スペシャルコンテンツ 永里優季 YUKI NAGASATO Vol.2「永里優季が発信する新しいアスリートの生き方」


日本女子サッカー史上最高のストライカーが男子チームに移籍する——。マスメディアやSNSを通じて一気に拡散した、永里優季の男子挑戦。
なぜ、女子サッカーで頂点を極めた選手は未知の領域に飛び込む決断をしたのか?そこにはスポーツ選手の枠を超えた、女性の可能性を広げたいという思いがあった。
「SmartSportsNews」の独占インタビューを3回に分けてお届けする。

ここまで大きなことになるなんて

——永里選手はアスリートの新しい生き方の象徴的な存在だと思っているんですが、これまでアスリートは競技の中でどれだけ結果を残せるかということをフォーカスされてきたと思います。でも永里選手は競技だけにとどまらず、色んな可能性を広げていく生き方をされているイメージがあります。そこはご自身でも意識されている部分ですか?

正直、あまり狙ってはいないですね。単純に自分がどうありたいか、どうしたいのか、何をしたいのか。そこがベースにあって、それを実現していった結果、あとから社会的な付加価値がついてきたという感覚です。ただ、女性であること、アスリートであることというのは、何かを発信するときには意識します。立場を考えたときに、社会に何をもたらすのか、どういった影響を与えられるのか。そこは言葉を発信するときに意識するところですね。

——今回の移籍を実現する際には、どんな影響があるのかイメージされました?

そのときはしなかったです。単純に実現したいという本能に従っただけですね。まず実現するかもわからなかったし、クラブと話をして登録が完了するまでに1ヶ月くらいかかりました。正直、ここまで大きなことになるとは思っていませんでしたね。移籍しようと思ったときはそれくらいの感覚でした。それだけ今まで自分がしてきたチャレンジと同じラインにあったということです。結果的にメッセージを発信する形になったという感覚ですね。

——周囲にとっては驚くことであってもご自身にとっては自然な流れの中での挑戦だったわけですね。

初めはただ本能に従っただけですが、こういうチャレンジは大義名分が必要じゃないですか。そこをしっかり持っていないと社会になかなか受け入れられないし、自分の中での思いもしっかりと持っていないと否定的に見られることもあります。そこは自分の中に明確に持っていて、入団記者会見が終わったあとに自分の中でしっかりと言語化して、掘り下げて、話せるようにしておきました。

人からどう思われるかを気にしていない

——海外のトップアスリートは、自分の社会的立ち位置を意識しているというイメージがあります。一方で日本のアスリートはそこに照れがあるのか、そういうオピニオンを出さない印象があります。永里選手はそこについてはどう考えていますか?

私の場合は人からどう思われるかを気にしていないところがあります。その中で自分がどうありたいか、どんな社会にしていきたいか。そこをアクションにメッセージを込めることはあります。

——今はとくに女性アスリートのメッセージというのは注目を集めることが多くなりましたね。

ただ、その中でも私は攻撃的なメッセージは発信したくないと思っています。そういう発信をすることで争いや対立を生んでしまうことにつながると思うので、あくまでも自然体でいく方がいいという価値観を持っています。それを周りの人がどう捉えようと気にしません。私がどういう想いや信念があって、そこをアクションにメッセージを込めて発信していく。そこだけをやり続けていきたいと思っています。

——永里選手は世の中をこういう社会にしていきたいというイメージはありますか?

今は何に対しても否定と肯定の二極化にありますよね。私はそれを取っ払いたいと思っています。世の中、イエスとノーだけではない答えは山ほどあります。それは男性と女性の二極化で分けられるものでもないし、人種でもそうですよね。そういった境目や境界線をなくしていきたい。本質的に人間として人類がみんな協力しないと共存できないという社会を目指していきたいと思っています。

いかに性別を意識させないか

——今まさに世界的にもそうした流れができつつあって、常識や境目を超越する存在が出てきていますよね。永里選手の今回の挑戦もその潮流に乗ったアクションだと思います。今後、こういう挑戦は増えていくと思いますか?

そうなってほしいと思いますね。そういう思いを持っている人も少なからずいると思います。ただ、そうしたことを受け入れる側の体制が整っていないことが問題だと思っています。だから今回の私の挑戦を受け入れてくれたクラブをもっと評価してほしいですね。

——やっぱり受け入れるのは簡単ではない?

簡単ではないと思いますね。更衣室ひとつとっても男子選手は外で普通に着替えているけど、じゃあ私はどこで着替えればいいのか。そういう問題が出てきますよね。

——確かにそうですね。永里選手はどうしているんですか?

