Jデビュー戦で先輩と議論した松木玖生。メンタルモンスターはいかにして生まれたか

2022シーズンのJリーグは、川崎フロンターレとFC東京の多摩川クラシコで開幕。好ゲームが繰り広げられるなか、際立ったプレーを見せていたのが高卒ルーキーの松木玖生選手でした。

名門・青森山田で1年生からレギュラーを務め、2年生からは10番を着用。3年生で迎えた第100回全国高校サッカー選手権大会では、全国制覇に貢献するなど高校ナンバーワンの逸材として注目を集めました。

プロでの活躍が楽しみな松木選手のキャリアやプレースタイルを、サッカーライターの安藤隆人氏に綴っていただきました。

■クレジット
文・写真=安藤隆人

■目次
多摩川クラシコで堂々のデビュー
名門・青森山田で10番を背負う
強気の発言は自身へのプレッシャー
印象的だったデビュー戦での先輩との議論

多摩川クラシコで堂々のデビュー

ルーキーで開幕スタメンの座を射止めたFC東京のMF松木玖生は、青森山田高校で卒業式を迎えていない18歳だ。全国高校サッカー選手権大会の優勝からわずか1カ月でプロサッカー選手としてJ1の舞台に立つと、デビュー戦とは思えないプレーと立ち振る舞いを見せた。

2022シーズンの開幕戦となった川崎フロンターレとの多摩川クラシコ。松木は【4-1-2-3】の右インサイドハーフでスタメン出場を果たし、28分にいきなり見せ場を作る。中央のディエゴ・オリヴェイラが、左の永井謙佑からのパスを受けて右のレアンドロとパス交換から突破を図る。

しかしこの仕掛けは成功せずにボールがこぼれると、走り込んだ松木がボックス外から迷わず左足を一閃。弾丸ライナーのシュートはチョン・ソンリョンのビッグセーブに阻まれたものの、枠内をしっかりととらえていた。両手を叩きながら悔しさを大声で叫んで表現する姿は、もはや高卒ルーキーのそれではなかった。

42分には左サイドバックの小川諒也が入れたクロスに対して、DFを背負いながら鮮やかな左足トラップで収めると、ディエゴ・オリベイラのシュートを引き出した。45分には右サイドで2連続ワンツーからサイドを破ると、ベテランの名手・登里享平の猛チャージを左手で抑え込みながらボールをキープ。72分に交代を告げられるまで、堂々たるプレーを見せて、上々のデビュー戦を飾った。

名門・青森山田で10番を背負う

松木といえば、ついこの間まで高校サッカー界ナンバーワンのスター選手として多くの注目を集める存在だった。

名門・青森山田のなかで中学3年生ながら高校生に混ざりユース年代最高峰のリーグ戦である高円宮杯プレミアリーグEASTでプレーした。高校1年生からは不動のスタメンとして活躍し、選手権の決勝を経験。静岡学園に敗れて人目をはばからずに号泣した。

高校2年生になると柴崎岳や郷家友太らが背負ってきた背番号10を託され、チームを2年連続となる選手権ファイナルに導く。しかし山梨学院にPK戦で敗れてまたも頂点には届かなかった。この時の松木は敗退の現実を受け入れて涙を流さず、PKを外して号泣する先輩の安斎颯馬(早稲田大)のそばにずっと寄り添うなど、すでに他の高校生とは違った存在感があった。

ゆえに高校3年生になるとどこに行っても注目の的だった。各地で開催されるフェスティバルに出場をすれば、松木が行くところに多くのファンが詰めかけ、子供たちも憧れの眼差しを向けた。インターハイでも補助に来ていた学生や他のチームの選手からも「松木だ」と意識をされ、写真撮影で列ができることもあった。

強気の発言は自身へのプレッシャー

どこに行っても注目の的となる。以前、それについてどう思っているのかを聞いたことがあった。

「注目してもらって構いません。裏を返せば、それだけ注目されると、批判されることも出てくる。でも、そこでやれないと、成長していないことになります。だからこそ、日常でひたすらサッカーに打ち込むだけです」

松木の言動には常に責任と自覚があった。歯に衣着せぬ言動は時としてビッグマウスと言われることもあったが、それはただの大風呂敷ではなく、自分の責務として捉えているからこそのものだ。

「黙々とやるのが美学かもしれませんが、何も言わないで黙々とやっていても成長しないと思っています。まず言葉に出して、それを言ったからには責任が生まれると思うので、それを成し遂げるために練習や試合でやっていく。そこを大切にしています」

