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太田雄貴の危機感。「スポーツのライバルは、他の娯楽です。他競技ではないんです」

UPDATE 2021/09/28

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現役時代に、北京オリンピックやロンドンオリンピックのフェンシング競技で銀メダルを獲得した太田雄貴氏。日本フェンシング協会会長に就任後は、様々な改革を実施してきた。

そんな太田氏が、2021年4月1日に発足したばかりの日本ハンドボールリーグの理事に就任して大きな話題となった。

太田氏はなぜ、ハンドボールというこれまでとは全く違った競技の理事を引き受けたのか。
Smart Sports News 編集部は太田氏にインタビューを実施し、ハンドボールリーグ理事就任の経緯や求められているもの、さらにはハンドボールリーグの未来について話を伺った。

「それってなんで?」を大事にしてきた

──太田さんは2017年から4年間、日本フェンシング協会の会長を務められました。

太田雄貴(以下、太田) これは自分の講演などでお見せしている、昔の全日本フェンシング選手権大会の写真です。ロンドンオリンピックで銀メダルを獲った直後に行なわれた大会で、ロンドンのファイナリスト2人が決勝を戦っている場面です。

──これは……“無観客開催”ですか?

太田 われわれは時代を先取っているので、コロナがない時から無観客の対応をしていました(笑)。

パッと見てお客さんがいないことも問題ですが、それ以上にゴミが落ちていることやフロアシートがめくれているなど、基本的な部分ができていない。さらに、お客さんとの距離も遠いです。当時のフェンシング協会は、そもそもお客さんを入れようという発想がなかったのです。

僕自身が現役時代から大事にしているのが「それってなんで?」という視点です。フェンシングは選手の顔が見えないですし、剣の動きが早い。そもそもルールがわからないなど、いろいろな課題がありました。

──その課題を克服した要因の1つが、デジタル技術との融合だった?

太田 フェンシングのルールがわからなくても、演出を工夫することでお客さんの満足度を高めることはできます。デジタル技術を用いたこともそうですが、試合と試合の合間にエンタメ要素を入れてみたり、会場をカッコよくしてみたりなどのアイデアに着想する。そうすると会場自体に付加価値がついているので、チケットの単価も上げやすくなります。

──各スポーツ団体は、課題を見つけて解決案が思い浮かんでも「お金がない」という結論に行きがちです。フェンシングでは、そこをどうやって変えていったのですか?

太田 お金は最後までありませんでしたし、足りなかったです(笑)。例えばプロ野球の収益の柱は、放映権、チケット代、グッズです。しかしフェンシングはそもそも観ている人が少ないため、放映権は取れない、チケットも売れない、グッズも伸びない。ほとんどがスポンサー頼りでした。

それまでは、1大会につくスポンサーは合計で数百万円ほどでしたが、僕が会長だった期間では最終的に5000万円ほど集めました。全日本選手権では、3日間の大会で8000万円を集めてくることもありました。

──そもそもお客さんが来なかった大会に、どうやって付加価値をつけていったのでしょうか。

太田 決勝を、別日に移動することですね。

フェンシングは柔道やレスリングと同様に”トーナメント競技”で、1日で予選から決勝まで完結します。結果、誰の試合がいつ始まるかわからない。会場に行ったらお目当ての選手が、すでに負けているかもしれませんし、勝ったとしても次の試合まで2時間待ちもありえる。ライトな層が硬い椅子で1日を通して試合を観るのは辛いことです。そこで対戦カードが早めにわかるように、まずは準決勝まで試合を進め、6種目ある決勝を別日に実施し、決勝戦の6試合がパックになったチケットを売りました。

また、プライベートで行った花火大会からヒントも得ました。実は、花火は1つ1つにスポンサーがついています。フェンシングも、6カード全てにゲームスポンサーを付けたんです。企業の皆さんはワン・オブ・ゼムで表示されるよりも、短くても自分たちで独占できる形が嬉しい。「この1試合だけ、御社のやりたい演出を入れられます」という形でゲームスポンサー枠を出すと、一瞬で売れました。

──ドラゴンクエストウォークとのコラボもその一環ですか?

