
なでしこジャパンの登竜門、日テレベレーザとその下部組織のメニーナで監督を歴任してきた寺谷真弓。「鬼軍曹」と呼ばれるほど厳しい指導を行う寺谷の指導者としての考え方とは。(取材・文:武田鼎/写真:殿村誠士)
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怒ると怖い「鬼軍曹」
「鬼軍曹」の由来となったのは、試合中の選手への叱咤激励だ。ときに、選手を鼓舞し、ときに激しく叱り飛ばす。過去の指導の様子を見ると「動け!お前は植物か!」「当たり前のように試合に出られると思うな!」など、鬼軍曹の言葉は、そのどれもが厳しく、重い。
寺谷はそんな自身の言葉の数々を「あれでも放送できる範囲なんですけどね」と豪快に笑い飛ばす。
ベレーザの下部組織であるメニーナでは、指導の対象は中学生や高校生だ。心身ともに未熟な10代の選手たちを容赦なく叱り飛ばした。ときには泣き出す生徒もいたほどだ。
一流アスリートたちを恐れおののかせる鬼軍曹の言葉。ただ、寺谷の薫陶を受けたアスリートたちは、皆一様にこう続ける。「人間としても鍛えられた」と。
寺谷は何でもかんでも叱るわけではない。積極的なチャレンジは褒める一方で、犯してはならないミスは厳しく注意する。
「例えば、ゴール前のすごくタイトな状況で、プレッシャーがかかっている中でスルーパスを通すというのは難しい。それはしても良いミスだと思うし、逆にそれをやらないとゴールは生まれない。一方でどフリーで短いショートパス、5mぐらいのパスは絶対にずらしてはいけない」
些細なパスミスが失点につながる勝負の厳しさを叩き込んでいくのだ。
自分は「部活の先生」 学業第一を掲げる理由とは
寺谷は自身の指導者としてのスタンスを「部活の先生に近いのかも。プロ選手の育成機関として異色かもしれません」と評する。
その指導はプレーや練習への態度にとどまらず、普段の生活にも及ぶ。「サッカーより前に学業第一」であると考えている。
「やっぱりサッカー選手である前に中学生、高校生なので、勉強するのは当たり前。大学に行かないとダメ。就職先をベレーザも斡旋できるわけではないし、22歳までサッカーしたいんだったら自力で大学に行かなきゃいけないと伝えています」
自身がメニーナの現場指導をしていた際には通信簿をチェックし、「2」が一つでもあると宿題を提出させるなどの徹底ぶりだった。その背景には自身が大学進学したことで視野が広がったことが影響している。
「大学に行ってサッカー以外の人たちとのなにかコミュニケーションが取れる場があることってすごく大事だと思います」
サッカーだけではなく、学業をきちんと修めることで選手としての視野も広がると考えている。
「実際に日本代表やベレーザにたどり着いている子たちは、基本的にみんなそれなりに学校の勉強もできる子たち。やっぱり考える力がないと、サッカーでも自分が今なにをすべきかということをちゃんと考えられないと思う」と明かす。
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「叱れない時代」に寺谷は何を思う?
現在は現場の指導を離れて5年が経つ。社会でも教育現場でも「叱らない」が主流になりつつある。
「本当にこの急激に、2、3年だと思うんですよね。きちっと論理的に褒めて伸ばすっていうのがいいのは分かっています。でも、サッカーの試合に限らずですけど、良いときはたぶんみんなちゃんとできるんですよ。だけど、苦しいときとか、逆境にどれだけ抗えるのかは、ある程度厳しくいくことで育まれるのかなって思う。でもなかなか難しいよな、と」
時代が変われば指導法も変わっていく。寺谷も指導者として頭を悩ませる時期はあった。当初から「学業第一」の考えを持っていたわけではない。メニーナの指導者になりたての頃は、勝ち負けばかりにこだわり「選手目線の指導しかできなかった」と振り返る。
特にメニーナのセレクションを受けるのは未発達な10代前半の女子が多い。その中でいかに将来「大化け」する可能性を秘めた選手を見つけ出し、指導していくか。独特の難しさがメニーナの監督には求められることになる。
(第4話【大化け選手を探せ 寺谷が発掘した「長谷川唯」というダイヤの原石】へ続く)
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