
あなたは、なぜスタジアムへ行くのか。
推しのチームに勝ってほしいから。好きな選手を見たいから。友達に誘われたから。なんとなく毎年行っているから。
おそらく、これだという答えはひとつではないだろう。そして、その「なんとなく」の中に、実はとても大切なものが詰まっている気がしている。
本シリーズの前編・後編では、日本のプロスポーツリーグが「プレミア化」という言葉のもとに、構造そのものを変えようとしている現実を整理してきた。番外編では、オールスターという祭典を通じて、リーグが「何を届けようとしているか」の設計思想の違いを見てきた。
では、受け取る側はどうか。
リーグが変わろうとしているいま、「ファン」という存在もまた、静かに、しかし確実に変わり始めている。いや、むしろ変わることを求められている、と言った方が正確かもしれない。
シリーズvol.1:
日本プロスポーツの分岐点|構造が変わり始めた“現在地” 【前編】
シリーズvol.2:
日本プロスポーツの分岐点|プレミア化がもたらす“未来の輪郭”【後編】
シリーズvol.3:
オールスターは「本気」か「祭り」か|NBAと日本を分ける決定的な思想差【番外編】
スタジアムに来てもらうための戦略
日本だけの話ではない。
世界の主要リーグでも、ここ数年で「どうやってファンに来てもらうか」が、リーグ運営の一番大事なテーマになってきた。
わかりやすいのが、イングランドのプレミアリーグだろう。2022年に「Fan Engagement Standard(FES)」というルールを作り、全クラブに「ファンときちんと対話すること」を義務づけた。ファンの声を聞く委員会を作り、毎シーズン取り組みを公表し、改善し続ける。試合に勝つだけじゃなく、ファンをクラブ運営の仲間として巻き込んでいこう、という話だ。さらに2025年7月には、Microsoftと5年契約を結んだ。世界189カ国・18億人のファンに向けて、AIを使って「あなた向け」の観戦体験を届けようとしている。ここまで顧客情報をデータベース化しているリーグは他にないと言っても過言ではないだろう。
NBAはもっとシンプルで、「物語」でファンを引きつける。レブロン・ジェームズとその息子ブロニーが同じコートに立つ父子物語、若手スターの復帰劇、大型移籍のドラマ。バスケットボールを知らない人でも、思わず続きが気になってしまう。「次の試合を見たい」と思わせる理由を、試合の外側でも作り続けている。また、日本でも同じことが起きつつある。Bリーグは「B.革新」で「世界一型破りなライブスポーツエンタメ」を掲げ、アリーナでどれだけ楽しんでもらえるかを、トップリーグに入るための条件のひとつにした。「B.旅PROJECT」では、アウェイ観戦と地域観光を組み合わせて、試合だけじゃない体験をファンに届けようとしている。
「来てくれるだろう」から「来てもらうために何ができるか」へ。その問いに、世界のリーグが本気で向き合い始めている。
Following the Premier League’s publication of the Fan Engagement Standard, Manchester City can confirm that its established elected fan network, City Matters will continue to operate as the Club’s formal fan engagement programme.
— Manchester City (@ManCity) March 22, 2023
コア層・ライト層・地域住民という3つのファンカテゴリ
「ファン」という言葉は、しばしば3つにカテゴライズされる。
[1] 競技そのものが好きで、選手のスタッツまで追いかけているコア層
[2] 雰囲気が好きで、年に数回友達と行くライト層
[3] 地元にチームがあるから、なんとなく応援している地域住民
同じ「ファン」という言葉でまとめられているが、スタジアムに来る理由も、求めているものも、全然違う。では、それぞれをどうやって会場に連れてくるか。
コアなファンに対しては、試合の質と体験の質を上げることが一番の答え。プレミア化によってトップリーグの基準が上がるということは、そこで行われる試合のレベルも、演出も、アリーナの体験も上がっていくということでもある。コアなファンほど、その変化を一番敏感に感じ取る。「前より良くなった」と思ってもらえれば、来る頻度は自然と上がる。
ライトなファンに対しては、「最初の体験」をどれだけ印象的にできるかが勝負。Bリーグが「B.旅PROJECT」でアウェイ観戦と地域観光を組み合わせているのも、Jリーグが新規来場者の招待施策にこだわるのも、このライト層をどう取り込むかを真剣に考えているからだ。一度来てもらえれば、また来てもらえる可能性がある。でも最初の体験がつまらなければ、二度と来ない。最も、試合の内容に左右されてしまうことは一旦横に置いた状態での話ではあるが、だからこそ「初めて来た人が一番楽しめる試合」に招待施策を集中させることが重要になる。
地域住民に対しては、スタジアムを「試合を見に行く場所」以外の意味を持たせることが鍵になる。Jリーグのシャレン!では、ファンやサポーターが地域課題に主体的に関わる「市民協働」の動きが生まれており、2024シーズンだけで3,700を超える活動が展開された。スタジアムに来ることの意味が「観戦」だけじゃなく、地域とつながる場所になっている。「あのクラブがあるから、この街が好き」という感覚が生まれたとき、その人はもうただの住民ではなくなる。
話を戻すが、プレミアリーグのFES分析でも、ローカルファンを守るフラムFCとグローバル展開を狙うニューカッスル・ユナイテッドFCで戦略が真逆なように、「どの層に向けて設計するか」がクラブの個性になっていく。全員を同じやり方で連れてこようとしても、うまくいかない。3つの層それぞれに、それぞれの「来る理由」を用意できるかどうか。それが、これからのリーグとクラブに問われていることだ。
