「支援」や「広告」以外の価値を作る。スポーツスポンサーシップはパートナーシップの「共創」へ
「スポーツスポンサーシップ」と言うと、看板やユニフォームへの広告や地元の支援というイメージがまだ強いかも知れません。しかし、世の中のデジタル化に端を発する媒体の多様化や費用対効果の不明瞭さという側面から、一般的であった前述のスポンサーシップの様式は崩れかけています。
そんな中、新たなスポーツスポンサーシップの新たな在り方として “共創” というワードが業界では賑わいを見せています。文字通り、金銭を渡す側(スポンサー企業など)と受ける側(スポーツチーム・クラブ)が課題解決や価値創造に挑戦していく形です。ビジネスパートナーのような形に昇華していくイメージとも言えるでしょう。
この”共創”を軸にスポーツチーム・クラブとスポンサー企業や行政との間に入ってサポートをするのが株式会社フューチャーセッションズのスポーツダイレクターの田上悦史さん(画像右、左はシャイニングアークス 石神さん)です。NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス東京ベイ浦安(現 浦安D-Rocks 本稿では以下『シャイニングアークス』)が老舗和菓子屋である船橋屋と組んだ『共創パートナーシップ』の担い手でもあります。
実際に両者の関係をどのように紡いでいるのか、そしてスポンサーシップにおける “共創”とは。田上さんに話を聞きました。
マリノスの事例が示す“双方向性”の重要性
ーフューチャーセッションズが行なっている共創の取り組みについて教えていただけますか?
まず事業全般で扱う共創に関しては、戦略を作るところから、実際に施策を実行するところ、効果を評価するところまで、いわゆる川上から川下まで担っています。
業態的にはコンサルティングに類するのですが、分析報告書を作るとか、戦略コンサルティング会社みたいに、難易度が高いシナリオやアイディア、知恵を自分だけが考えることはほぼありません。我々が“書いて出す”で終わりではなく、参加者や関係者をお招きし、文殊の知恵を作り出すプロセスを担うこともあります。
主に私が取り組んでいるスポーツの取り組みではファシリテーションとスポーツに関する専門知識をかけ算して、戦略を作ったり、施策を実行する伴走をします。今取り組んでいる施策でも、スポンサーシップ・パートナーシップ、スタジアム・アリーナ、スポーツまちづくり、スポーツツーリズム、スポーツイベント、アスリートキャリアの構築、公園・施設等など多様です。
例えば戦略を作るところでいえば、小田急電鉄さんの経営戦略部と一緒にスポーツ共創戦略を作り、プロジェクトの進行についても伴走していきました。また、行政である嬉野市とコンテンツホルダーである女子野球連盟の2者を繋げながら「嬉野市女性が輝く街づくり」の推進を担う形での共創の間に立っています。
前職(株式会社ディー・エヌ・エースポーツ事業本部)から現職に移り、外に出てみると、実際にスポーツのあらゆるシーンで、共創が求められてきている実感がありました。例えば、プロスポーツクラブの中でもサービスや商品を作るところからファンと一緒に取り組み、例えば横浜F・マリノスのは『沸騰プロジェクト』という、スタジアムの演出から商品作りを含めてファンと一緒に考える施策を行っています。このようにファンと何かを共に作ったり、双方向のコミュニケーションをとったりしていきたいという思いが世の中でも見られるようになってきました。
SNSの時代になって、よりファンや市井の皆さんとのコミュニケーションが大事になっています。一緒に商品や試合、クラブを作っていく動きが出ていく中で、僕らは多くのシーンでその役割を担える可能性があると思っています。
ー業界全体としてホットなワードとも言えるのですね。
2022年の3月に出た第3期スポーツ基本計画でも、スポーツ組織と外部組織の今後の関わり方への期待が多く記されています。私が手元でぱっと調べただけでも75ページのうち51ページにわたって、150箇所くらいで連携や対話、共創というワードが出てきているんです。
例えばスポーツによる地方創生は街づくりの一貫でもあるので、スポーツの部局はもちろん、首長や企画部長とか、幅広い部局と連携して取り組みを進めていきなさい。地域を挙げて取り組みなさい。そしてさまざまな主体と連携して、協力しましょう、ということが言われています。これも、まさに連携や共創の重要性が示されている兆しですよね。
地域振興からスポーツにアプローチする。まち作りをする中でスポーツがどう機能していくか。近年、地域からスポーツという流れになってきました。当然、自治体だけではなく、さまざまなスポーツ組織やプロスポーツクラブ、あるいはリーグにも影響してくる考え方です。
