
写真:町議会議員選挙に当選した及川はるな氏/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
人口8,000人程度の町が抱える深刻な人材不足に、3人制バスケットボールの小さなチームは貢献できるのか。
3人制バスケの世界最大のプロリーグ『3x3.EXE PREMIER』に2022年から参戦するチーム「ESDGZ OTAKI.EXE」(エスディージーズ オオタキ エグゼ)では、選手が千葉県南部の大多喜町で農業に従事しながら、3人制バスケの選手活動を続ける。
4年前の設立当初は、町民から懐疑的な視線を向けられたこともあった“農業兼プロバスケットボール”の活動だが、清掃活動や小学校訪問などを地道に3年、4年と続けていくうちに、町にとって無くてはならない存在になってきた。
もっと大多喜町にコミットしたい。
試合の勝利よりも、この町のヒーローになりたい。
その意識と、町との結束が高まった結果、2025年1月19日、25歳のチームマネージャーが立候補した町議会議員選挙に当選したのだ。
いったい、町とチームに、何が起きているのだろうか。

写真:選挙活動中の及川はるな氏/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
▶︎【前編】勝利か地域貢献か。農業に取り組む3x3バスケチームが問いかける「プロの存在価値」
若きマネージャーが町議選に挑戦、そして当選
── 「ESDGZ OTAKI.EXE」のマネージャーが町議会議員選挙に当選したと聞きました。
近藤: そうなんです。いま、チームスタッフは若い女性が3人なんですが、その中で一番年上の25歳のマネージャー・及川はるなが、2025年1月の大多喜町の町議会議員選挙に立候補し、当選しました。

写真:選挙活動中の及川はるな氏/提供:ESDGZ OTAKI.EXE

写真:チームスタッフ女性3人/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── そもそも、及川さんはなぜ議員に立候補したんでしょうか。
近藤: もともと彼女は、地域の体育館管理や学校との調整などを担当していました。町の仕組みや条例を見ていくなかで、“もっとよくできる余地がある”と思うようになったようです。
ちょうどその時期、現職の議員の方が引退されることを知って。
── タイミングも合ったんですね。
近藤: 及川も被選挙権を得られる25歳の年だったので、運命的なものを感じたと言ってました(笑)。
どうだろうと本人に打診すると即答で“出ます”と。チームみんなで選挙活動を行い、結果、被選挙権を得たばかりの25歳なので日本最年少当選、大多喜町ではそれ以前の最年少議員が45歳くらいだったので、大幅に若返りました。

写真:チーム一丸となって臨んだ選挙/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
表では反発、内心では期待──“新しい風”が町に吹くまで
── でも、選挙のような場面だと慣例を重視する勢力から反発はなかったですか。
近藤: 古い町なので、新しいものを拒絶する面は確かにあって、いろんな壁にぶち当たりました。
でも、みなさん集まった場面では反対も多いんですが、個別でお話を伺うと“もうあなたたちのような人が変えないと、ここは衰退していく一方だから”と期待してくださるんです。
── 面白いですね。表では言えないけれど、内心は期待している。
近藤: 若い人たち向けに選挙活動をしたというより、70、80代の高齢者、歩けなくなった方などが結構応援してくださって、当選に結びついたと思っています。
当選報告をするチームのFacebook投稿
── 町に新しい風が吹きますね。どんな改革を始めていますか。
近藤: 小さなところでは、これまで録音を聞いて書いていた議会報を、PCで自動で文字起こししたらいいのではと提案したり、及川はIllustratorを使えるので、画も文章も一気に作成し、議会報の作成もスムーズにできるようになってきているようです。
若い人が議員になることで、町の課題にいままでは出てこなかった議論が生まれることに期待をして下さる住民の方が多いようです。
町では、3x3で培ったスポーツ振興を活かし、アーバンスポーツ推進計画の策定作業も始まっています。

写真:大多喜城マラソン大会に参加した選手たち/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
「チームでここまで町の政治に絡めるんだ」──選挙が生んだもうひとりの主役
── これまで以上に実践的な形で町に貢献できそうですね。選手への影響は何かあるのでしょうか。
近藤: 今回、選手みんながこの選挙活動に参加してくれました。その中でも、この選挙活動に参加してすごく刺激を受けた人間が出てきて、それは個人的には嬉しかったですね。
若林行宗(わかばやしゆきもと)という選手なんですけど。

