
サムネイル4枚全ての写真:AP/アフロ
アメリカの中でも、ニューヨークという街はスポーツという文脈において異様な存在だ。4大スポーツの球団が複数存在し、人口規模は巨大。さらにスポーツ以外にも無数のエンターテインメントがひしめき合う。それにもかかわらず、都市内ではファンダムが明確に分岐している。
ロサンゼルスやシカゴも似た構造を持つが、ニューヨークほど選択肢が過密な都市はない。多くの都市では「地元のチームを応援する」という自然な流れがある。しかしニューヨークでは、応援する対象を“選ばなければならない”。
この異質な都市で、人々はなぜそのチームを愛するのか。スポーツ都市であり、世界経済の中心地でもあるニューヨークを舞台に、個人がいかにしてスポーツと出会い、ファンになり、帰属していくのかを考えていく。それは単なる人気分析ではなく、ファンダムが生まれる構造の解体でもある。
前回記事:
“神”は偶然生まれない。ジョーダンやモンタナらに共通する“ヒーロー設計”の正体 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.9 -
ニューヨークで人気のスポーツは?4大スポーツが共存する都市
ニューヨークは、アメリカ国内でもプロスポーツが特に密集している都市圏として知られている。メトロポリタンエリア全体では、NFL・MLB・NBA・NHLといった北米4大スポーツリーグのチームが複数存在し、それが都市文化の多様性やファンダムの分岐を生み出している。具体的に見てみると、ニューヨーク都市圏には次のようなプロチームがある(※主に各リーグで複数チームを擁している例)。
| リーグ | チーム | チーム |
| NFL (アメフト) | New York Giants | New York Jets |
| MLB (野球) | New York Yankees | New York Mets |
| NBA (バスケ) | New York Knicks | Brooklyn Nets |
| NHL (アイスホッケー) | New York Rangers | New York Islanders |
米国の大都市の中でも、ニューヨークは最大規模のスポーツフランチャイズ数を誇り、MLB・NBA・NFL・NHLだけでも合計8チームを抱える。これほど多くのチームが同一都市圏に存在する例は、他都市と比べても稀であり、観戦機会やファン同士の交流・対立の密度を高める要因になっている。
これに加えて、サッカーのMLSチーム(ニューヨーク・シティFCやニューヨーク・レッドブルズ)や女子プロスポーツリーグのチームも存在し、複数リーグのチームが混在する「スポーツ密集地帯」になっているのがニューヨークの大きな特徴だろう。
このような環境は、単に「人気のスポーツがある」という次元を超えて、スポーツが日常的な文化・帰属意識の一部になる土壌を形成している。都市に住む人々は、様々なチームとの接触機会を通じて、それぞれのスポーツやフランチャイズを自分ごととして捉え、応援対象を選んでいくことになるのである。
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スポーツは“地元”ではなく“導線”で選ばれる
約70%のファンがスポーツを楽しむ理由
スポーツファンを形成するプロセスは単純に「地元だから」という理由だけではない。デロイトの調査(※1)では、人々がスポーツやチームを好きになる背景には複数の動機があることが示されている。
まず、単純にスポーツが娯楽的な魅力を持つことが大きな要因。デロイトの調査(※1)では、約70%のファンがスポーツを楽しむ理由として「エンターテインメント性」を挙げ、友人や家族との共有、日常生活の一部としてスポーツを楽しむ文化がファン形成の基盤になっていることが分かっている。これは、単に「地元に住んでいるから応援する」という単純な動機を超えた、生活行動としての“導線”の存在を裏付けているといえる。
さらに、スポーツ観戦には社会的帰属意識やコミュニティ感が伴うことが同調査から分かっている。心理学的な観点から見ると「ファンであること」は自尊心の向上につながり、孤独感を軽減する効果もあるとも紹介されている。つまり、人はスポーツを通じて仲間や集団とのつながりを求める傾向があるという。この効果は単なる娯楽消費を超えて、個人のアイデンティティや社会的関係性そのものに影響する。