ー「共創」は意味が広いと思うのですが、チーム・クラブ、行政の間に入って取り組みを進めるイメージでしょうか。
私のイメージとしては、ある組織が自分たちだけではできないことに対して、周りの企業や行政、非営利団体をお招きし、多様なステークホルダーと共に新しい目的・目標・価値を作っていく、というイメージをもっています。間に我々が入る形で、要は“リーダーシップの伴う伴走者”なんです。
私が意識するのは、関係者が納得できる答えを導き出せるかというところ。コンサルティング会社は、(案件を)受けました、デリバリーして終わりました、のプロセスになると思います。一方で私は、A組織、B組織、C組織のみなさんと一緒に進めましょう。そこで壁にぶつかったら三者をお招きし、未来像や共通目的・目標を描き、そこから逆算して、目の前の壁をどう乗り越えていけるか?という視点からすすめています。そして、三者が納得する答えが紡がれたら、それを進めていく。プロセスの番人みたいな役割に集中する形です。半分プレイヤーでもありながら、半分プレイヤーではない。この両方を常に自分の中に持ち続ける形ですね。プロジェクトに入るのだけど、当事者過ぎないポジションであり、当事者同士を繋ぐ伴走者と言えるのかなと。
<田上さんを取り上げた過去の記事はこちら>
『フロンタウン生田』が出来る過程で…
ー街づくり、というお話もありましたが、共創という観点でいうと、どういった事例で役割を担ったのでしょうか。
たとえば入社初期には、明治安田生命J1リーグの川崎フロンターレさんが新たに作る『フロンタウン生田』の拠点づくりのサポートを行ないました。組織として新しく大きな拠点が出来る中で、“この拠点が地域にどう貢献していくのか” という問いに対する答えは共通で関係者が持っていなければいけませんし、それを地域の人たちにも理解していただかないといけません。その中で、施設の機能やコンセプト作成のお手伝いをさせていただきました。
ー具体的にはどういった施策を?
作成の前に、若手スタッフとベテラン職員を交えたワークショップを実施しました。入札時のフロンターレは競技面でも黄金時代で注目を集め、地域密着というワードはフロンターレの強みとして大事にされてきていました。Jリーグでいちばん強く、かつ地域密着をし続けることをどう両立させるか。競技と地域密着を両立する拠点作りをどう作るかという視点を持ちながら、「“フロンターレらしさ” である強さと地域密着を持った施設ではどのような取り組みがされているか?」などの問いかけを通じて共通理解・認識を形成していきました。
そして、体制面を整える視点では「ベテラン職員が培ってきた哲学を若手スタッフにも継承しながら、どうやって革新を生み出していくのか」という問いも抱えていました。ここでは、ベテランの職員の方に “フロンターレらしさ” を言語化していただき、”らしさ”と”歴史”を強化・事業・広報などの多様な部門の若手スタッフへ伝えることで、フロンターレらしい施設を部門横断で共通理解・認識のもと、コンセプトの草案を作りました。
川崎フロンターレのベテラン職員と若手職員が意見を交わし合ったワークショップ
田上さんはこういった“セッション” のファシリテーターを務める
ー企業とプロスポーツクラブの間で実現する“共創”はどういったものがあるのでしょうか。組織がクラブに対して“支援”や“広告”を目的に金銭を授受するのが両者の関係におけるスタンダードかと思いますが、そこから形が変わっていっていると。
“スポンサーシップ”ではなくて、“パートナーシップ”としてどうするか。ここが今まさに私達が取り組んでいる仕事です。スポンサーシップには3段階あると言われていて、まず1段階目は支援としてお金を出す取り組み、2段階目が広告事業として取引する取り組み、そして3段階目のところに共創があります。
資料名:スポーツスポンサーシップの拡大ならびに永続的な発展に向けた提案
実施者:KEIO SDM SPORTS X Leaders Program Team Temae
スポンサーシップに関わる現場の方々にお話を伺うと、広告事業の場合、代理店が入って色々とまとめてくれる一方、発注主にとって目に見えない、ブラックボックス化している側面があると伺います。またアクティベーションの内容が決まっていない。費用対効果も曖昧な部分が多くなることも多々ある、と。「東京オリンピック&パラリンピックが終わった後にスポーツを支援しますか?」という質問を企業に対して当てた結果として多くの企業・組織が継続するのに一定の難易度があることをアンケート結果で示していました。それはやはり、金額に対して内容が詳細に決まってないという課題を解決できてないというのは一つの証左ではないかなと。アクティベーションの詳細や評価の指標の細分化が出来ていないことによって生じていることも、様々な要因の一つとしてあるのではないか、と考えました。
