワーク、相手の思考を読み取った巧みなボール奪取、そして攻撃につなげるビルドアップ能力を遺憾なく発揮し、チームにとって欠かせない存在となっている。
小泉はなぜここまで愛されるのか?
はっきり言ってしまうと、見た目は『怖い』。だが、その奥にはチームの勝利のために身を粉にする献身性がある。周りの状況に気を配り、常に危機察知能力をフル稼働させ、味方のミスをカバーする。嫌なことでも文句を言わずにやりきるスタイルに加え、人懐っこい性格を持っているからこそ、周りは彼を信頼し、愛を注ぐ。
流通経済大柏で真の日本一に
筆者が初めて小泉に出会ったのは流通経済大柏時代だ。当時の印象は「気の強そうな強面の選手だな」だった。
屈強なフィジカルを持つ流通経済大柏の選手たちのなかでも、小泉のフィジカルは際立っていて、本人も「泥臭くてもボールを奪うところが自分の持ち味。誰よりも走って、カードを恐れずに激しくいくべきところは、激しくいくことを心がけています」と、見た目通りの激しいプレスを得意としていた。
一方でクレバーな一面も持っている。強くボールを奪いにいくと見せかけて、相手に先にボールを触らせ、ファーストタッチが乱れた瞬間にグッと体を前に差し込んでボールを奪い取ったり、味方を動かしてから自分のポジションを取って二重プレス網を仕掛けたりと、ボールの奪い方が多彩だった。
この豪快さと繊細さの相反するものを持ち合わせているのが、小泉の大きな魅力だ。それはピッチ外でも同じで、非常に物腰が柔らかく笑顔が絶えないナイスガイだった。
「練習きついですよ。だって、ラグビー部のような練習もするんですよ?! でも、それによってフィジカルが強くなって、ボールを奪う力が上手くなっていくのがわかるのでそれは嬉しいです」
ある日、流通経済大柏の練習に取材に行くと、疲れた表情に笑顔を浮かべながら語りかけてくれた。人とのコミュニケーションを苦とせず、屈託のない笑顔を見せてくれる。それでいて高校3年生の時は10番を背負い、青木亮太、ジャーメイン良、秋山陽介、1学年下には小川諒也と個性が強い選手が揃うチームの中で、周りを鼓舞し続ける声を出し、チームが同じ方向を向けるように気配りを見せていた。
高校3年生の時、インターハイで快進撃を見せて決勝に進出した。相手は同じ千葉県の宿敵・市立船橋。
「市船には絶対に負けるわけにはいかない」とかなりの気合いを入れて臨んだ一戦だったが、結果は2-4の敗戦。試合後の表彰式で歓びに沸く青いユニフォームをじっと見詰めながら、表彰状を両手に持ち、唇を噛み締める姿がそこにあった。
「もっと冷静に戦わないといけなかった。こういう試合で自分が冷静さを欠いたらこんな結果になる。もうこんな思いはしたくないです」
試合後、涙を堪えながら語る姿が印象的だった。その悔しさをバネに小泉はチームの歴史に名を残す偉業を成し遂げる。
高円宮杯プレミアリーグEASTで高体連チームとして初優勝を達成した。ヴィッセル神戸U-18とのファイナルでは、激しい球際と頭脳的なボール奪取を随所に披露し、延長戦を通じて相手を110分間シャットアウト。
「試合前にインターハイ決勝の市立船橋戦のビデオを見たことで火がつきました。何が何でも日本一になりたいし、そのとき流せなかった嬉し涙を流したいと強く思った」
PK戦の末に悲願の日本一を達成。どの大会よりも制するのが難しいプレミアリーグという『真の日本一』の栄冠を手にした。
転機となった新潟でのサイドバック挑戦
2014年、小泉はアルビレックス新潟でプロとしてのキャリアをスタートさせた。2017年までの4年間を過ごしたクラブで、今のプレースタイルを確立した。
転機となったのはルーキーイヤーだった。守備能力の高さに加え、攻撃センスも持ち合わせていた小泉は、本職のボランチではなく、サイドバックとしての起用が増えた。
高校時代から華麗なフェイントがあるわけではなく、鮮やかなパスで相手DFをこじ開けるわけでもない。しかし、点を取るポジションに走り込むうまさを持っていた。さらに、攻撃ゾーンに入ってからのプレーに迷いがないことも彼の良さだった。
小泉自身の能力と新たなポジションでも前向きに受け止める真摯な姿勢によって、サイドバックを自分のものにした。
「ボランチとサイドバックは守備のアプローチが全く違うんです。でも、僕は一切戸惑わなかった。それはどちらにも共通していることが、『アグレッシブであること』だからです。守備でも攻撃でも、常に狙って、前に向かってアグレッシブにいく。アグレッシブさは自分にとっての大きな武器だし、僕のスタイルにも合致しているんです」
