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事前調査と10%以上の差。ボンズとクレメンスの殿堂入り落選に見え隠れする記者たちの“建前”と“本音”<SLUGGER>

ボンズ(左)のMVP7度は史上最多、クレメンス(右)のサイ・ヤング賞受賞7度も同じ史上最多だが、殿堂入りは果たせなかった。(C)Getty Images
 現地1月25日、全米野球記者協会(BBWAA)による殿堂入り投票結果が発表された。通算541本塁打を放った“ビッグ・パピ”ことデビッド・オティーズは有資格1年目で殿堂入りを決めたのに対し、史上最多7度のMVPを誇るバリー・ボンズ、同じく史上最多7度のサイ・ヤング賞を受賞したロジャー・クレメンスは揃って得票率75%に届かず、“落選”となった。2人とも、現役晩年の薬物疑惑が最後まで響いた形だ。

 アメリカでは近年、投票資格を持つ記者が結果発表前に自らの投票内容を公表することが通例となっている。各記者がSNSなどで明かした投票を集計するサイトもあり、選挙前の世論調査と同じように、投票結果を予想する上でも一定の指針となっている。

 興味深いのは、各記者が公表した投票内容と、実際の結果に乖離が見られることだ。

 ボンズは事前の集計結果では得票率77.6%、クレメンスは76.1%だった。この通りの結果だったら、2人はギリギリで殿堂入りを果たしていたことになるが、実際の得票率はそれぞれ66.0%、65.2%で事前投票結果から10%以上も低かった。 周知のように、ボンズとクレメンスの殿堂入りの是非をめぐってはこの10年間ずっと激しい議論が戦わされてきた。

「反対派」は、不正によって打ち立てられた記録は無意味であり、“汚れた英雄”の2人をわざわざ野球殿堂に祀るべきではないと主張。一方、「賛成派」は、2人がステロイドを使用したとされる時期はMLBによる薬物検査が行われていなかった(つまりルール違反は犯していない)こと、薬物使用を始めたとされる時点ですでに殿堂入りに値する成績を残していたこと、ステロイド以外も含め不正に手を染めた選手がすでに何人も殿堂入りしていることを指摘した。

 冷静に議論の中身だけを評価すれば、「理」があるのは賛成派ではないかと僕は思うし、自分にもし投票権があったら、迷わずボンズとクレメンスに投票している。実際、『ジ・アスレティック』のピーター・ギャモンズやケン・ローゼンタール、『ESPN』のジェフ・パッサンなど有力記者の多くも同じ主張をずっと繰り返してきた。

 にもかかわらず、実際の投票結果では、ボンズとクレメンスは最後まで「ノー」を突きつけられた。 実は、2016年のアメリカ大統領選でも、似たようなことが起きた。この時は、世論調査では劣勢だったドナルド・トランプが実際の投票ではヒラリー・クリントンを制したわけだが、その理由の一つとして、有権者の「建前」と「本音」の使い分けを指摘する声があった。

 粗野で女性蔑視丸出し、人種差別的な言辞も平気で撒き散らすトランプを表立って支持するのは、例え匿名の電話世論調査でも気が引ける。一方で、いかにもエリート然としてお高く止まっているヒラリーは、理屈の上では正しい選択でも、心情的に納得できない。そんな有権者の思いが、世論調査と実際の投票との差に現れたのではないか、というのだ。

 ボンズとクレメンスに関しても、実は似たような部分があるのではないか。

 最初の3年は35%前後にとどまっていた2人の得票率は、16~17年の2年間で20%近く上昇したが、その後は明らかに伸びが鈍っていた。言い換えれば、「正論」で意見を変えられた記者の数はそこが限界だった、ということだ。 理由はともあれ(ボンズとクレメンスが現役時代、ともに傲岸不遜な性格だったことも影響しているのかもしれない)、心情的に2人の殿堂入りを許したくないと考えた記者が根強くいた。そしてその中には、SNSなどでは2人に投票することを明言しながら、実際の投票用紙ではチェックを入れなかった者も一定数いた、ということだ(実際、オティーズの得票率も事前調査よりは低いが、ボンズやクレメンスより明らかに誤差は少ない)。

 かくして、史上最も偉大なプレーヤーの一人に数えられながら、ステロイド時代の象徴でもあるボンズとクレメンスは、少なくとも記者たちからは「殿堂入りに値しない」との審判を突きつけられた。ただ、今後も時代委員会による選出で殿堂入りする可能性は残されている。今から20年後、2人への評価は変わっているだろうか。

文●久保田市郎(SLUGGER編集長)

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