
写真:「ESDGZ OTAKI.EXE」の選手はバスケと農業のデュアルキャリアだ/提供:「ESDGZ OTAKI.EXE」
デュアルキャリアにも、ほどがある。
なにせ、農業とバスケットボールなのだ。
3人制バスケの世界最大のプロリーグ『3x3.EXE PREMIER』に2022年から参戦する「ESDGZ OTAKI.EXE」(エスディージーズ オオタキ エグゼ)は、選手が千葉県南部の大多喜町で農業に従事しながら、3人制バスケの選手活動を続ける。

写真:ESDGZ OTAKI.EXE/提供:3x3.EXE PREMIER
もちろん、意義はわかる。
過疎化・高齢化の進む地方では、スポーツチームが“この地のために勝利を”と謳ったところで、本当に必要としているのは、地場産業を支える若い働き手だからだ。
チーム運営側、とりわけマイナー競技(野球やサッカーに比べての話だ)にとっても、地域課題の解決に真剣に向き合うなら、多くの地元企業が直面する人材不足の現実に、選手たち自身が関与していくことは、必然的な仮説だろう。

写真:大多喜町で農業を営む選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
しかし、農業だ。簡単ではない。
この事業が軌道に乗れば、就農者不足に苦しむ多くの地方と、勝利以外に地域貢献できる方法を探すスポーツチーム経営のモデルケースになる。
挑戦4年目。
「ESDGZ OTAKI.EXE」を運営するJPFagri(ジェイピーエフ アグリ)のオーナー・近藤真弘さんに話を聞いた。

写真:ESDGZ OTAKI.EXEを応援する近藤さん(写真左端)/提供:3x3.EXE PREMIER
農業とバスケ両立のきっかけは
── 農業をしながらバスケットをするチーム「ESDGZ OTAKI.EXE」(エスディージーズ オオタキ エグゼ)を作った経緯を教えてください。
近藤:はい。当社は「JPFagri」(ジェイピーエフ アグリ)という農業をメインとした会社で、大多喜町にゆかりがあったわけでなく、事務所をこの町にお借りしたことがきっかけです。
私がこの会社に入る前、群馬県で議員秘書をしていたとき、「MINAKAMI TOWN.EXE」(群馬県みなかみ町をホームとする3x3チーム)の大塚俊さん(オーナー兼選手)にお会いして、選手がデュアルキャリアで働くバスケットボールチームの話にすごく興味を持って。“こういうプロの姿があるのか”と、感銘を受けました。
2021年、議員が選挙で落選し、私も議員秘書の仕事がなくなったときにご縁をいただいて、この会社に入り大多喜町に来ました。
大多喜町は、居住人口8,000人を下回り、高齢化も進んでいます。若い就農者を募ろうというときに、だったら3x3のチームを作り、農業しながらバスケしませんか、と呼びかけたら来てくれるのではと思い、2021年にチームを作り、2022年に『3x3.EXE PREMIER』へという流れです。
── 応募は集まったんですか。
近藤:全国から60人ほど応募があり、40人ほどが受験し、6人を採用しました。立ち上げはすごく良かったですね。

写真:大多喜町の風景/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
「大多喜町に移住できるか」が条件
── 選手の生活スケジュールはどんな感じですか。
近藤: 勤務時間が8時間で、そのうち6時間が農作業を中心に、スポンサー周りなど。残り2時間が練習という感じですね。
練習は週3回くらいですが、当社が体育館の指定管理を請け負っていて融通が効くので、空いていればいつでも使える状態です。
── 選手はみんな大多喜町に住んでいるんですか。
近藤: はい。うちは“大多喜町に移住できること”が第一条件なので、外国人選手も町に住んでます。

写真:ESDGZ OTAKI.EXE/提供:3x3.EXE PREMIER
ほぼ選手たちだけで農作物を作る

写真:大多喜町で農業を営む選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── チーム運営法人で工作する田畑の広さってどれくらいなんでしょうか。
近藤:10町歩(ちょうぶ、東京ドーム約1個分)くらいですかね。だんだん広がってきて、どうしようかというところにきてます。
── 農作物は何を作っているんですか。
近藤: 種類は数え切れないですね。野菜は地産地消で、なかなか外に販売はできていませんが。選手が作った籠米はもちろんですが、今の時期では、大多喜町特産の筍ですね。
── 選手だけで作れるものなんですか。
近藤: お米はアドバイザーがひとりいますが、ほぼ選手たちで育てています。野菜なども専従者がひとりいるだけで、他はすべて選手がやってくれていますね。