どのポジションでプレーすることになっても自分のスタイルと目標は変わらない。2年目はサイドバックとボランチだけでなく、右ウィングバック、左右のサイドハーフをこなすなどさまざまなポジションを経験。そのなかでも変わらぬパフォーマンスを見せていた。
これほど多くのポジションで起用されながら、小泉はなぜハイパフォーマンスを続けられるのだろうか──。それはプロ3年目で口にしたこの言葉に凝縮されている。
「監督がサイドバックでの起用を期待しているなら、サイドバックらしい立ち振る舞いをしないといけない。本職ではないけど、試合に出ていることに感謝し、質の高いプレーをしないといけない」
「結局は戦うだけなんです。どのポジションでも相手に『この選手怖いな』という印象を持たせないといけない。どのポジションでプレーしていても、気持ちや球際でチームを引っ張る存在だと思っています。年齢に関係なく、自分が先頭に立たないといけない。気持ちをを前面に出して、ポジションに応じたプレーをすることこそが自分の武器だと思っています」
挫折を味わった柏時代に拾ってくれた鹿島
新潟での活躍が認められ、彼は2018年に柏レイソルに移籍をしたが、ここで人生最大とも言える大きな挫折を味わった。
加入初年度こそリーグ戦27試合に出場したが、チームはJ2降格。翌2019年には出番に恵まれず、リーグ戦出場は1試合で13分間のプレーのみ。ベンチ外も経験した。それでも、小泉は真摯な姿勢を崩さずにチームの勝利に貢献するため、練習から気持ちを込めたプレーを続けた。だからこそ、その献身性とプレー強度が評価され、鹿島への移籍を掴み取った。
「ベンチ外だった僕を鹿島が拾ってくれた。だからこそ、絶対に裏切りたくなかったし、プレーで表現しないと『なぜこいつを取ったんだ』と周りに言われてしまう。自分のプレーをするだけじゃダメで、チームの勝利に貢献する。それが僕に課せられた使命でもあります」
鹿島在籍中、この気持ちを1度も忘れることはなかった。すべてがチームの勝利のために。与えられたポジションで自分の持ち味を発揮し、周りを助ける。この信念を持ち続けたからこそ、鳥栖に移籍をしてからも鹿島のファンから愛される存在になっている。
その証拠に、昨年11月に行われたJ1第37節のアウェイ・鹿島戦で、小泉は大きな拍手で迎え入れられた。ハーフタイムに入り、ロッカールームに引き上げる時は鹿島の選手とグータッチ。試合後には涙を流しながら鹿島サポーターの前に挨拶に行くと、鹿島の選手が一斉に駆け寄って彼を取り囲み、満面の笑みで写真撮影会が行われた。小泉への愛情が伝わるエピソードだ
そして話は現在に戻る。
全員がハードワークを厭わず、前からのプレス、強度の高い攻撃を見せる鳥栖のなかでも、小泉は中心にいる。冒頭で触れた通り、アンカーというポジションは負荷が大きいが、それを平然とこなす小泉に凄みを感じる。
J1第4節の浦和レッズ戦ではタックル数でリーグトップの成績を残し、アタッキングサードへのパス成功率もリーグトップという文句なしの活躍を見せた。
今や鳥栖の心臓として君臨する小泉慶。彼の美学は高校時代から一切変わっていない。新潟時代に口にしていたこの言葉でこのコラムを締め括りたい。
「僕はどのポジションでも大切にしていることが3つあります。ビルドアップに関わること。1対1では決して負けないこと。背後を取られないこと。この3つをやりながら『90分間、ボールを欲しがり続ける気持ちを持て』と吉田達磨さん(新潟時代の監督、現・ヴァンフォーレ甲府監督)には言われています。かなり頭を使わなければいけないですが、それによって自分の成長を感じています。達磨さんのおかげでサッカーの考え方が変わりましたし、考える重要性を学んでいて、それが試合に繋がっています」
まだまだ26歳。ここから円熟味を増していく彼の奥底にある美学を感じながらこれからのプレーを見てほしい──。
■プロフィール
安藤隆人(あんどう・たかひと)
1978年2月9日生まれ。岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに転身。大学1年から全国各地に足を伸ばし、育成年代の取材活動をスタート。本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、柴崎岳、南野拓実などを中学、高校時代から密着取材してきた。国内だけでなく、海外サッカーにも精力的に取材をし、これまで40カ国を訪問している。2013年~2014年には『週刊少年ジャンプ』で1年間連載を持った。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)など。
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