ニューヨークでは“接触頻度”がファンダムを決める
多くの都市では、スポーツファンは「地元のチームを応援する」という自然な流れの中で生まれる。しかしニューヨークではその前提が崩れる。NFL、MLB、NBA、NHLの4大スポーツすべてに複数チームが存在し、都市内だけで選択肢が完結してしまうからだ。地理的な“地元”は同じでも、応援対象は分かれる。
スポーツファンダムに関する調査では、ファン形成の要因として「地理」よりも「接触機会」や「共有体験」が重要であることが指摘されている。デロイトのレポートでも、スポーツは家族や友人との体験共有、日常的なエンターテインメント接触を通じて定着すると分析されている。
ニューヨークは全米最大のメディア市場(※3)であり、テレビ・広告・街頭ビジュアルを通じてスポーツへの接触が極めて多い都市でもある。地下鉄の車内広告、スポーツバーの中継、オフィスでの会話。どのチームが“日常の視界に入り続けるか”が、そのままファンダムの入り口になる。さらに、ニューヨーク市は州外出身者や移民の割合が高く、生まれ育った“絶対的な地元チーム”を持たない住民も多い。だからこそ、この街では「生まれで決まる応援先」よりも、「生活導線の中で最も触れたチーム」が選ばれる傾向が強まる。
ニューヨークにおいてスポーツは、血縁や出身地よりも、日常の接触頻度とコミュニティ体験によって決まる。つまりこの都市では、ファンダムは“地元”ではなく、“導線”の中で形成されるのである。
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ニューヨークのエンタメの中心地とも言えるマディソン・スクエア・ガーデン(「The Garden」や「MSG」とも称される)
ニューヨークは“勝者”よりも“物語”を愛する
ニューヨークは結果に厳しい都市だ。ビジネスも芸術も、競争は熾烈だ。しかしスポーツにおいて、この街は単純な「勝利至上主義」では説明できない。勝敗以上に、語られ続ける物語がファンダムを支えている。
それは、この都市の“過密性”と深く関係している。
過密都市だからこそ、ファンは濃くなる
ニューヨーク都市圏は全米最大規模の人口を抱え、メディア市場も全米1位(※4)である。
4大スポーツすべてに複数チームが存在し、都市内で対立構造が成立する環境は、全米でも極めて珍しい。選択肢が多いということは「どちらでもいい」ではなく、「どちらかを選ぶ」ことを迫られるということだ。この“選択圧”がファンダムを濃くする。
例えばMLBでは、ヤンキースとメッツのファン層は地理・世代・家族背景で分かれる傾向があると指摘されている。さらにニューヨークでは、スポーツの熱狂が都市スケールで可視化されやすい。優勝パレードは数百万人規模に達することもあり、2009年のヤンキース優勝パレードには約200万人が集まったと報じられている。
一方で、熱狂は時に暴走する。1977年、ヤンキースのワールドシリーズ制覇時には市内で混乱や破壊行為が発生したと報じられている。勝利は祝祭になるが、祝祭は時に制御不能になる。都市が巨大で、ファンが濃く、感情が集団化しやすいからだ。ニューヨークではスポーツは“見るもの”ではなく、“参加するもの”になる。そして参加型の熱狂は、強度を持つ。
スポーツは会話の通貨になる
ニューヨークでは、スポーツは社会的資本の一部になる。この街は移民と州外出身者の都市であり、出身地がバラバラだ。共通言語が必要になる。そこで機能するのがスポーツだ。しかし重要なのは、「どのチームを応援しているか」が会話の入口であると同時に、立場の表明になる点だ。
ヤンキースかメッツか。
ニックスかネッツか。
ジャイアンツかジェッツか。
それは好みではなく、“どの物語側に立つか”の宣言だ。
この構造を最も象徴しているのがNBAのニューヨーク・ニックスである。ニックスは1973年以降、NBA優勝から遠ざかっている(2025年のNBA CUPは優勝したものの、PLAYOFFSでの優勝はない)。それでもマディソン・スクエア・ガーデンはリーグ屈指の観客動員を維持してきた。ForbesのNBAチーム評価(※5)でも、ニックスは近年もリーグ最高クラスの資産価値を誇っている。
