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『2012年ウインブルドンからロンドン五輪までの4週間』が元王者アンディ・マリーのテニス人生を激変させた!【シリーズ/ターニングポイント】

今年の3月11日にツアー通算700勝を達成したアンディ・マリーだが、10年程前は最後の最後で勝ち切れない選手だった。(C)Getty Images
トップ選手には世界へと駆け上がる過程で転機となった試合や出来事があるものだ。このシリーズでは国内外のテニスツアーを取材して回るライターの内田暁氏が、選手自身から「ターニングポイント」を聞き出し、心に残る思いに迫る。今回はイギリスの元世界1位アンディ・マリーだ。

―――◆―――◆―――

「アンディは今日、オープン化以降18人目となる、シングルス通算700勝をあげた選手になりました」

BNPパリバオープンの初戦。ダニエル太郎をフルセットの激闘の末に破った後の会見で、アンディ・マリーは、ATPメディア担当のグレッグ・シャルコから、そのような紹介を受けた。

その言葉を聞き、懐かしそうな笑みを口の端に浮かべたマリーは、いつもの朴訥な口調で応じる。

「ちょうど600勝をあげたときも、僕はグレッグから、そのことを伝えられた。あれが2016年のシンシナティだったから、そこから100試合勝つまで、随分と時間が掛かったね」

2016年は、奇しくもマリーが、キャリア最高の時を迎えたシーズンだった。

ウインブルドンを制し、リオデジャネイロオリンピックでも、金メダルを獲得した年。そしてシーズン終盤では、なにかに取り憑かれたかのように連勝街道を疾走し、ついには世界1位まで走り切った。
だが、その代償は小さくない。翌年以降、マリーは股関節の慢性的な痛みに悩まされ、ツアーから離れる時間が長くなる。2018年1月には股関節の手術を受け、その1年後には、人工股関節の大手術をも受け入れた。

「靴紐を結ぶものも痛い。次のウインブルドンには出たいが、それも可能かどうかわからない……」

人工股関節手術に踏み切るか否かの迷いを抱えていた、2019年1月の全豪オープン開幕前。

マリーは大粒の涙に言葉をつまらせながら、苦しい胸の内を必死につむいだ。このとき、再びコートを駆ける彼の姿を、予想できた人は少なかっただろう。

それから、約半年後。

最初はダブルスを中心にコートに戻ってきたマリーは、同年10月のアントワープ大会でツアー優勝。今季もシドニー国際で決勝戦まで勝ち上がり、700のマイルストーンに到る道を、歯を食いしばり歩んできた。
ウインブルドンを含む3つのグランドスラム優勝に、2つのオリンピック金メダル。

忘れがたい700の勝利で綴る彼のキャリアに、“ターニングポイント”があるとすれば、それはなにだろうか――?

その問いにマリーは、小さくうつむき瞬時に記憶を巻き戻すと、さして間を置くことなく、訥々と語りはじめた。

「2012年のウインブルドンからオリンピックにかけての期間が、たぶん僕のキャリアにとって、すごく、ものすごく重要な時間だったと思う。

そう……実はちょうど、スタッフの1人と話していたばかりなんだ。ロジャー(フェデラー)が初めてグランドスラムを優勝したとき、彼は決勝で(マーク・)フィリポーシスと当たった。ラファ(ナダル)は、(マリアノ・)プエルタに決勝で勝ち、ノバク(ジョコビッチ)は(ジョー‐ウィルフリード・)ツォンガを破った。これらの対戦相手は誰も、メジャータイトルを持っていなかったんだ。

僕がグランドスラムのタイトルを懸けて戦ったのは、ロジャーが数回。ノバクも、当時幾つだったかわからないが優勝している。決勝で、既にメジャーを取っている選手と戦うのは、当然ながらとてもタフだった。

2012年のウインブルドンの決勝でロジャーに敗れたとき、僕は大きなプレッシャーを感じていた。『グランドスラムで優勝できると思うか?』と、何度も質問された」
ここまで一気に言葉をつむぐと、「実際、僕も自分自身に、幾度もこの問いを投げかけてしまっていたんだ」と、彼はぎこちなく笑った。

「そこに至るまでに必死に努力してきたのに、最後の最後で、どうしてもフィニッシュラインを越えられなかったのだから」と。

10年前――。

あの日のウインブルドン決勝敗戦後のスピーチは、英国の……いや、世界中のテニスファンにとっても、胸に迫る感傷的なシーンだった。

「近づいては来てるよね!」

明るく振舞おうとするも、こぼれる落ちる涙が、声を小刻みに震わせる。この敗戦はマリーにとって、4度目のグランドスラム決勝にして、4度目の敗戦だった。
「次こそ、勝ってみせるから」

約束の言葉を振り絞る悲壮な姿が、見る者たちの心を揺さぶる。後にマリーは、この時に観衆の前で胸の内をさらけだしたことにより、ファンと通じ合えたと感じたと言った。

「ロジャーに負けた2012年のウインブルドン決勝後、数日間は当然ながら、ものすごく落ち込んだ」

マリーはそう、回想する。

「その後僕は、『優勝できるかもしれないし、できないかもしれない』という現実を受け入れた。ただ、自分がコントロールできること……挑戦し続け、上達し続けることにすべての力を注ぎこもうと誓ったんだ」

この時、マリー自身も知り得なかっただろう。失意のウインブルドンとロンドンオリンピックの間の短い期間こそが、彼のキャリアの、ターニングポイントになることを。
「その4週間後のオリンピック決勝で、ロジャー相手に、同じコートで勝ったことは、大きな……大きな前進だった」

オリンピック表彰台の中央に立った、その1か月後――。

全米オープンでジョコビッチを破り、マリーは5度目の挑戦にして、悲願のグランドスラム初タイトルを手にする。

同じくジョコビッチとの決戦を制し、英国人男子として77年ぶりのウィンブルドン王者となったのは、翌2013年のこと。

決勝の勝利はマリーにとり、キャリア通算415勝目だった。

取材・文●内田暁

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