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「コロナが終われば解決」は理想論。スポーツ界が直視すべきリアルな現実

ビジネスモデルを変えるタイミング

──ライブエンターテイメント産業にとっては大打撃です。

木曽 これはどっちが良い悪いの話ではありません。私自身が産業側の人間なので、お客様たちに足を運んでもらう方が嬉しいですが、オンライン配信のビジネスモデルが確立できていれば問題ないと思っています。

スポーツにしても音楽にしてもコンテンツです。われわれは会場やスタジアムを通して、お客様にそのコンテンツを届けることが一番だと思っています。しかしお客様側が、オンライン視聴を求めているのであれば、ビジネスモデルを変えるしかない。オンラインでの視聴を求められているのであれば、それに合わせることが自然な流れです。

コロナ禍が明けて、お客様のニーズがどう変わるのかを注視して、変わっていくならわれわれも変わる必要がある。このままライブエンターテイメントを行なうことがダメと言う風潮でいくなら、消費に合わせてわれわれも変わる準備をしなければいけないということです。

──コロナ前を上回るためには、コロナ前に戻すことではなく、トータルで成長していけばいいという発想ですね。

木曽 コロナ前に戻すという発想があってもいいと思っています。戻りたいという思いは当然ですが、戻らない場合に変わる必要があることをわかっていないといけません。トータルで見てスポーツ産業の市場規模が大きくなれば、そこに関与している人たちは幸せに生き続けられます。

また、これからのスポーツ産業はスタジアムで5Gの敷設が始まることで、大きく変わっていくと思います。マスメディアに取り上げられなかったスポーツ競技が、インターネットを介して配信できるようになっていきます。

そこにコロナ禍が重なったことで、スポーツの配信サービスが加速しています。今後はオンラインが主流になる可能性を念頭に置いて、現場とオンラインの両方でビジネスモデルを作らないといけません。「コロナ前に戻るんだ」という思いはいいですが、それだけに固執してはいけません。

──これまでもアリーナを満員にしてきたようなメガアーティストや競技団体ならば、コロナ後も満員にできるかもしれません。そうではない人たちは、アリーナ規模を小さくしながらも配信をやる。2つのマネタイズポイントを作ることが大事になりますね。

木曽 お笑い芸人たちは、そういう動きをしています。地上波に出るところがゴールで、そこに至らない人たちは、劇場にお客様を集めてパフォーマンスを見せていました。しかし今は、劇場の運営ができない。だから、彼らはYouTubeの個人チャンネルで配信するようになりました。

スポーツや音楽の人たちも、そうならざるを得ない。今までのメジャースポーツのゴールは、マスメディアに放送してもらうことでした。しかし今は、限られた少ない枠を争うのではなく、インターネットメディアで何ができるかを探すべきです。

どんな業界でも、集客できないのならばビジネスモデルそのものを変える必要があると思います。

──大きな分岐点ですね。しかしリアルからオンラインに変わることで体験価値が下がるのでは?

木曽 そこは上がる部分と下がる部分があると思っています。ライブ感や場の雰囲気を含めた感動は、会場で体験する方が大きい。一方で、会場でしか見られなかったものが、手元のPCやスマホで恒常的に見られるようになっていく。これはまた別の価値があると思っています。リアルとオンラインでは、違うものを提供していると考えるべきです。

コロナ禍当初は、スタジアムでの観戦価値をそのままオンラインに置き換えようとしました。アバターを作って、仮想空間のスタジアムに座らせていました。しかしリアルの価値を、そのままオンラインに移行するのは無理です。違う価値を作るべきでしょう。

──リアルにはリアルの良さ、オンラインにはオンラインの良さがあると?

木曽 その通りです。なので、現在のスポーツ放送に違和感があります。今見ているものは、マスメディアが流しているものと同じです。われわれは、テレビで以前から見ていたものをオンラインでも見ている。オンライン前提で考えた場合は、違うやり方があると思います。

F1や競馬、競輪では、いろいろな視点での放送が、試験的に行なわれています。F1なら、コックピットを見たい人は、そこからの映像を見られるようになっています。

そのほかのスポーツは、今までマスメディアが放送していたものと同じ形になっている。オンラインならではの価値を作る必要があります。オンラインは、スタジアムで見るリアルと、マスメディアで見るものとの間にあります。リアルかマスメディアに寄せるのではなく、オンライン独自の配信を追求した方がいいです。

──オンラインがスタジアムでの観戦やマスメディアでの観戦よりも優れている部分とは?