ニックスは近年強豪チームとして君臨しているが、暗黒時代は非常に長かった。それでも価値は下がっていない。なぜか。
ニックスは「強いチーム」ではなく、「ニューヨークという物語そのもの」を体現する存在だからだ。マディソン・スクエア・ガーデンは“世界で最も有名なアリーナ”と呼ばれ、スポーツとエンタメの象徴空間になっている。ニックスの試合は単なるバスケットボールではない。都市文化のショーケースであり、セレブリティが最前列に並ぶ“舞台”でもある。
つまりニューヨークでは、勝利は一時的な熱狂であり、物語は都市の一部になる、という構造が成立している。勝者は称賛される。だがこの都市が本当に愛するのは、語り続けられる物語を持つチームだ。
ニックスはその最たる例である。勝率ではなく、存在感で語られるチーム。ニューヨークにおいてスポーツは、単なる結果の記録ではない。都市と結びついた物語であり、立場であり、アイデンティティなのだ。
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ニューヨーク・ニックスがNBA CUPで優勝した際の投稿は多くの反響があった
“頻度”が人気をつくる:MLB162試合とNFL17試合の違い
スポーツの人気は、強さでも歴史でもなく、「どれだけ都市の時間を占有するか」で決まる。
MLBは162試合。NFLは17試合。
この差は、単なる数字の違いではない。都市への浸透構造そのものの違いである。
MLBの場合は約6か月間、ニューヨークにはヤンキースとメッツの2球団があるためにほぼ毎日試合がある。つまり都市圏では、4月〜9月のあいだほぼ毎日どちらかの試合が行われている状態になる。これにより交通広告は毎日のように流れ、スポーツバーの放映日数も増え、SNSでの接触回数も非常に多い。
一方のNFLはたった17試合しかない。頻度は少ない。だがその分、密度が異常に高い。NFLは米国で最も視聴されているスポーツリーグであり、年間視聴率ランキングの上位の大半をNFL中継が占めている。
年間の総観客数で見れば圧倒的にMLBが上だが、視聴率で見るとNFLの方が高い。一見、試合数が圧倒的に多いMLBの方が生活に溶け込んでいるようにも思えるが、実際放映権料なども踏まえるとたった17試合しかないNFLの方が収益的には上である。
162試合は“地元との接触回数”を増やす ― MLBはなぜ都市密着型になるのか
MLBのレギュラーシーズンは162試合。ニューヨークにはヤンキースとメッツの2球団が存在するため、都市圏では4月〜9月の間、ほぼ毎日どちらかのホームゲームが行われる状態になる。
ここで重要なのは「接触回数」だ。
MLB公式によれば、2023年のMLB全体の観客動員数は約7,000万人。一方NFLは試合数が17試合と文字通り桁違いに少ないため、年間総観客数ではMLBを下回る。これはつまり、スタジアムに足を運ぶ“実体験者”の母数がMLBの方が圧倒的に多いことを意味する。
162試合あるということは「平日でも観戦に行ける」「仕事帰りに立ち寄れる」「家族で何度も体験できる」という日常生活の中に入り込みやすいこととイコールと言えるだろう。
その結果、MLBは都市と結びつきやすい。ローカル放送、地域広告、学校文化、世代継承。試合数が多い=接触機会が多い=地元との結合回数が多い。だからMLBは「都市密着型」になりやすい。ニューヨークにおいて、ヤンキースのロゴが街の風景になっているのは偶然ではない。半年間、街の時間を共有しているからだ。
17試合は“全国規模の爆発力”を生む ― NFLはなぜ国民的になるのか
一方、NFLのレギュラーシーズンはたったの17試合しかない。ただし、頻度が少ないことは弱みではない。むしろ希少性を生む。NFLは米国で最も視聴されているスポーツリーグであり、年間テレビ視聴ランキングの上位の大半をNFL中継が占める。
試合数が少ない → 1試合の重みが大きい → 視聴が集中する。NFLは“地元密着型”というより、“国民的イベント型”の構造を持つ。
17試合しかないから「全米が同時に同じ試合を見る」「日曜が固定化される」「話題が一極集中する」ために、全国レベルの一体感を生みやすい。