私はその場では着替えないですね。帰りに車の中で着替えています。

——そもそも男子と女子が一緒に競技をやるということが想定されていませんよね。

しかも県リーグなので試合のときにロッカールームというのもまずないんです。でもそこは対応していけるので大丈夫ですけど、これからもっと上を目指していく中で運営側にそういった対応を求められるシチュエーションも出てくる可能性はあると思います。

——永里選手のように前代未聞のチャレンジをする人が出てくることで、それまで浮かび上がらなかった課題が出てきて、それを解決していく流れになっていきそうですね。

そこで解決していこうとなるか、拒絶するか、どちらかでしょうね。

——ここまでで競技面だけに限らず、女性が男性社会でプレーするハードルは高いと思いますか?

いろいろな面で相当な意識がないと男性社会の中で女性がプレーするのはかなり難しいのかなと感じています。もしかしたら私だからできているのかもしれない。私はプレーしているときに自分が女性という意識があまりないので。

——そのかなり厳しいと感じている中でプレーしていくには何が必要だと思いますか?

おそらく性別差があることに対して、いかに性別を意識させないかということが女性側に求められると思います。コミュニケーションを取るときでも一人の人間として見てもらえるような振る舞いができないと、味方にも遠慮されがちになりますよね。だからこちらも遠慮せずに一人の対等な人間としてコミュニケーションを取るようにしています。練習でも女性の意識を持たずにタックルにきたり、コンタクトプレーしたり、遠慮させない配慮が必要になると思います。

——実際に遠慮というのを感じることはありますか?

プレー面では何人かの選手はまだ遠慮しているなと感じます。ただ、大体の人は女性だからというより、有名人だからというところでの遠慮というのを感じますね。

——そこを取っ払うための工夫はしています?

コミュニケーションの部分で自分がよりオープンであることは常に練習中に出しています。そういうコミュニケーションが取れるチームメイトも増えてきていますね。私は一対一のコミュニケーションは得意なんですけど、一対大勢が苦手なので、一人ずつ少しずつという感じで広げています。10歳くらい下の世代が中心のチームで、その年代の選手と関わる機会が今までなかったのでそう言った意味でも手探りでやっています。

——アメリカと違って日本ではオープンなコミュニケーションに慣れていない選手も多いと思いますが、そこはどう感じていますか?

アメリカ人と日本人のハーフの選手がいるんですよ。ベガルタ仙台のジャーメイン良選手の弟で、ジャーメイン・アレックス正という選手なんですけど彼の存在が大きいですね。彼がアメリカ的なノリで接してくれるので、それがチームに波及して、そのノリで絡んできてくれることが増えてきています。

——チームの雰囲気も変わってきました?

雰囲気としては結構ふざけたノリにはなってきていますね。ただ、日本人はそういうノリに慣れていない部分はあります。でもより良いパフォーマンスのことを考えると、あまり真剣に過ぎても良いプレーは出ないんですよね。だから少しそういう楽しい雰囲気を出していくことは必要だと思っています。そこは男女関係ないところですけど、やり過ぎない程度に自分がいいと思うことはどんどん出していけたらなと思っています。

——こう話しているときもそうですが、永里選手は自分自身にすごく自信を持っているオーラを纏っていますよね。だから違う属性の人の中に入っても主張できるし、共存できるのかなと。何かこれまでメンタリティの変化はあったのでしょうか?

自分がどう生きたいかというのが昔よりもクリアになっているのが大きいと思います。自分のどんな価値観を大切にしてサッカーをやっていきたいか。どういう生き方をしたいか。どういう自分でありたいか。そこの解像度がものすごく上がっているから自分に自信が持てるようになっていると思います。それがあって自分が幸せだと感じているから余計に周りの目や声が気にならなくなっていますね。

Vol.1「なぜ、永里優季は男子サッカーに挑戦するのか?」
(ハイパーリンクURL)
https://ssn.supersports.com/ja-jp/articles/5fae4fc9cfbdd9260a02ebc3

Vol.3「サッカーをするだけがサッカー選手じゃない」
(ハイパーリンクURL)
https://ssn.supersports.com/ja-jp/articles/5fae4ff377a98b033c545762

■プロフィール

永里優季(ながさと・ゆうき)

1987年7月15日生まれ。神奈川県厚木市出身。なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)として2011年のFIFA女子ワールドカップ優勝、2012年のロンドンオリンピック銀メダル。2009年から海外に活躍の場を移し、ドイツ、イングランド、アメリカで活躍する。2009-2010年にはUEFA女子チャンピオンズリーグで優勝。2020年9月より神奈川県2部リーグのはやぶさイレブに期限付き移籍し、男子サッカーに挑戦する。

https://note.com/yukinagasato

■クレジット

取材・構成:Smart Sports News 編集部