
昨年行われた東京五輪に男子ハンドボール日本代表のキャプテンとして出場した土井レミイ杏利。大会終了後に代表引退を表明したが、ジークスター東京に所属する今も、日本ハンドボール界のトッププレーヤーとして活躍を続けている。
そんな彼は、Tik Tokでフォロワー500万人(※2022年2月24日時点)を誇る「レミたん」という、もう一つの顔を持っている。
Tik Tokクリエイターとして10代の若者から圧倒的な支持を集める一方、競技でも第一線でプレーを続ける異色のアスリートは、2月15日に自身初の著書『レミたんのポジティブ思考 “逃げられない”なら“楽しめ”ばいい!』を発売した。
本書では、自身の生い立ちから東京五輪、代表引退までの競技人生はもちろん、「レミたん」としてSNSで世界的な支持を得ることになった経緯まで、余すことなく綴られている。
日本では「マイナースポーツ」と呼ばれるハンドボールのイチ選手が、いったいどうやってインフルエンサーとなったのか。土井は「競技を普及しようと考えなかったこと」が大きな理由だったと語る。王道とは真逆とも思えるその言葉の真意とはなにか──。
(引用:レミたんTikTok)
■目次:
・「友人を楽しませる」ことから始まったTikTok
・「競技の普及」だけを目指すと外の世界には届かない
・“努力”は“夢中”には勝てない
・アスリートにも「本業+α」が求められる時代
「友人を楽しませる」ことから始まったTikTok
土井がTik Tokを始めたのはフランスリーグ・シャルトルというチームでプレーしていた2018年8月のこと。キッカケは、友人からのススメだった。
「日本では流行り始めていたかもしれないですけど、フランスではほとんど流行っていなかったので、そもそもTik Tokがなんなのかすらよく分かっていませんでした。でも、友人がとにかくゴリ押ししてくるので、仕方なくアプリをダウンロードしてみたんです(笑)」
このアプリがいったいなんなのかも理解できていないまま動画を投稿すると、それを見た友人が喜んでくれた。それがうれしくなって、定期的に動画をアップするようになっていった。
「Twitter、Facebook、Instagramは活用していましたけど、Tik Tokは完全に『身内ネタ』という感覚でした。フォローしてくれている友人に向けて、ふざけた動画をアップするのがメイン。ところがある日、投稿した動画の再生数が急に伸びて、たった1日でフォロワーが4000人も増えたんです。その拡散力にも驚きましたが、さらにビックリしたのが新しいフォロワーのほとんどが、ハンドボールとは関係ないユーザーだったことです」
「競技の普及」だけを目指すと外の世界には届かない
ほとんどのアスリートは、SNSを「競技の普及」「ファンとの交流ツール」として活用している。マイナーと呼ばれる競技であればあるほど、その傾向は顕著だ。
「僕も、それまではSNSを通して『ハンドボールを知ってもらいたい』という意識を持っていました。実際に投稿する内容も、そのほとんどがハンドボールに関連するもの。ただ、友人を楽しませたいという思いでやっていたTik Tokでいきなりフォロワーが増えたことで、あることに気付いたんです。それは、『ハンドボールのことだけを発信していても、外の世界にいる人には届かない』ということ。考えてみれば、当たり前ですよね。そもそもハンドボールに興味のない人、その存在すら知らない人に向かって、どれだけ『ハンドボールってこんなに魅力的なんだよ!』とアピールしても、ほとんど刺さらない。野球やサッカーのようにすでに多くのファンが存在するスポーツやアスリートは別ですけど、『マイナー』と呼ばれる競技の選手がいくらその素晴らしさを訴えようと思っても、結局は、もともとそのスポーツを知っている人にしか届かないんです。それでは、本当の意味で『競技の普及』にはつながらないですよね」
ハンドボールとは無関係のフォロワーが4000人もついたことで、あることを思いつく。
「このまま自分が楽しいと思う動画をアップし続けてフォロワーを増やしてから、タイミングを見て『実は僕、ハンドボール選手なんです』と明かそうかなと。そのほうがインパクトがあるし、フォロワーはみんな、僕個人に興味を持ってくれている人たち。だから「ハンドボールをやっている」と突然打ち明ければ、僕だけでなくハンドボールにも興味を持ってくれるんじゃないかなと思ったんです」
ハンドボールの動画を「封印」してフォロワーを増やし続けた土井はある日、満を持してハンドボール選手としてプレーする自身の動画をトレンドの音源と合わせて投稿した。
「最初は、ほとんど信じてくれませんでした(笑)。『レミたん』とのギャップがあまりに大きすぎて、『よくできた合成だ』『どうせ、ネタ動画』という声も多かった。正直、五輪が終わった今でも、フォロワーの半分くらいは僕がハンドボール選手だと知らないと思います」
ただ、土井はそれすらも織り込み済みだった。Tik Tokのフォロワー全員にハンドボールに興味を持ってもらうことは不可能であり、そのうちの1割か2割が興味を持ってくれるだけでも競技の普及には大いに役立っている。分母が大きければ大きいほど、その効果も比例する。