札幌市民防災センターにコンサドーレコーナーが新設されました✨✨✨
札幌市民防災センターでは地震、暴風、煙避難、消火等の体験をすることができます🚒⚠️
防災について考えてみましょう‼#consadole #コンサドーレ #シャレン https://t.co/WRBXKOC0vu
— 北海道コンサドーレ札幌公式 (@consaofficial) November 30, 2023
スタジアムへ行く理由を、自分で選ぶ時代へ
リーグが変わるとき、ファンも変わる。いや、変わることを求められる、と言った方が正確かもしれない。
前編・後編で見てきたように、日本のプロスポーツは今まさに「事業として成立するリーグ」を作ろうとしている。プレミア化によってトップリーグの基準が上がり、クラブの役割が分化していく。その流れの中で、ファンの側にも自然と問いが生まれてくる。自分はなぜ、ここに来ているのか。
シリーズvol.1:
日本プロスポーツの分岐点|構造が変わり始めた“現在地” 【前編】
シリーズvol.2:
日本プロスポーツの分岐点|プレミア化がもたらす“未来の輪郭”【後編】
これは実は、世界のリーグがずっと向き合ってきた問いでもある。NBAは「チームのファン」より「選手のファン」が増えるという現実と向き合い、選手一人ひとりを「物語のある主人公」として売り出すことに全力を注いできた。プレミアリーグはFESを通じて、ファンをリーグ運営の当事者として巻き込む仕組みを作った。どちらも共通しているのは、「来てくれるだろう」という前提を捨てたことだ。
日本のリーグもまた、その前提を捨て始めている。Bリーグの「B.旅PROJECT」は、観戦と旅をつなげることで「バスケが好きじゃなくても来られる理由」を作ろうとしている。Jリーグのシャレンはファンをただの観客ではなく、地域課題を一緒に解決する仲間として位置づけ始めた。SVリーグは企業スポーツの殻を破り、「世界最高峰」という目標を掲げることで、新しいファンが応援する理由を作ろうとしている。
リーグが「なぜ来てほしいか」を設計する時代に、ファンも「なぜ行くのか」を選ぶ時代になった。
推しチームに勝ってほしいから。好きな選手がいるから。友達に誘われたから。地元のチームだから。その理由はなんでもいい。ただ、「なんとなく」から「この理由で行く」へと、少しだけ意識が変わったとき、スタジアムの景色はきっと違って見える。そしてその選択が積み重なったとき、日本のプロスポーツの次の形が、少しずつ見えてくるはずだ。
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分岐点の先に、何があるのか
「プレミア」という言葉に、最初は笑った人も多かったのではないかと思う。バスケもバレーもアメフトも揃って「プレミア」。しかし、この連載を通じて見えてきたのは、「プレミア化」は名前の話じゃなかった、ということ。競技として成立してきたリーグが、事業としてどう生き残るかという問いに向き合い始めた。その答えのひとつが、トップリーグの基準を上げ、クラブの役割を分化させ、ファンとの関係を設計し直すことだった。
世界を見渡せば、プレミアリーグはFESを通じてファンをリーグ運営の当事者にしようとしている。NBAは選手の物語を売ることで、バスケットボールを知らない人でも「見たい」と思わせる仕組みを作り続けている。どちらも共通しているのは、「来てくれるだろう」という前提を捨てたことだ。日本のリーグもまた、その前提を捨て始めている。
ただ、構造が変わるだけでは足りない。
クラブが変わり、リーグが変わり、ファン体験が変わる。その連鎖が起きたとき、初めてプロスポーツは「事業としても成立するリーグ」になっていく。その意味で、今の日本のプロスポーツはまだ分岐点の途中にいる。変わると決めたリーグが、本当に変われるかどうか。
同時に、楽しみ方が広がるぶん、あなたも多くの選択肢を選べる立場にある。
なぜ、あなたはスタジアムにいくのか。その問いへの答えが増えていくほど、日本のプロスポーツの観戦はきっと、もっと面白くなる。
シリーズvol.1:
日本プロスポーツの分岐点|構造が変わり始めた“現在地” 【前編】
シリーズvol.2:
日本プロスポーツの分岐点|プレミア化がもたらす“未来の輪郭”【後編】
シリーズvol.3:
オールスターは「本気」か「祭り」か|NBAと日本を分ける決定的な思想差【番外編】
【参考】
https://www.premierleague.com/en/news/3117739
https://news.microsoft.com/source/2025/07/01/premier-league-and-microsoft-announce-five-year-strategic-partnership-to-personalize-the-fan-experience-with-ai-for-1-8-billion-people/
NBA Fan Engagement Strategy 2025: Digital Innovation, All-Star Weekend, and Constant Coverage
https://www.bleague.jp/new-bleague/
https://www.bleague.jp/btabi/
https://www.isportconnect.com/the-shape-of-fan-engagement-in-english-football-a-review-of-epl-club-fan-engagement-reports/
https://www.jleague.jp/sp/news/article/30946/
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