
2021年の秋に開幕が予定されている、女子サッカーのプロリーグ「WEリーグ」。女子サッカー界の新たなチャレンジの舵取り役を任されたのが、岡島喜久子チェアだ。
日本初の女子サッカークラブでプレーし、日本代表に選ばれたのち、アメリカの外資系金融機関で結果を出してきた。
新時代のリーダーはどんなキャリア歩んできたのか。そしてWEリーグをどのように発展させていこうと考えているのか。
「SmartSportsNews」の独占インタビューを3回に分けてお届けする。
強豪国と対等に戦うためにプロ化は必要
──WEリーグの立ち上げには賛否両論もありました。岡島さんはそもそも日本における女子サッカーのプロ化は必要だと考えていますか?
もちろん必要だと考えています。2019年のワールドカップで日本はベスト16で敗退しました。加えて、ベスト8に進出したのはアメリカ以外すべてヨーロッパの国ですし、どの国もプロリーグが運営されています。今後、そうした国々と対等に戦うため、なでしこジャパンを強化するにあたっては、プロ化は不可欠なものだと思っています。
──プロ化によって何が変わるのでしょうか?
まずは、選手の海外移籍を活性化させたいですね。各クラブには外国人選手を獲得してほしいと伝えていますが、同時に、日本人選手も積極的に海外に出てもらいたい。プロリーグの経営に成功すれば、移籍の面でもWEリーグが世界トップレベルとなり、世界中から選手が集まる仕組みができてくると思います。それが引いては代表チームの強化にもつながるはずです。
──一方で、働きながらプレーするだけで十分だという選手の声もあります。プロ化を望んでいない選手もいるという現状についてはどうお考えですか?
各クラブでプロ契約が必要な最低人数は15人で、それ以外はアマチュア契約でも問題ありません。
──プロ化の話題になると、安定した生活が失われるかもしれないというリスクが語られるイメージがあります。これは女性的な考えなのでしょうか。
女性に限らず、新しいチャレンジを怖がる人もいますよね。ただ、選手が細かい契約内容を把握していないために不安に感じるケースもあります。
──契約やリーグの詳細がきちんと伝わっていないと。
そうしたことを改善するために、リーグとしてもっと情報発信していく予定です。具体的には2月1日から「理念担当推進部」という、選手への研修を担当する部署を設けます。元なでしこジャパンの選手にも協力してもらい、選手に情報を伝える体制を整えているところです。
“かわいい”ではなく、“かっこいい”プレーヤー像が必要
──WEリーグのロゴは、これまでのかわいらしいピンクや赤とは全く異なるイメージです。これにはどういった狙いがあるのでしょうか?
リーグ設立時に、「なでしこリーグと同じことをしていては何も変えられない」からこそ、全く新しいアプローチが必要だという話がありました。なでしこリーグのファンの中心層にいる30〜50代男性のコアなファンも大切にしつつ、一方では、サッカー少女たちにも足を運んでほしい。これまで女子サッカーにあまり興味がなかったライト層にアプローチするためには、既存の “かわいいプレーヤー”ではなく、“かっこいいプレーヤー”像が必要です。ロゴのデザインがピンクや赤ではなく、ブラックというのは、そのかっこよさを打ち出す狙いがあります。
──WEリーグの運営に女性スタッフを積極的に入れていくという方針もあります。その点も、これまでとは違うリーグを象徴する意味合いがあるのでしょうか?