「Tik Tokを見た人から『試合に行きます!』という声も聞きますし、何よりうれしかったのは、「ハンドボールを始めました」というレミたんのファンだった子供が何人もいたことです。ファン層の拡大だけでなく、競技人口の増加にも少なからず貢献できているんだと思ったら、自分のやってきたことが間違いじゃないんだと実感できます」
“努力”は“夢中”には勝てない
アスリートとしてトップレベルのパフォーマンスを維持しながら、Tik Tokで数百万人のフォロワーを楽しませ続けるためには、相当な労力が必要になる。事実、最新のトレンドを常に把握するために、空いた時間はなるべくTik Tokなどで他ユーザーの動画もチェックしている。
「1日2、3時間見ることもあります。なにが流行っていて、これからなにが流行りそうかはもちろん、単なる二番煎じにならないように自分流のアレンジも加える必要があります。でも、自分のなかでそれは『努力』ではありません。これはハンドボールにも言えることですけど、『努力』をしている感覚がない。たとえば、数十時間かけてテレビゲームをクリアしたとき、『努力した』という人っていないですよね? 僕にとってはハンドボールがそれ。夢中になれるから練習するし、つらいとも思わない。Tik Tokも同じ。『楽しい』『夢中になれる』から、動画のネタを考えることも、自分で撮影や編集することもまったく苦ではないんですよね」
努力を努力と思わず、自身が楽しむ姿勢が伝わったこと。それが、「レミたんがなぜ480万人ものフォロワーに支持されているのか」の答えの一つだろう。
「『どうやったらフォロワーが増えるの?』という問いに対して、『こうしたら増える』という正しい答えはないと思います。ただ、僕の場合は自分が楽しんでいることに加えて、『ギャップ』も意識しています。ハンドボール選手としての自分とレミたんがまるで別物なのは、僕の動画を見てもらえれば分かると思います(笑)。その意味では『カッコつけない』ことも重要かもしれません。ダサくてもいい。とにかくみんなを楽しませることが重要で、それが自分自身の楽しさにもつながる。その好循環があるから、多くの人に楽しんでもらえているのかなと」
アスリートにも「本業+α」が求められる時代
Tik Tokフォロワー数は、東京五輪終了時は約250万人。その後、年末にアップした動画が海外を中心にバズった影響も大きく、わずか2カ月程度でさらに250万人以上を獲得したのだ。
「拡散力のすごさを感じますし、Tik Tokはまだまだ可能性があると実感しています。今はアスリートに限らず、タレントさんもお笑い芸人さんも、本業+αが求められる時代。僕にとってはそれがTik Tokなんですけど、『レミたん』としてみんなを楽しませながら、『土井レミイ杏利』としてハンドボール選手のキャリアもまっとうしたいと考えています」
フォロワー500万人を誇るTik Tokクリエイター、レミたん。東京五輪に出場した元ハンドボール日本代表、土井レミイ杏利。2つの顔を持つ、紛れもない同一人物。人を喜ばせることに長けた、マイナー競技の未来を考える人。今はまだ、彼にしかできないような生き様が“異色”と言われるかもしれない。だがいずれ、この「新しいアスリートのカタチ」は、各競技をリードするトップアスリートの多くが体現する“トレンド”として、バズっていくかもしれない──。
土井レミイ杏利『レミたんのポジティブ思考“逃げられない”なら“楽しめ”ばいい!』(日本文芸社)
■プロフィール
土井レミイ杏利(どい・れみい・あんり)
1989年9月28日生まれ、32歳。千葉県出身。フランス人の父と日本人の母の間に生まれ、小学3年生の時にハンドボールを始めた。全国でも屈指の強豪校である浦和学院高校へ進学し、大学も全国トップの日本体育大学へ進む。その後、語学留学を目的にフランスへ渡り、2012 年に1部リーグに属するシャンベリ・サヴォワ・ハンドボールのセカンドチームの練習に参加。同チームのトップ昇格を機にプロ契約を結ぶ。2014-15シーズン序盤からスターターに抜擢されると、驚異のシュート成功率75.61%を記録し、チームをリーグ4位、EHFカップ出場権獲得に導く。2017年2月にパリで開催された「ハンドスターゲーム2017」の外国人国籍選抜チームとして、日本人ハンドボール選手史上初の出場を果たす。6シーズン、フランスでプレーした後、2019年7月より日本ハンドボールリーグに所属する大崎電気OSAKI OSOLにてプロ契約。2年間プレーし、2021年5月にジークスター東京へ移籍。東京2020大会をもって、ハンドボール現役日本代表を引退した。ハンドボール以外でも多彩な才能を発揮し、ダンス、楽器演奏、マインドフルネスなど様々な趣味を持つ。TikTokのフォロワーは、500万人(2022年2月24日現在)を超え、TikTokクリエイターとしても注目を集めている。
TikTok(500万人):@anriremi
Instagram(29.6万人):@remianri
Twitter(1.6万人):@remianri
公式ホームページ:https://anridoi.com
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