『松坂世代』ライターが見た、松坂大輔の“本音“と”気遣い“

同級生の引退に「落ちる」

松坂は“松坂世代”を常に意識し、“松坂世代”の一人一人の動向を気に懸けてきた。

高校時代は無名でも、大学や社会人で台頭してきた選手がいれば、スカウトに「どう? プロに来そう?」とよく聞いていた。

逆に、野球で接点を持ち、その後に野球の現場を離れた者とも、ずっと変わらず接していた。現役の晩年は、残り少なくなってきた同級生たちが現役を引退するたびに、「気持ちが落ちる」と寂しそうに口にしてきた。

『松坂世代、それから』は、2003年に刊行した『松坂世代』(河出書房新社)の続編で、17年前に前作を書いた時には、200人近い松坂世代に会って取材をさせてもらった。

そして、最後に行なった松坂本人の取材の際、そのうちの主立った50人ほどのリストを見せると、「うんうん」「ほぉー」と楽しそうに目を通し、「あ、1人だけ知らない」と言った。逆に言えば、残りの49人のことはちゃんと知っている。何かしらの情報を持っている。そのことに驚かされた。

17年を経て、『松坂世代、それから』を書いた時、前作と同じように、最後に松坂を取材することは決めていた。

歳を取って横着になったわけではないが、今回の取材は前作のように手当たり次第ではなく、初めから人数を絞り込んだ。そのかわり、一人一人の取材にじっくり時間を掛けて話を聞くことにしていた。

最終的にコンテンツに入れたのは、西武復帰時の背番号16番に合わせて16人。しかし当初は、取材をスタートさせたのが松坂が甲子園で旋風を巻き起こした1998年から数えて20年目だったことにちなんで、20人を予定していた。

20人目の取材対象者・松坂のもとを訪れ、あの時と同じようにリストを見せると、松坂が「え? 結構知らない人がいる」と驚いたように苦笑している。それを見て、「やったぜぇ」と良い気分になっていた私(大人げなくてごめんなさい)。

なぜなら、松坂の知らない松坂世代の人生を描きたかったから。気分としては、一方的に松坂に勝負を挑んでいる。これについては、発売後、アマゾンのレビューに「知らない選手よりも、もっと甲子園やプロで活躍した選手を取り上げてほしかった」と批判的な意見もいただいた。

そうした声には真摯に耳を傾けつつも、もともと私の中での“松坂世代”は、「野球で活躍して有名になった人」という枠ではないから、最終的に掲載した16人の人選には何も違和感はない。もし25人、30人になっても、このテイストが変わることはなかっただろう。

いつか、『松坂大輔、あれから』を

取材を終えて、編集者が「何かひと言」と手渡した色紙に、松坂は「全員で頑張る松坂世代」と書き込んだ。編集者はそれを、本の最終ページに挿入している。

それは“本音”と“気遣い”が共存する言葉だった。多くの松坂世代たちが、こうして言葉には出来なくても、同じ想いを共有しているだろうし、他ならぬ松坂自身にその想いが強くあるから、「このテーマだけは」という言葉が出てくる。そして、この世代のトップランナーであり続けることに、ずっと強いこだわりと責任を持って生きてきた。

“松坂大輔”は松坂世代にとっての道標であり、彼が先頭を走り光り輝くことで、他の松坂世代にも陽が当たる。

松坂の現役生活には終止符が打たれたが、それがトップランナーとしての終焉だとはまったく思わない。これからも、松坂がどんな形であれ光り輝くことによって、『松坂世代』という作品は、時代をまたいで何度でも続編が生まれてくると私は思っている。

2作の『松坂世代』の作中で、私は松坂世代の人間模様を、松坂が好きだったというMr.Childrenの『Tomorrow never knows』の歌詞になぞらえ、「勝利も敗北もないまま、孤独なレースは続いていく」と綴っている。

ありがたいことに、本の発売後、一部のレース参加者から、「あと15年くらいしたら、『松坂世代、あれから』を書け」とオーダーをいただいている。彼らは、自分もそこに登場できるような人物になろうと思っている。だから、この世代は面白い。そして、奥深い。

もし本当にそんな機会が来た時には、また松坂をアンカーにするつもりだ。謎の松坂世代をたくさん見つけて、リストを持って取材に出向こうと思っている。

厚かましいお願いだが、そのときには5分でも10分でも長く、できれば時間無制限のインタビュー取材をさせてくださいね、松坂さん。

■プロフィール
矢崎良一(やざき・りょういち)
1966年山梨県生まれ。出版社勤務を経てフリーランスのライターに。野球を中心に数多くのスポーツノンフィクション作品を発表。細かなリサーチと“現場主義”に定評がある。著書に『松坂世代』(河出書房新社)、『松坂世代、それから』(インプレス)などがある。

■著書紹介
松坂世代、それから
著者:矢崎良一 (スポーツライター)
発行日:2020年8月24日
定価:2,420円(税込)
プロローグを無料公開中

関連記事