写真:若林行宗選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── チーム在籍が長い選手ですか。
近藤: いや、入って3ヶ月です。チームに入った瞬間に選挙があって、及川と同い年の25歳で、「チームでここまで町の政治に絡めるんだ」と衝撃を受けていました。選挙も完全に自分ごととして捉え、本気で戦ってくれました。
彼がいなかったら、この結果はなかったと思います。バスケにしろ、町のことにしろ、地域の活動に積極的にコミットしてくれています。今では、子ども向けの大会を自ら企画・運営するなど、リーダーシップも発揮していますね。
── 事業マインドが高い人にとっては、面白い環境ですよね。
近藤: おっしゃる通りですね。農業に限らず、ここはなんでもできる。なんでもできるから面白い。そう思える人が向いていると思います。

写真:若林行宗選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
実は銀座まで車で1時間半

写真:大多喜町の風景/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── 大多喜町の良いところを教えてください。
近藤: 住みやすいですよ。町にはスーパー1軒だけですが、車で30分行けば他のスーパーもあります。
amazonは、千葉に配送センターがある関係なのか、夜中の2時くらいまでだったら当日に届きます(笑)。
── 確かに、離島じゃなくて千葉ですもんね。
近藤: 車で銀座まで1時間半です。
── 思ったより近いですよね。
近藤: 意外と便利です。町は全員ほぼ知り合いのような感じで、まあ、それは良いのか悪いのかわかりませんが(笑)。
若い人にとっては、新しい風を吹き込める、やりがいがある場所だなと思います。
8,000人の町に、最初20代の選手6人が移住してきたとき、(“こんなに一度に20代が移住してくるのは)ここ50年無かった”と感謝されましたから。

写真:大多喜町で地元の人たちと/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
催し事を作る──サンタと呼ばれる選手たち
── 突っ込んだ質門ですが、バスケットボールも農業も、事業としては決して儲かる分野ではないと思うんです。
近藤: おっしゃる通りで、どちらも収益性は厳しいです。
だからこそ、新たな事業を手掛けるスタッフが育ってきたのが嬉しい。今年は施設の指定管理を請け負ったけれど、来年、再来年は何をどうする、とスタッフたち自身が考えてトライしてくれています。
── 逆に、それでもバスケット事業を続けていく理由は。
近藤: やっぱりスポーツの力は大きいんです。
先週も小学校に選手がボールの投げ方の指導に行くと、また来てほしい、学童でもやってほしいという声をもらいます。

写真:子どもたちを指導する選手たち/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── 確かに、子供の数が減ると、そこに割ける大人の労力も減ってしまいますよね。
近藤: 大多喜町には小学校が2つありますが、ひとつは学年10人を割っています。学童は2つ。中学、高校は1つずつです。
その学校に、毎年クリスマスには選手が赤い電飾をつけたトラックで回ってプレゼントを配ります。
── ああ、それはとても良い話ですね。
近藤: 子供たちから選手は“サンタの人だ”と言われています(笑)。夏には花火大会もできないかと企画しています。

写真:荷台を飾った“電飾トラック”/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── かつて青年団など町の若者が担っていた役割を、「ESDGZ OTAKI.EXE」が果たしているんですね。
近藤: 町に若者が減ると、催し事が少なくなるんです。子どもたちが楽しんで過ごせる時間、場所を作ることも私たちの存在意義なのかなと思います。

写真:子どもたちと触れ合う選手たち/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
自らの存在意義を問いつづけるチーム
農業だけに注目して取材を始めたが、少子高齢化の進む大多喜町で「ESDGZ OTAKI.EXE」は、名付けられない多くの“町にあったほうが嬉しいこと”を引き受けていた。
一般的なプロスポーツチームの興行は逆だ。余暇時間を奪い合うエンターテインメント競争で選ばれるためには、即効性のある成果や数字で、スポンサーや観客の支持を得なければならない。

写真:大多喜町で農業を営む選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
「ESDGZ OTAKI.EXE」の挑戦の革新性と、その日常の地道な活動。
現時点では、その環境は、バスケットを第一に考える選手にとっては魅力的な選択肢ではないのかもしれない。ビジネスの視点でも、経済合理性のない地域で大胆すぎる勝負をしているのかもしれない。
しかし真剣に、この国の「地域とスポーツのこれからのあり方」のひとつを提示している。
インタビュー中、“存在意義”という言葉が、近藤さんの口からたびたび出た。町議会議員まで生み出した、人口8,000人の大多喜町で暮らす小さな3人制バスケチームの、大きな挑戦である。

写真:大多喜町で地元の人たちと/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
▶︎【前編】勝利か地域貢献か。農業に取り組む3x3バスケチームが問いかける「プロの存在価値」
取材・文:槌谷昭人
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