
卓球国内トップリーグの「Tリーグ」は、今シーズンから2024年のパリ五輪代表選考の対象となった。そのため、伊藤美誠の初参戦に加え、ナショナルチーム所属選手の出場回数が増え、例年よりも更にハイレベルな戦いを見せている。今回は石川佳純、平野美宇の東京五輪代表や、世界選手権代表の若手ホープ木原美悠、長﨑美柚らを擁する優勝候補筆頭の木下アビエル神奈川について、元日本代表キャプテンで、卓球解説者としてもお馴染みの藤井寛子さんに、最新のチーム動向と注目選手を聞いた。(取材・文/二株麻依)
写真左:藤井寛子、右:二株麻依(取材者)
今年のアビエルは五輪代表と世界代表が融合した最強チーム
ーー今年の木下アビエル神奈川はどういうチームでしょうか。
藤井寛子(以下、藤井):まず、もともとチームにいた石川佳純選手が大黒柱として戦っていくのかなと思うのですが、昨シーズンまで日本生命にいた長﨑美柚選手と平野美宇選手がこちらへ移籍してきて、昨年よりもかなりレベルアップしたチームになっていくなと思います。
ーーダブルスやオーダーなどどのような戦い方をするでしょうか。
藤井:昨シーズンもいた木原選手が長﨑選手とダブルスも組めたり、もちろん東京五輪でペアを組んだ石川選手、平野選手も組めます。そういう点でも、ビクトリーマッチを考えた中で、いろんな組み方ができるのが強みかなと思います。
ーー層が厚いですね。
藤井:木原選手、長﨑選手が世界選手権のメンバーでもありますし、石川選手はオリンピックのメダリストですし、平野選手もそうですね。なのでやはりいろんなメダリストがいる、ゴールデンメンバーが揃ったなという印象です。
それに加えて、張本美和選手、面手凛選手。それから牧野美玲選手、櫻井花選手、藤本和花選手ら若い選手を育成し、次世代をこの子たちが担っていくんだというメンバー構成にもなっています。そういう点でもベテランの選手と若い選手とのバランスの取れた良いチームだなと思います。
注目は木原、張本、面手ら若手成長株
ーーあえて1人、注目の選手を挙げるとしたらどうでしょう?
藤井:木原選手ですね。ビクトリーマッチに今季2回出場してどちらも勝っているんですよね。任されるだけでもすごいことなのに、そこで勝ち切っている。あんなに緊張した場面で、なおかつ相手もエースが来るわけじゃないですか。その中で、こんなまだ若い選手ですけど、自信を持って戦えているというのが、素晴らしい選手だなと思ってます。
木原美悠
ーー日本ペイント戦では直前の第4マッチにゲームオールデュースの接戦を制して、すぐにビクトリーマッチという展開もありました。
藤井:木原選手にしかできないというか、小学校のときから卓球を見ていたんですけど、どんな大舞台でもあまり表情も変わらずに、自分の持っている力を十二分に発揮できる選手だなと。
成長していく過程では、精神的に厳しいいろんな場面があるとは思うんですけど、このようにラストを任されても、自分の卓球ができるっていうのは、彼女の大きな強みなんだろうなと思います。
ーーこれから伸びていきそうな選手についても教えて下さい。
藤井:張本選手と面手選手ですね。(張本美和、面手凛の特集はこちら)
張本美和
張本選手はシニアの大会でも結果を出しはじめているので、今季が楽しみです。
面手選手も昨シーズンから加入して、石川選手とダブルスを組んだりして、Tリーグの初陣を飾ったんですけど、そういう経験というのは彼女をこれから大きくしてくれると思いますし、この間行われたJNT(ジュニアナショナルチーム)の代表を決める試合があったんですけども、それでも競合選手に勝って優勝してるんですね。
そうやってこういうTリーグの中で経験も積んで、高い意識を持って戦い、練習をする選手なので、これからまた大きく成長していくだろうなと思っています。
面手凛
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“日本代表の顔” 石川佳純は何が強いのか?