木曽 例えば、オンラインは尺の規制がないところがウリです。劇場やライブハウスには1時間や2時間の尺があります。マスメディアも同様に、放送枠という尺の中に効率的に収まる放送をしています。

でもオンラインには尺がない。メイン配信をする傍ら、くだらない楽屋での裏トークが延々とあってもいいわけです。むしろそれがウリで、スポーツ競技の配信については、もっと何かができるのではないかと思います。

──しかしオンラインに移行すると成立しなくなる産業もあります。例えばスタジアムグルメなどは、スタジアムにくるお客様が減ると営業が難しくなります。

木曽 おっしゃるように、これまでとは別物になることでシュリンク(縮小)する人たちがいます。なので一方ではコロナ前の状態に戻す可能性は持っているべきで、既存の産業を守りたいという気持ちは必要でしょう。

この話は、コロナが収まっていない今だと、まだ少し早いかもしれません。しかしお客様を連れ戻すために、スタジアムに来る価値を高めることを考えなければいけません。それはスポーツ観戦を総合エンターテイメント化することに尽きます。

オンラインで代替可能な業界を生き残るためには?

──スタジアムでの観戦価値を高めるための施策?

木曽 そうです。スポーツを見ることは、オンラインでも可能だとわかりました。よって観戦の外側にどれだけの付加価値をつけるか。そのためには1つの統合体験にすること。オンラインのビジネスモデルを考えることと並行して、スポーツ観戦の総合エンターテイメント化も考えておく必要があります。

これはカジノ業界も同じ。われわれはコロナに関係なく、2000年代半ばからオンラインカジノに取って代わられている業界です。ギャンブルのゲームを提供するだけなら、オンラインで可能となっています。

だからこそ、カジノ業界はこの15年ほどで統合型リゾート化を進めています。つまりはギャンブルの外側の整備です。

──シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズなどは、カジノを中心とした複合型エンターテイメント施設が並んでいます。

木曽 まさに、滞在の価値を高めた結果があの形です。ゲームを提供するだけではなく、遊びに行く人たちが何を求めているのかを考えて作られています。宿泊施設、食事をする場所、ゲーム以外のエンターテイメントなどが加わり、今ではショッピングセンターやリラクゼーション施設も併設されています。

──オンラインでは味わえない価値を提供していくことが大事ですね。

木曽 今は、どの業界もオンラインで代替される恐怖を持っています。われわれもしかり、出版業界もそうでしょう。これまで紙で出していたコンテンツが、デジタルに代わっている。どの業界でも起こり得ることです。

そのなかでカジノ業界は、ゲームの外側に価値を作り出しました。同じようにスポーツ業界も、観戦の外側にどれだけ価値を作れるかだと思います。そこを本気で考えなければ、オンラインが手軽になるに連れて、リアルで見る価値はなくなっていくでしょう。

──観戦の外側の価値創造は、徐々に日本のスポーツ界でも出てきていると思います。北海道日本ハムファイターズがやろうとしているボールパーク化はその例なのでは?

木曽 日本ハムもですし、そもそもはDeNAが横浜スタジアムでやり始めたことです。そこから、広がっていき、日本の野球ではモデルができつつあるように思います。サッカーはもう少し頑張らないといけません。その他の競技はまだまだですね。

──スポーツを見るだけなら、家で手軽に見られるオンラインに置き換えられてしまいますね。

木曽 このコロナ禍で、観戦はオンラインで可能だということがわかってしまいました。「それでいいや」と思われないようにしなければいけません。

ライブにはライブにしかない価値があります。みんなで観戦し、応援して、感動する。そういった特別な価値がありますが、それに甘えてはいけない。どんどん外側に向かって価値を増幅させる。そのためになにが必要かを考え続けないといけません。そうしなければ、オンラインに取ってかわられるでしょう。

■プロフィール
木曽崇(きそ・たかし)

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部首席卒業(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの会計監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。2014年9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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