リーグ設立の意義として、最初に「日本の女性活躍社会を牽引する」という項目を掲げました。28年前にJリーグが発足したときは「スポーツを文化にする」というメッセージを発信しましたよね。今度は女子サッカーがプロ化するにあたって、社会に受け入れられ、注目を集めるためにも、Jリーグのように時代を捉えた社会的なメッセージが必要だと考えました。
──サッカー界も女性が活躍する時代だと強調する。
その背景には、FIFAやJFAが女子サッカーを重点化していることもあります。女性は伸びる余地がまだまだありますから。選手数だけでなく、女性ファンももっと増やしていけると考えています。世界経済フォーラムが発表した2020年の「ジェンダーギャップ指数」で日本は121位でした。これは先進国では最も低い順位。これに対して、内閣府の「男女共同参画局」という部局とWEリーグが連携してメッセージを発信していくように話を進めているところです。
──ジェンダーギャップ指数というものがあるんですね。
はい、経済活動や政治への参画度、教育水準、出生率や健康寿命などから算出されるもので、いわゆる“男女格差”を示す指標とされています。
──それが先進国で最も低い順位なんですね。
だからこそ、WEリーグが大きな役割を担う存在になっていきたいという想いがあります。
──そういった意味から、先ほどの女性スタッフの運営参加の話につながるんですね。
まさに、メッセージを発信するだけではなく、リーグの内側から率先して女性が活躍できる場を広げていく取り組みもしています。具体的には「コーチングスタッフには女性が必ず一人入らなければいけない」、「クラブの意思決定に関わる者に、少なくとも女性が一人入らなければいけない(取締役以上が望ましい)」、「スタッフの50%は女性にしなければいけない」など、女性が組織の中に参画することを、WEリーグが参入基準に設けていることも特徴だと思います。
WEリーガーを少女たちのあこがれの職業に
──岡島さんがWEリーグで実現していきたいことはありますか?
一つは女性指導者を増やすことですね。日本は女性の指導者がとても少ないという現状があります。なでしこリーグの選手にも現役の間にC級ライセンスの取得を促していますが、非常に関心が低いと聞いています。そこを改善するために女性指導者が増えることの意義を啓発する必要があります。同時に、ライセンス取得のハードルの高さという問題もあるので、昨年からJFAで「A-proライセンス」というものを始めました。これは女性指導者を対象とした現行のS級に準ずるライセンスで、女性がWEリーグのプロクラブで監督ができることを目的としたものです。すでにWEリーグ初年度で女性監督が1人決まっています。
──昨年からJFAと共催で「女性リーダーシッププログラム」も始めましたよね。
これはサッカー界から女性の役員や経営者を育成・輩出することを目的としたプログラムです。今年から来年にかけて、リーグから少なくとも2人は女性のクラブ経営者を出したいと考えています。そのために財務諸表の読み方、予算の立て方、スポンサー営業の方法など、実践的なことを研修するプログラムもつくっていきたいと思っています。
──WEリーグには多くのサッカー少女にも足を運んでほしいという話がありました。最後に、彼女たちへの想いやメッセージはありますか?
毎年アメリカで「シービリーブスカップ」という国際大会が開催されていて、日本も参加しています。ハーフタイムには、大会名でもある「She Believesキャンペーン」をやっているのですが、「あなたが信じるものは何?」と聞かれると、アメリカの少女たちが「プロのサッカー選手になりたい!」とか、「アメリカ代表の選手になりたい!」と夢を語るんです。
──それは素晴らしいことですね。
そう、アメリカではサッカー選手が、少女たちのあこがれの職業なんです。スタジアムにはその少女たちが詰めかけ、黄色い歓声が飛び交っています。私は将来、日本のサッカー少女たちが「私の夢はWEリーガーになることです」と言ってもらえる未来にしたいと願っています。
■プロフィール
岡島喜久子(おかじま・きくこ)
1958年5月5日、東京都生まれ。中学2年時に男子サッカー部に入部。その後、日本初の女子クラブであるFCジンナンに所属し、第2回AFC女子選手権に出場。79年、日本女子サッカー連盟設立時の初代理事に就任、83年には日本代表として広州女子国際大会に出場。早稲田大学卒業後の83年からケミカル銀行(現JPモルガン・チェース銀行)に入行し、89年の海外転勤を機に引退。91年からは拠点を米国へ移し外資系金融機関で働く。2020年7月、WEリーグ初代チェアに就任。
■クレジット
取材・構成:北健一郎
写真提供:WEリーグ
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