石川佳純
ーーTリーグ開幕以来、アビエルを牽引し続けてきた石川佳純選手の特徴についても教えて下さい。
藤井:まず日本代表ではずっと右利きの選手が多かったので、石川選手が左利きというのが分かりやすい特徴になっていました。ただ石川選手の本当の凄さは、相手を見る目というのがすごく長けているのと、あとはどんなときでも自分を進化させようする姿勢が飛び抜けている点ですね。
特に印象的だったのはボールのルール変更があった時です。
ーーボールの材質がセルロイドからプラスチックに変わった時なので、2015年頃ですね。
藤井:はい。一般的に実績のある選手は、従来のプレースタイルをさらに強くしていこうと考えるのですが、当時は石川選手よりも若い選手が育ってきている中で、ボールの材質も変わりました。
それまでのプレースタイルで成績が出ている中でしたが、さらに勝ち続けるために自分の卓球を改革したんです。あの時に大きく戦術や技術を変えたことで、今の石川佳純選手があります。
ーー今の選手は伊藤美誠の美誠パンチに代表されるように、独特の打ち方や戦術を持っているように見えます。一方で石川選手はわりとキレイな卓球をする方だなと思うんですけれども、個性溢れる若手選手たちにどのように対抗しているのでしょうか。
藤井:もともと攻守のバランスがすごく良い選手、基本技術も、フットワークもしっかりしている選手ですけど、やはり欠けているというか、少し足りなかった部分って威力だったりとか、新しい技術をなかなか試合の中では使いづらい部分があったかと思うんです。でも、それでは勝てないって思ったときに、どんどん新しい技術に挑戦してきました。その対応能力というところも、人並外れたものを持ってると思いますね。
ーー今季のTリーグでも2ゲームを先に取られてからの逆転勝ちなど勝負強さを見せています。
藤井:悪い流れを断ち切ることは簡単にできることではありません。ですけど、石川選手は逆境に強い。逆転のスペシャリストでもあります。初出場した2009年の世界選手権では当時16歳の石川選手がゲームカウント0-3の3-9から世界ランク10位の選手に大逆転したこともあるんですよ。すごく印象深いです。
自分にとって流れが悪いときにスパッと切り替えて、そこから吹っ切れたように全く違う戦い方ができるところ、何度も国際大会でも見てきましたからね。
(Photo by Sergey Pakulin)
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ニッセイから移籍の平野美宇と長﨑美柚 「平野は完成形に近づいている」
平野美宇
ーー平野美宇選手の卓球はどのように評価されていますか?
藤井:平野選手も小さい頃から見ていますが、小学生の時はどちらかというと基本に忠実な、オーソドックスな右のシェイクの裏裏というイメージが強く、エリートアカデミーに入ったときにも、コーチと基礎技術を高めるための練習を沢山しているのを見ていました。
国内でも国際大会でも最年少優勝の記録を塗り替えて、素晴らしい成績を出したんですけど、そこで研究されたときに、プラスアルファが少しなかった部分があったと思うんですよね。
ここは石川選手に似た部分があるなと思っているんですが、足りないものが何かを突きつけられたときに、「自分にはできない」とか「今の私では無理」ではなくて、乗り越えながら自分の卓球を進化させてきた選手のもう1人だなと思っています。
逆に他の代表選手たちは自分の良いところをどんどん伸ばしていって強くなってきた印象があるんですけど、石川選手、平野選手は、成績が出たところから一度自分を壊して、さらに卓球を高めていったという共通の部分がある気がしています。
ーー平野選手はとにかく「速い卓球だな」という印象です
藤井:速いですよね。特に2017年にアジア選手権で優勝したときは速かったですよね。速さだけがクローズアップされすぎて、ちょっと苦しんだ部分なのかなと私は思っています。そこだけじゃないので彼女の良さは。
最近また強くなってきているのは、技術、戦術に深みが出てきているところ。得意の速攻プレーを中心に展開したり、敢えてテンポを落として待ちを外すなど、相手や戦況を見ながら、戦い方を変えています。
苦しいオリンピック代表選考レースを戦い抜いて、団体戦の出場権を得て、オリンピックでメダリストになって、それでもなお成長しているんですよね。
苦しい時期は、速さに対して相手が対策をしてきて崩されていたので、そこからさらに緩急や力強さ、そして卓球に向かう気持ち、意欲の部分も同時に強化していきましたよね。平野美宇選手の卓球というのが、まだ完成形ではないと思いますけど、それに近いものになってきてるんじゃないかなと思っています。
ーー最後に直近の世界選手権で活躍した、長﨑選手はどうでしょうか。
長﨑美柚
藤井:彼女はちょうどエリートアカデミーに入ったときに私が練習相手をしたことがありましたが、小学生とは思えないほどのボールの重さ、回転量、パワーがあるんですよね。
さらに彼女の特徴としては、体のしなやかさがある中で、強さが出せるというのが持ち味です。ふと力を抜いているところからドーンと威力があるボールが来るので、相手はなかなか待ち構えづらいです。
また、サーブレシーブも威力がありますね。レシーブはチキータの技術も日本女子では一番かなと思うぐらい、威力も速さも感覚も良く、相手にとっては脅威です。
サーブは左利きで投げ上げサーブが特徴です。小学生のときから出しているのですが、相手は安易にレシーブすると威力あるドライブを打たれると思うので、無理をさせられます。
そういうところで相手に自分の強さを示せる技術を多く持ってる選手かなと思います。
ーー今年の木下アビエルは、日本生命、日本ペイントと比べても穴の無い布陣ですね。初の年間王者になれるのか注目したいと思います。ありがとうございました。
写真左:藤井寛子、右:二株麻依(取材者)
★「木下アビエル神奈川」の次の試合★
11月19日14:00~仙台市宮城野体育館にて
「木下アビエル神奈川」VS「トップおとめピンポンズ名古屋」
■プロフィール
藤井寛子(ふじい・ひろこ)
1982年生まれ。奈良県出身。両親が主宰する卓球クラブで卓球を始める。四天王寺高等学校、淑徳大学を卒業後、日本生命保険相互会社に入社。全日本選手権女子ダブルスで5回の優勝、シングルスでは3回の準優勝の経験がある。現在はYOYO TAKKYU西日暮里店のコーチとして活躍。オリンピックなどのテレビ中継で、解説者を務める。
写真提供:Rallys
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