ニューヨークで見ると、人気の“質”が違う
MLBは接触回数の多さでファンの裾野を広げる。NFLは希少性で熱量を最大化する。
その結果「MLBは「生活に根ざすファン」を増やしやすい」「NFLは「強烈な試合体験で結束するファン」を生みやすい」という構造になっている。ニューヨークのような巨大都市では、野球は街のリズムになる。フットボールは街のテンションを上げる。人気は単純な“多い・少ない”ではない。どう広がるか、どう結びつくかの違いだ。
162試合は、地元との結びつきを増幅させる。
17試合は、国民的熱狂を生む。
そしてこの構造の違いこそが、ニューヨークにおけるスポーツ文化の二層構造をつくっている。
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MLB:ニューヨーク・ヤンキースのInstagramのフォロワーは約410万人。一方、NFL:ニューヨーク・ジャイアンツのInstagramのフォロワーは約299万人
結論:ニューヨークで人気のスポーツとは何か?
| リーグ | チーム | ◀︎Instagramのフォロワー数 | チーム | ◀︎Instagramのフォロワー数 |
| NFL (アメフト) | New York Giants | 299.5万人 | New York Jets | 125.2万人 |
| MLB (野球) | New York Yankees | 419万人 | New York Mets | 183万人 |
| NBA (バスケ) | New York Knicks | 470万人 | Brooklyn Nets | 479万人 |
| NHL (アイスホッケー) | New York Rangers | 140万人 | New York Islanders | 51.1万人 |
ニューヨークという街は、どちらか一方を選ばせる都市ではない。
同じリーグに複数の選択肢が存在し、しかもどちらにも一定規模のファンダムが成立している。
これは異常だ。
多くの都市では「地元=一択」になる。だがニューヨークでは、選択が生まれ、対立が生まれ、物語が生まれる。その一方で、SNSフォロワー数を見ると明確な差がある。勝利の記憶を持つチーム、全国区ブランドを確立したチーム、デジタル拡張期に成功体験を持ったチーム……etc
そうしたチームのほうが、フォロワー規模は大きい。つまりニューヨークでは「どちらも好きにさせる構造」がありながら「物語の強い側が拡張する」都市でもある。
さらに、フォロワーが多いチームほど歴史的成功があり、ロゴが都市の風景になっていて、世代継承が起き、ライト層の入り口が広いという傾向が強く、結果的に、ファンダムを形成しやすい。だが同時に、少数派を選ぶ自由もある。
ニューヨークでは、主流を応援することも、あえて対抗軸を選ぶことも、どちらも成立する。この街のスポーツ文化は「一番人気」を決める文化ではない。選択肢を増やし、対立を楽しみ、物語を拡張する文化だ。
だからこそニューヨークでは、スポーツを選ぶことは、自分の立ち位置を選ぶことに近い。
それが、この都市の「人気」の正体である。
【参考】
(※1)https://www.deloitte.com/us/en/insights/industry/sports/immersive-sports-fandom.html
(※2)https://www.deloitte.com/us/en/insights/industry/sports.html
(※3)https://www.nielsen.com/insights/2025/what-is-a-designated-market-area-and-why-does-it-matter/
(※4)https://ustvdb.com/seasons/2024-25/markets/
(※5)https://www.forbes.com/sites/justinteitelbaum/2025/10/23/the-most-valuable-nba-teams-2025/
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