写真:選手たちが作った“籠米”/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── 外国人選手も農業をするんですか。
近藤: 外国人選手だけは農業をせず、スクール事業だけなんです。実は去年までは日本人にもプロ契約があって、練習と試合だけ来る選手もいました。それは、参入一年目にあまりにもボロ負けしてしまったので。
── 勝つための補強ですね。
近藤: 外国人選手は大多喜町に住んで学校訪問などに絶対来てくれるから、まだいいんです。ただ、日本人選手で練習と試合だけ来る選手は、今年すべて契約解除しました。
やっぱり住んでもらって、この町に貢献してこそ私たちの存在意義があるので。
── 思い切りましたね。立ち上げから3年、選手はどんな様子ですか。
近藤: 6人移住してくれたんですけど、やっぱり選手はバスケメインで生活したいので、なかなかマッチしなかった部分もありますね。
いま立ち上げから3年経って、最初の6人はひとりになりました。
やっぱり町の仕事にコミットしたい人しか難しいのかなと。
「デュアルキャリアってバスケとデスクワークのことかと」
── でも、募集のときに、農業とバスケの両立を謳ってるんですよね。
近藤: まだ若い子たちなので、甘いと言えばそれまでですが、ある選手が言っていたのは“デュアルキャリアっていうのは、バスケットとデスクワークのことだと思っていた”と。
バスケットのスクール事業とかは積極的にやってくれるんですけどね。

写真:スクール事業を行う選手/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
町では谷底に下りられる選手が貴重
近藤:農業に限らず、清掃活動も当初反発がありました。
これまで大多喜町では、70-80代の人が5人くらいで道端のゴミを拾うくらいしかできなかった。我々に依頼があって、谷底を掃除してフェンスを貼って落下を防止する活動をしています。
この8,000人を切る町で、谷の下まで下りられる20代はほとんどいませんが、選手なら簡単にできる。
いてくれてよかったと言われる、それが自分たちの価値だと感じてほしいんですけどね。

写真:町の清掃を行う選手・スタッフたち/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
── 3x3.EXEが提唱する選手のデュアルキャリアにおいて“何をもってプロと定義するか”ですよね。
近藤: うちは「大多喜町のヒーローになる」ということを掲げています。
試合を捨ててまでやれとは言いませんが、町に必要な仕事をするほうが重要だと言い続けています。

写真:町の子どもたちから歓迎を受ける選手たち/提供:ESDGZ OTAKI.EXE
ストーリーこそチームの生きる道
── 明確で、とても価値があるコンセプトだと思います。共感する選手がどれだけ出てくるかですね。
近藤: なかなか難しくて、トライアウト受験者が増えないんですよ(苦笑)。
厳しく言いすぎかなと思いますが、でも、お互い無駄な時間を過ごさないほうがいいよねと。
── なるほど。
近藤: まず、町おこしのために自分たちが存在するので、勝利至上主義じゃない。町の方に応援してもらってこそのチームなんだと。
正直に言えば、勝つことが目的だったら、資金を使ってBリーグから選手を4人呼んできたほうが勝率は上がるでしょう。
でも、町の人に応援してもらって、そこでどうにかひとつ勝つ、そして決勝に残る、そのほうがストーリーがある。
町の人たちとストーリーを作ることこそが私たちの生きる道だと思います。

写真:ESDGZ OTAKI.EXE/提供:3x3.EXE PREMIER
“そんな片手間で農業はできない”
── 大多喜町側は喜んでくれてるんじゃないですか。
近藤: 最初は叩かれたりもしました(笑)。“そんな片手間で農業はできるもんじゃない”、“バスケ選手が何かやっても結局変わらない”と。
── それも田舎の現実ですよね。
近藤: でも3年、4年こうやって活動を続けてると“あなたたち、ちゃんとやってくれるんですね”と、いろんな依頼が来るようになりました。私たちの姿勢をわかってくださってきたのかなと、それは本当に嬉しいです。
逆に今は、町のいろんな仕事が、いったん私たちに相談が来るような感じです(笑)。
そうなってくると、今度はスタッフ、選手にも“もっと町のために”と自ら立ち上がる人間が出てきたんです。
大きな問いも小さな一歩から
プロチームは、勝利以外で存在意義を見いだせるか。
人口8,000人程度の町が抱える人材不足に、小さな3x3チームは貢献できるのか。
その大きな問いも、この3年間田畑で流した汗と、谷底で拾ったごみの数だけ、答えが生まれ始めている。
その一例を。
2025年1月、25歳のチームマネージャーが町議会議員に当選したのだ。
▶︎【後編】25歳最年少でチームマネージャーが議員に? に続く
取材・文:槌谷昭人
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