【ロービジョンフットサル】岩田朋之 TOMOYUKI IWATA Vol.3「本田圭佑が命を救ってくれた」
命を救った本田圭佑のPK
——スタジアムに行くことで見えなくなった現実を受け入れなければいけないというところはどうだったんですか?
ハーフタイムのときに友達が「どう?」と聞いてくれたんですね。「やっぱり見えないね」と、その友達も僕の見え方がどう変わったのかがわからなかったんですよね。でも僕としてはそれよりあの場にまた来られたこと、いちサポーターとして連れて来てくれたことに本当に感謝していたのと、なんとしても日本代表に勝ってほしかった思いが強かったので辛いことはあまり考えてもしょうがないと思っていました。
——それで後半に本田選手の得点シーンが訪れるわけですね。
最初なにが起こっているのかわからなかったんですけど、すぐに友達がPKだよって教えてくれて「誰がボール持ってる? 本田? 本田でしょ?」って(笑)。本田選手がボール抱えているよと教えてくれたので、双眼鏡で一所懸命探していて、ゴールネットの隙間からボールを抱えている本田選手が見えたんですよ。そしたらもう涙が出てきたんですよね。「本田がいた」って。この1年、いろんなことがあったけど、生きててよかったなと思ったんですよね。本田選手が目の前にいて、やっとここまで来れたというか。絶対これは入るよって泣きながら言ってました。流れの中ではやっぱり追えなくて、セットプレーで、しかもPKで、それでしか僕には見えなかったんですよ。もう勝手にこれは神様からのプレゼントだと思ってて、この1年間頑張ってきたご褒美だって。
——その中で本田選手がPKを蹴ったと。
蹴ったあとは僕にはわからないんですけど、もうその瞬間の地響きと大歓声と友達が喜びながら「ど真ん中! ど真ん中!」って、蹴った場所まで教えてくれて。もうあの瞬間は最高でしたね。最高というか、生きていてよかったなって思いました。
——そこまで思えたんですね。
それまで線路に飛び込もうと思ったことは何度もあったんですよ。やっぱり波があって、これ以上頑張ってもなにになるんだろうと、先が見えないんですよね。どこまで頑張ってもやっぱり見えないと気持ち的に落とされてしまうのが待っているんです。でもあのPKで生きていてよかったと初めて思えたんですよ。
——大袈裟でもなく岩田さんの命を救ったPKだったんですね。
本当にそうですね。あの試合がきっかけでまた代表戦を見に行くようになりました。
まだまだ伸び代はある
——その試合がきっかけで本田選手の熱狂的なファンにもなったと。
大学の宿舎で生活していたんですけど、部屋に自分を鼓舞するものがなにもなかったんですね。だから本田選手のユニフォームを飾ったり、ポスターをたくさん飾ったりしていました。
——そこから立ち直って2015年にはロービジョンフットサルの日本代表キャプテンとして活躍されて、今ではローボジョンフットサルだけではなくて幅広い障がいを持った方たちのサッカーという分野で活動されています。今後の岩田さんとしてはどういう活動をしていきたいかというのを最後に聞かせてください。
まず選手としてはできるかぎり長く、楽しく続けていきたいなと思っています。選手としてやっているからこそ子どもたちに伝えられることがあるし、価値があると思うんですね。そのためにしっかりとトレーニングをして、続けられるようにしたいと思います。「CA SOLUA」というクラブとしては“輝く”というのを一つテーマとしているので、国内の大会では去年初優勝しましたが、常に輝いている場所にいられるようにチーム一丸となってやっていきたいと思っています。代表に関してはまず代表選手に選ばれるようにクラブでしっかりとトレーニングすること。代表に選ばれてまた世界大会に出られるのならヨーロッパの国から1勝を挙げて、ベスト4を目指したいと思います。
——34歳という年齢はアスリートとしてはベテランの域に入りますが、まだまだロービジョンの選手として活躍できるという思いはありますか?
まだまだ上手くなると思います。まだまだ下手なので、その分伸び代があると思っていますよ。
Vol.1「ロービジョンフットサルとの出会い」
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Vol.2「障がいがあっても、胸を張って生きる」
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■プロフィール
岩田朋之(いわた・ともゆき)
1986年1月17日生まれ。東京都出身渋谷区出身。趣味は、サッカー日本代表観戦、サーフィン。2012年夏に突然、レーベル病を発病し、急激な視力低下で視覚障害者となる。
同年10月、関東リーグの観戦をきっかけにロービジョンフットサルと出会う。2015年にロービジョンフットサル日本代表に選出される。F.C.SFIDAつくばを経て、CA SOLUA葛飾でプレーする。
https://twitter.com/tomozoo17
■クレジット
取材・構成:Smart Sports News 編集部
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