太田 そうですね。ドラゴンクエストウォークさんとの取り組みでは、会場全体のトーンは合わせつつも、選手の入場曲がドラクエになったり、心拍数を表示するハートマークの部分をスライムにしてみたり。大会のトーンを崩すことなく、ワクワク、ドキドキするものが作れました。

──フェンシングが大きなインパクトを与えたのが全日本選手権を東京グローブ座で開催したことです。屋内競技の会場といえば体育館が当たり前という常識を覆しました。

太田 通常の大会では、予選は4面ほどのコートを使って試合をしますが、決勝は会場のコートを1つ作り直して実施します。試合数が多い予選を、東京グローブ座では実施できませんが、決勝なら1試合分のスペースがあればどこでもできます。

──逆転の発想ですね……。

太田 さらに、準決勝と決勝を別の会場でやるのなら、試合日程が空いてもいい。決勝のカードが確定してから、チケットをセールスできます。決勝を集約型にする、会場を変える、試合日程を空ける、この3つを変更するだけで、見え方は今までと全く変わります。

──現役引退からわずか2年、31歳で会長に就任され、数々の改革を実施されました。アスリート時代からノウハウの蓄積はされていましたか?

太田 実はノウハウなんかはなくて、自分は大したことないと思っています。ただ、うまくいっているところには何かしらの理由が必ずある。だから、何にでも興味関心を持つようにしています。人はめんどくさがり屋なので、行くまでは大変ですが、行けばなんとかなるものです。

もっと、もっと、もっと強い接点が必要になる?

──フェンシング協会の会長を退職されて、今年5月からハンドボールリーグの理事を務められています。なぜ引き受けることにしたのでしょうか?

太田 ハンドボールリーグの代表理事が葦原一正さんだったからです。実績のある方ですし、学ぶものが多いと思いました。そのなかで、少しでも僕がやってきたことをアウトプットできるのであればご協力できますと伝えました。

──ニュースでは、太田さんのハンドボールリーグ理事就任が大きく取り上げられました。

太田 おそらく葦原さんは、そこも含めてわかっていたと思います(笑)。「ハンドボールの代表になったんですか?」という問い合わせがたくさん来たので。ただ、僕はワン・オブ・ゼムです。あくまでも葦原さんを支える1人の理事として、頑張りたいと思っています。

──葦原さんから、具体的に学びたいところはどういう部分ですか?

太田 葦原さんがよくおっしゃっる、「ガバナンス」と「構造」です。どういう構造でリーグを成り立たせているのか。今のハンドボールリーグは実業団チームが多く、チームの経営状態も芳しくない。リーグも経済的に裕福とは言えないなかで、ビジネスとしてどうやって稼ぐのかを学びたいですね。

──ハンドボールリーグ側からは太田さんに何を期待されていると感じますか?

太田 大会実施に関する部分だと思います。自分は全体的なプロデュースが得意で、「ここをこうした方がいい」などを、チームにも説明していきたい。オリンピックのハンドボール競技を見て、思うところはたくさんありました。ただ、今からBリーグを改革するよりも、ハンドボールを改革した方が伸びしろは多いと思いました。

──伸びしろが多いということは、逆に課題も多いということ?

太田 はい。オリンピックの会場で、ハンドボールの関係者に「何が面白いか」を聞いてきました。「最高に面白い」「バスケより点は入らないが、サッカーよりは点が入る。いいとこ取り」などの声をよく聞きました。でも、すごく申し訳ないですが「試合を観に行こう」とまでは思えなかった。つまり、ハンドボールの魅力をうまく言語化できていないわけです。「ハンドといえばこれだよね」を作り上げる必要があると思います。

オリンピックで見ていても、床は木目調じゃないとダメなのか、ゴールは赤白じゃないとダメなのか、様々な疑問が浮かびました。まずは、疑問を持つことが大事だと思います。一つ成功事例ができれば、ハンドボールに限らずフットサルなど他のアリーナ競技にもシェアできるはず。

今後は、スポーツ団体による“協業”が望ましいと思っています。スポーツのライバルは、ゲームなどの娯楽です。スポーツとしてまとまって戦わないと、打開策がなくなる可能性はありますね。

──そのスポーツならではの魅力を作らないとお客さんは呼べない?

