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立てるのかさえ不確定だった全豪の舞台で、観衆と共に奇跡のカムバックを果たしたナダル「負けるのは、仕方ない」<SMASH>

2022年全豪オープンを制したナダル。ヒザの故障を乗り越えて13年ぶりの戴冠となった。(C)Getty Images
「誰にも言っちゃダメだよ……。今、ここにいるんだ!」

新たな年が明ける、その前日――。ラファエル・ナダルはソーシャルメディアに、そんなメッセージを添えて一枚の写真をアップした。

テニスコートに笑顔で立つ彼の足元には、大きく「Melbourne」と書かれている。全豪オープンのセンターコートであるロッド・レーバー・アリーナが、彼が「今、いる」場所であった。

「誰にも言っちゃダメ」の言葉が意味するところは、多くのテニスファンや関係者が、そして誰よりも彼自身が、この時期にメルボルンにいられるかどうか、疑いの中にいたからだ。

昨年6月、全仏オープン準決勝でノバク・ジョコビッチに敗れた後、ナダルはウインブルドンと東京オリンピックの欠場を表明。理由を伝える声明文には、「より長いキャリアを送るためにも、休養が必要だ」と記されていた。

休養が必要な理由が、単なる疲労ではないことは、8月の復帰直後に明らかになる。ワシントン大会の3回戦で敗れたナダルは、左足のケガを理由に、全米オープンを含む残りのシーズン全試合を欠場表明。9月には「治療を行ない、ケガは回復に向かっている」との説明とともに、松葉づえ姿の写真をアップしていた。
それらケガを乗り越え、全豪オープンの準備に向けていた12月上旬……今度は新型コロナ感染が、手負いのナダルを襲った。「3日間は、完全に身体が“壊された”」と、後にナダルは明かしている。

「メルボルンに来られないのではと思っていた」というのは、偽らざる本音。全豪オープン準決勝でマテオ・ベレッティーニを圧倒し、淡々とラケットをバッグにしまっている最中に突如、両手に顔をうずめ肩を震わせたのは、この半年間に味わってきた失望と希望など種々の感情のうねりに襲われたためだろう。

いや……ナダルがこのロッド・レーバー・アリーナに立つ時に覚える胸の疼きは、この半年などというスパンに留まるものではない。

「2009年に優勝した時、自分はとても幸せ者だと思った。まさか2022年に、また決勝に来られるとは思わなかった」

準決勝勝利後に、ナダルはそう打ち明けている。その2009年から2022年までの間、彼はいくつものつらい思い出を、このコートにしみこませてきた。
2012年には、ジョコビッチと“グランドスラム史上最長決勝戦記録”となる5時間53分の死闘の末に、敗れた。2014年の決勝戦では、ケガで思うように動かぬ身体を引きずりながら、それでも最後までコートに立った。2019年は、決勝まで完璧に近いプレーで勝ち上がりながら、決勝でジョコビッチに完敗を喫している。

かつては、王者ロジャー・フェデラーに立ち向かう若さの象徴だった彼も、35歳。今大会では、25歳で世界2位のダニール・メドベージェフに挑む立場で、6度目の全豪オープン決勝の舞台に立っていた。

決勝戦の最初の3ゲームに20分を要した時、記者席では「これは2012年の再現になりそうだ!」と色めきたった声があがった。ナダルが強打で攻めれば、それ以上の鋭さでメドベージェフがカウンターを返す。その構図はまさに、10年前のジョコビッチ対ナダル戦を彷彿させた。

だがその後、ナダルのフォアは精度を欠き、力なくネットを叩く場面が増えていく。ナダルのアンフォーストエラーが20を超え、第1セットが6-2でメドベージェフの手に渡った時、今度は「これは2019年の再現になりそうだ」と、記者席のトーンは急激に下がる。第2セットも世界2位が奪い、第3セットの第6ゲームでメドベージェフが3連続ブレークポイントを握った時には、多くの記者がメドベージェフ優勝の原稿を書き始めた。

直後に、ナダルが柔らかなドロップショットを沈めた時も、歓声を上げたナダルファンですら、それが奇跡へのターニングポイントになるとは、信じられなかっただろう。
実際に、何かが劇的に変わった訳ではない。ただ、十代の頃から変わらぬ武器であるフォアの強打、そしてこの数年で急激に磨きをかけたネットプレーで攻めるナダルの姿は、間違いなく人々の心を打った。

彼がシューズの摩擦音を響かせて走り、声を上げてボールを叩き、そしてポイントを決めるたびに、観客の大歓声でロッド・レーバー・アリーナが震えた。

後に、ナダルは語っている。

「負けるのは、仕方ない。彼(メドベージェフ)が勝つのも仕方ない。ただ、試合を明け渡すことはできない」と。
この危機を切り抜けたナダルが、第9ゲームをブレークし、続くゲームをラブゲームでキープして第3セットを取り返した時、客席はますます熱を帯び、そしてメドベージェフは、苛立ちを明らかにした。

特に、サービスがフォールトになった際に上がる歓声に関しては、主審にたびたび「注意してくれ」と抗議している。時間の経過とともに威力を増すナダルのフォアへの畏怖、そしてアウェー感を増す環境が、エネルギーの消費を加速させただろう。第4セットの中盤、疲労の色を濃くするのは、25歳のメドベージェフの方だった。

対して疲れを知らぬかのようなナダルは、第4セットも奪い返す。試合時間は4時間を超え、時計の針は23時59分を指すなか、決勝戦は最終セットに突入した。

第5セットでは、今試合が始まったばかりかのように攻めるナダルが、フォアをダウンザラインに叩き込み第5ゲームをブレークする。だが、すんなりとは終わらない。勝利へのサービスゲームを、ナダルはダブルフォールトも絡めて落した。

「過去の敗戦の記憶がよぎった」ことを、ナダルは否定しない。それでも再び「諦めるな」と自分を奮い立たせ、直後のゲームをブレークした。
迎えた2度目の、勝利へのサービスゲーム。もはや、彼の優勝を阻むものはなかった。深くサービスを打ち込み、浅い返球をフォアの逆クロスで叩くと共に、迷わず前へ――。

バックのボレーが5時間24分の死闘に終止符を打った時、彼はコートに大の字になることも、その場に崩れ落ちることもしなかった。ラケットを落とし、顔を覆った両手を腰に当てると、信じられないというように、ただただ頭を振るだけだった。

6週間前には、「二度と戻ってこられないかも」と諦めかけたロッド・レーバー・アリーナに、不屈の男は、万雷の拍手と歓声を浴びて立っていた。

単独史上最多となる、21度のグランドスラム優勝者として。

現地取材・文●内田暁

【連続写真】ヒジ主導でテイクバックしてパワーを生み出す、ナダルのフォアハンド

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