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選手とコーチ、2足のわらじを履く小野田賢だからこそ教えられる“流れを読む力”「チャンスさえあれば、試合もやりたい」<SMASH>

小野田賢コーチと二宮真琴。試合の流れを読むことに重点を置いた指導の結果、二宮は6月に約3年ぶりのツアー優勝を果たした。写真提供:小野田賢
「色んな人から聞かれます。『ここには選手でいるの?』って」

 メガネの奥の目を人懐っこく細め、長身を屈めて恥ずかしそうに彼は笑った。

 ジャージ姿にラケットを手にする彼の姿は、世界中のテニス会場で見ることができる。ただその多くは、二宮真琴のコーチとして。今年の全日本選手権のように、本人が選手としてコートに立つのは、最近では珍しいことだった。

 小野田賢がコーチ業に軸足を移し始めたのは、30歳を迎えた2018年頃である。特に転機となったのは、ツアーを転戦する傍ら、立川ルーデンステニスクラブでジュニアを教え始めたことだった。

「その頃からツアーコーチにも興味があったので、2018年に立川で東レパンパシフィックが開催された時、『選手たちのヒッティングさせてもらえませんか』と自分を売り込んだんです」

 熱意通じて小野田は東レPPO会場となった立川で、ブシャールやプリスコワら、トップ選手たちの練習相手を務める。

 その時に感じたのは、「確かに彼女たちはタイミングの早さなどはあるが、日本人選手でも十分に対抗できる」ということだった。

 この東レPPOでの仕事によって、小野田の指導者業への関心は、周囲の知るところとなったのだろう。その後も彼のもとには、大坂なおみのヒッティングパートーナーなど、海外帯同の依頼も舞い込むようになる。二宮のコーチも、そんな話の一つだった。

「当時の彼女は、東京オリンピック出場を目指し、ダブルスに絞ってしっかりツアーを回りたいと考えていたようです。そこで2019年末にトライアルで2大会に帯同し、翌20年から正式にスタートしました」

 かくして二宮の指導者として、小野田は本格的にツアーコーチのキャリアを歩み始めた。
  コーチの視点で二宮を見た時、小野田が気になったのは「真面目すぎる」彼女の性格だったという。

「真琴ちゃんは真面目なので、試合中も全てのポイントで頑張るんです。でもそれでは、試合の流れに持っていきたくてもできない。誰しも調子やメンタル面の揺らぎがある中で、それに試合の流れを合わせれば、気持ち的にも楽になれます」

 生真面目な性格のため、ミスをすれば自分を責め、精神的に窮してしまう。そのような二宮の心のメカニズムを理解できるのは、小野田いわく「僕も彼女と似たタイプ」だったからだ。

「僕も自分の試合では、特にダブルスは勢いで最後まで行こうとしていたんです。でもキャリアの終盤に差し掛かった頃、『ラストイニング』という野球監督が主人公の漫画を読み、試合の流れを意識するようになった。それで良くなったと感じたことがあったので、真琴ちゃんにも助言しました。似たタイプだと思うので、彼女の気持ちがわかるんです」

 全てのポイントを全力で取りに行くのではなく、パートナーとの歯車がかみ合っている時に一気に畳みかける。あるいは、相手が勢い付きそうなタイミングで、勝負に出て流れを断ち切る。

 時に、捨てるポイントやゲームがあってもいい。気持ちを切り替えるため、極端な話、パートナーのせいにしてもいい。小野田がコーチ就任後に取り組んできたのは、試合の潮目を見極めて流れを生み、それに乗る能力だった。
  もっとも言うのは簡単だが、何しろ性格に根差したプレースタイルや哲学だ。変えるのは容易ではない。それでも試合ごとに2人は言葉を重ね、思考をすり合わせることで、一歩ずつ目指す地点へと進んでいった。

 その一つの到達点が、今年6月のノッティンガム大会優勝だろう。この時の勝因として二宮は、今まで小野田と取り組んできた「流れを読む」能力の向上を挙げた。もちろん手応えを覚えたのは、コーチにしても同様だ。

「今年のツアーでは、流れを読むことができるようになってきました。試合後の話し合いでも、『あそこで攻めた方が良かったですよね』『あそこは攻めすぎましたよね』という言葉が彼女から聞けるようになったので、わかってきてくれたかなと思います」

 それらコーチとして磨いた分析力と戦術眼は、自らが選手としてコートに立った時、思わぬ副産物ももたらした。今年11月の全日本選手権で、小野田は予選から参戦した。コロナ禍で試合数が減った選手への配慮で、昨年のランキングも使えたがゆえの僥倖だ。

 とはいえ、久々の試合である。「自分に期待はしていない」状況ではあった。ところがいざコートに立つと、相手が、そして何より自分がよく見えた。

「自分を客観的に見られるようになった。いつもなら失速しているところを、一歩踏ん張ることができた。自分の現状を把握し、動かない身体や持っている技術を理解したなかで、最善の手を尽くすことができていたかなと思います」

 その武器をフル活用し、予選を突破して本戦へ。本戦は初戦で敗れたが、収穫は大きかったようだ。
  現在33歳の小野田は、今後も「チャンスさえあれば、試合もやりたい」と断言した。それは選手としての心身の感覚が、コーチ業にも生きるからだという。

「コーチばっかりして試合を外から見ていると、テレビゲームをやっているような感覚になってしまうんです。選手のことを簡単に考えてしまう。『なんであんなミスするんだ』とか思いがちですが、本当はコートにいないとわからないプレッシャーなどがある。そのあたりを、自分はまだ選手をやっているからこそ想像できるし、選手とも、もう一歩踏み込んだ話し合いができるように思います」

 若くして、コーチとしてツアーやグランドスラムの場数を踏む小野田は、将来的には海外選手のコーチもしてみたいと貪欲だ。ただその前に、成し遂げたいことがある。

「二宮選手のおかげで、こんなに早い段階からグランドスラムを見させていただいた。彼女は既にグランドスラムで準優勝しているので、優勝させてあげたいなと思います」

 コーチとして選手と共に目指す、グランドスラムの頂点。今年の全日本出場経験は、その夢実現への糧となる。

取材・文●内田暁

【PHOTO】二宮真琴ら東京オリンピックに挑んだテニス日本代表のスナップ集
 

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