太田 プロダクトが良くないとチケットは売れません。プロダクトとは、ハンドボールそのものの価値や見せ方です。来年のJHLファイナルは満員にすることを目標に掲げていますが、お客さんがきた時に「わーっ」と言えないものはダメです。

SNSで10万人のフォロワーがいる人に告知をしてもらっても、お客さんは来ません。実際にチケットを購入してもらうためにはもっと、もっと、もっと強い接点が必要です。

フェンシングの会長をしていた初年度は、チケットを手売りしていました。来ていただければ「面白い」と言わせられるぐらいまで、プロダクトに自信があったからです。

まずは最低限、面白いプロダクトの状態にする。そうでないとせっかく来てくれたお客さんが嫌いになって帰るという、最悪の事例になります。まずは、楽しかったと思ってもらえる状態を作ること。ソーシャルだけでは人は来ません。

──フェンシング時代から太田さんの仕掛けはメディアで大きな話題を呼ぶことが多かったです。どうやって発信力を高めていったのでしょうか?

太田 「自分がメディアの人間だったら、どういう切り口で記事を書くかな」という目線です。東京グローブ座の時は、「東京グローブ座」、「(5倍にした)チケットの単価」、「売り切れ」の3つのキーワードを設定しました。

当時はスポーツ界の不祥事が続いていたので、「フェンシングの若い会長が希望の星です」みたいな形だと押し出しやすい。ハンドボールでも何をニュースとして届けて欲しいのかを考える必要があります。お客さんは何を欲していて、メディアはどうすると書きやすくて、われわれは何を伝えたいのか。そこを整理するとすごく発信のメッセージはやりやすくなると思います。

太田雄貴が考える「ガバナンス」の重要性

──こうした話は理事会でもされていますか?

太田 今の理事会のメインテーマは「規約」と「ガバナンス」です。アスリートで言うと、ひたすら下半身トレーニングをしているイメージ。上半身は後回しで、ひたすらスクワットとデットリフトばっかりやっています。

スポーツリーグを健全な状態で運営するにはスタープレーヤーに依存しない組織作りが重要です。1人のカリスマ的な人間に頼っている状態では組織として脆くなります。

今のハンドボールはしっかりとしたガバナンスを作っていて、それができれば仮に葦原さんがいなくなったとしても組織として動き続けられる。スタープレーヤーに依存せず、ちゃんとルール決めされていることで、結果的に選手や役員などの人や組織を守ることができる。そこが肝だと思います。

──最後に、太田さんらハンドボールの新しい理事の方々が見据える目標は?

太田 葦原理事長の考えは、ビジネスとしてしっかり回るリーグを作ること。われわれは、それを全面的にバックアップしたいと思っています。選手、クラブチーム、リーグの3者が、稼ぐことに対してポジティブになることが大事です。

この1年で目線を合わせることが大事で、そのためには対話が必要。向き合って、膝を付き合わせることでしか解決しないことは多い。関わる人たち全員の目線を高い位置で合わせて、稼げる組織になることがハンドボールリーグとしてやることだと思っています。

■プロフィール
太田雄貴(おおた・ゆうき)

2008年に行われた北京オリンピックのフェンシング男子フルーレ個人で、銀メダルを獲得した、日本初のフェンシング銀メダリスト。2012年のロンドンオリンピックでは男子フルーレ団体戦で、日本史上初となる団体銀メダル獲得した。2017年に公益社団法人日本フェンシング協会会長、2018年に国際フェンシング連盟副会長に就任し、2021年にはハンドボールリーグの理事に就任。現在は日本人3人目となるIOCアスリート委員も務めている。

■クレジット
写真:太田雄貴さん提供、JHL提供
インタビュー:北健一郎(Smart Sports News編集長)、上野直彦
構成:川嶋正隆

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