「強気の発言をするのは、自分にプレッシャーをかけるのもありますが、とっさに出てくるんです(笑)。でも、『言ってしまった』とかはないです。むしろ『言ったからにはやろう』と。もしかすると周りには『そんなのできないだろう』って言う人がいるかもしれませんが、それは言わせておけばいい。あえて言っています」

高校時代から注目を集めてきた松木だが、そのプレースタイルは華麗なパスや鋭いドリブルなど派手なプレーではない。球際の強さや体を張った守備、思い切りのいいゴール前への飛び出し、強烈なシュートなど、泥臭いプレーが持ち味だ。

そんな高校ナンバーワンの逸材と言われる松木だが、世界で活躍する同年代の選手たちと比べると「まだまだ足りない。他の選手を羨ましく思うことがある」という。

「ドリブルで何人も抜くことはまだできない。できるようになれば、もっと上にいける。僕はメンタリティが強いだけで、技術面はサッカー選手としてまだ身についていないものが多い。成長するために『できるようになりたい』という気持ちが強いです」

才能が足りないと自覚をしているからこそ、学ばないといけない、常に学べる環境にいなければいけないという気持ちが生まれる。それが強い海外志向につながっている。FC東京で1年目から活躍して海外にステップアップするという明確な目標を定め、それを包み隠さず口にすることで自分にさらなる責務と自覚を促す。

「周りから見ると完成された選手に見えるかもしれませんが、自分のなかではまだまだ発展途上なんです。周りがどんなに持ち上げようと、自分は自分だと思うからこそ、常に補おうとするんです」

松木玖生はそうやって生きてきた。自分の進むべき道は自分で考えて決めることで、それが信念になる。

印象的だったデビュー戦での先輩との議論

デビュー戦で印象的だったシーンがある。それは前半が終了し、ハーフタイムを迎えた時だ。ピッチからロッカールームに引き上げるなか、松木はMF渡邊凌磨に歩み寄って大きなジェスチャーをしながら試合中の動きの確認と議論を行なっていた。

これはサッカーでは良くある風景だ。しかし、高卒ルーキーがここまで大きなアクションで先輩選手に意思を伝えながら、議論を持ちかけることができるだろうか。デビュー戦を迎えた選手は、前半が終わった瞬間に安堵の表情を浮かべることが多く、松木のように周りに指示や意図を伝える精神的な余裕はあまりない。ましてや高卒ルーキーで、しかもJリーグ2連覇中の王者・川崎を相手にした開幕戦。プレッシャーは相当なものがあるはずだが、全くそれを感じさせなかった。

振り返ると松木は高校の時からそういう姿を見せていた。1年生の時はハーフタイムに先輩の動きが悪いと見るやすぐに指摘をしたり、時には「もっとやれよ」と厳しい言葉をかけることもあった。

学年が上がるごとに徐々に言葉のバリエーションが増え、3年生になると厳しい言葉ながらも、相手に伝わるように噛み砕いて説明をしたり、自分の意図を理路整然と伝えたりしていた。

昨年の10月に開催されたAFCU23アジアカップ・ウズベキスタン2022予選でも中村仁郎(ガンバ大阪ユース)、甲田英將(名古屋グランパス)とともにチーム最年少ながら、ハーフタイムではMF松井蓮之(川崎)、DF山原怜音(清水エスパルス)など4歳上の選手に同じように身振り手振りを交えて状況確認や意思伝達を行なっていた。

選手権でも、インターハイでもプレミアリーグでも彼は常に感じたこと、思ったことを身振り手振りで仲間に伝えていたし、実際に昨年のインターハイではこう語っていた。

「ミーティングで自分の意見や経験をただ伝えるだけではダメで、それをどうピッチで表現できるか。そのためには伝えながらも、試合中に実践して見せたり、確認しあったり、重要だと思うことは常に口に出してコミュニケーションをとることを意識しました。チームの勝利のためにやるべきことをやるという気持ちは常に持っています」

松木玖生は常に自身の成長のために、チームの勝利のために自分の信念を貫き続ける。それが将来、望むべき場所へ到達するために必要なことであると、他ならぬ彼自身が信じているのだから。

■プロフィール
安藤隆人(あんどう・たかひと)

1978年2月9日生まれ。岐阜県出身。大学卒業後、5年半の銀行員生活を経て、フリーサッカージャーナリストに転身。大学1年から全国各地に足を伸ばし、育成年代の取材活動をスタート。本田圭佑、岡崎慎司、香川真司、柴崎岳、南野拓実などを中学、高校時代から密着取材してきた。国内だけでなく、海外サッカーにも精力的に取材をし、これまで40カ国を訪問している。2013年~2014年には『週刊少年ジャンプ』で1年間連載を持った。著書は『走り続ける才能達 彼らと僕のサッカー人生』(実業之日本社)など。

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