それを防ぐために、弊社はパートナー企業とコンテンツホルダーであるスポーツチーム・クラブの二者の様々な部門同士の人たちを集めて、互いにどういう仕事ができるかを探る「アクティベーション設計プログラム」を設計・実施しました。
ー実際にチーム・クラブとスポンサー企業の間でそれを実施していると。
シャイニングアークスさんと船橋屋さんがスポーツ共創パートナーシップを結びましたが、船橋屋さんとシャイニングアークスさんの間に私達が入り、締結した二社の間のアクティベーション案を作っていくことが私達のミッションでした。
二社の様々な部署の方をお招きし、それぞれにお互いの事業課題を共有しながら、どういう取り組みができるかを探し合うという取り組みをさせていただいていました。船橋屋さんとシャイニングアークスさん両者の “窓口の担当者だけ” で終わらせるのではなく、部門を超えた両者の社員をお招きし、“このパートナーシップで何ができるのか” を議論し、出てきたアイディアを実行するところまでのプロセスを一緒にさせていただいた形です。
アクティベーション設計プログラムのプロセスイメージ
応援をする立場となった船橋屋さんと、チーム・クラブとの間で何が出来るか。これを両者で話し合いながら決めていくプロセスの進行をさせていただきました。
ー最終的にどういったアウトプットが生まれたのでしょうか。
実施したことは以下の3つです。
一つ目はオリジナルラベルのくず餅のチームイベントでの販売。お互いのロゴやキャラクターを合わせたオリジナル商品をチームのファン感謝祭にて販売することが出来ました。ファンの皆さまに非常に喜んで頂き、即完売となりました。
二つ目は「選手」×「職人」の対談の実施です。選手は挫折と成功を繰り返して、ようやく試合のグランドに立っているけれど、試合で見せる華やかな部分のみがフォーカスされがちです。もっと選手のストーリーを知ってほしいという思いがあり、また職人もまた同じように、丹精込めた製品に対する挑戦や葛藤が同じようにありました。両者ともに同じような「こだわり」を持っており、それを深堀る話が出来たら両者の持つストーリーや想いが伝えらえるものになると思いました。
<船橋屋公式noteに掲載されたラグビー選手×くず餅職人の対談>
三つ目が船橋屋の若手社員向けに行ったチームビルディング研修です。入社してまもなく店舗配属となる船橋屋の若手社員の皆さんは、店舗以外の対外的な交流が少なくなりがちです。
toC企業として、組織としてここは課題にも感じる部分がありました。そこに対し、ラグビーをフックに組織について学んでもらおうと、シャイニングアークスさんのスタッフに組織づくりやモチベートについての講演をしていただきました。チームのあり方について改めて考えていただき、店舗だけでなく船橋屋全体の中でのパフォーマンス発揮を狙ったものとなります。
コロナ対策をしたワークショップの様子
ー今後もこういったニーズは増えていきそうですが、最後にスポーツスポンサーシップ業界の展望について聞かせていただけますか?
いわゆるスポーツスポンサーシップやパートナーシップというと、従来は看板の広告っていうのを置いたり、それを売ったり……。現状もそれは続いてますけど、2社のリソースを出し合ってパートナーシップを強める共創型のパートナーシップも選択肢の一つとして確立していくのではないか、と考えています。例えば日本サッカー協会のJYDのプログラムでも、パートナーシップの取り組みが行われてきたそうです。
スポーツチーム・クラブと企業の両者の関係性を深く保つために、共通の認識や理解、目標を作り、担当者間の関係を紡ぎ増やしていくことが持続性につながるのかなと考えています。
組織同士の繋がりやコミュニケーションはSNS等を通じてどんどん可視化されていく時代です。互いの共感によってパートナーシップが育まれ、両者の関係がより見えやすい社会になっていくとも思います。スポーツチーム・クラブと企業の横の繋がりが可視化されることで、チーム・クラブのファンもパートナー企業への愛着が湧き、それが両者の関係性を続ける理由にもなっていくことは大いに考えられます。
オリンピックが終わり1年以上が経ちましたが、その後の日本のスポーツのあり方は現在進行系で議論されていると思います。日本の今の社会のあり方を見ると、“共創” や “対話” が重要視されると思うので、私としてもともに歩んでいきたいですね。
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