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鈴木國弘。「神様」ジーコの元通訳が振り返る、スポーツにおける語学の重要性

ジーコの”教育”

ジーコの通訳をすることになるわけですが、ジーコはこれまでトップでやっていた選手で、私はアマチュアでやっていたレベル。だから、言葉は通じてもそれが本当のところで何を意味しているかがよく分からなかった時があったんですね。ジーコは私を介して話すわけですが、私のサッカーの知識と語彙力で伝えようとしても、ある程度ジーコのサッカーの哲学を学んでいないと成立しないんですよ。最初は「この人何を言っているんだろう?」という状況でした。

それで、ジーコが私を教育し始めたんです。通訳としての最低限のサッカーの知識と、自分の考え方、行動様式みたいなものを1ヶ月くらい毎日。彼は東京に住んでいたので一緒に車に乗って、往復6時間くらい、彼のレクチャーをひたすら聞いているわけです。そういうものを学んで初めて彼の言葉を伝えることができるレベルに達しました。

彼がなぜ日本で監督になったのか、世界中がジーコの一挙手一投足を気にするわけです。ただ多くの人はポルトガル語が分からないので、私の日本語が英語に訳される。それはものすごいプレッシャーでした。辞めると何度も話したんですが、ジーコは『お前のやり方でやればいいんだ』と言ってくれていて、そのやりとりが3ヶ月くらい続きましたね。1回契約したのになぜ自分から引き下がるんだ、それはプロじゃないと。

私は「まず“プロ”ってなんですか?」という感じでしたね。お金をもらっているから責任が生まれるんだと言われても、全然言っている意味が分からなくて。そんな意識もしたことがなかった訳です。そういったやりとりをしていくうちに、ジーコの意思を第三者に伝達できるレベルになって、ようやく通訳という仕事が成立し始めました。

正直、1日も早くやめて重荷を解きたかったですが、それだけ辞めたくても辞められなかったということは、何か縁があったのだと思います。ジーコの兄貴や顧問弁護士も、なんでお前がジーコの通訳をやっているのかわからない、と言うんです。ジーコのレベルになれば、通訳を変えたいと言ったらすぐクビにできるわけです。でもお前ごときがなんでそんな言葉をしゃべっているのに通訳をやっていたのか、未だに分からないと言われますね(笑)

通訳に必要なのは“雰囲気を読むこと”

アントラーズには当時サントス(元ブラジル代表MF)がいました。円陣の時、日本人なら「さあいくぞ、オーっ!」くらいで短く済むと思うのですが、サントスはお喋りだからとにかく話が長いんです。あの人は哲学者みたいな感じだったので、そこでいろいろな哲学を吐くのですが、私としては人生で一度も聞いたことのないような言葉が出てくる。今ならば適当なことを言えばいいんですけど、当時は言葉が出てこなくて「やべー…」みたいな(笑)

黒崎(久志)が『鈴木さんどうしたの、ちゃんと訳してよ』みたいなことを言っている中、自分は「この言葉なんていうんだろう…」と考えている。そうすると他のブラジル人は大笑いしていて。ジーコも『そんなに難しく考えることはない。すべてノリなんだ。なんでもお前の好きなことを言っていいんだ。ただ、ハーモニーというか、その場の雰囲気が調和されている状態がベストなんだ。それを崩すな』と。サッカーの通訳なんてそんなもんなんだと言われたんです。『雰囲気を読むことがプロ』だと。それを言われた時にだいぶ楽になりましたね。

プロとしては勝ってなんぼなわけで、勝利ボーナスを稼ぎ、リーグチャンピオンになるためにやっている。そのためには他の日本人選手が納得してノリノリな状態でプレーしないといけないのですが、ちょっと変な訳し方をして彼らが傷つくと、選手としては“ジーコに怒られた”ということでビビって動けなくなるわけです。

それをなくすために、例えばある選手に対してジーコがめちゃくちゃに厳しい言葉を浴びせているのに、雰囲気を読んで褒め上げているように見せるといったことができるようになりましたね。ジーコからすると怒鳴っているのですから、その怒りをそのまま選手に伝えてほしいと思いますし、そう言われた時もあるのですが、先にも言ったとおりそれはまずい。

だからジーコは怒っているのに、「最高だぞ!」みたいに訳すことも(笑) そうすると相手はジーコに褒められたと思って、イキイキと動いてくれる。そうしたらチームにとってものすごい戦力になってくれるので、そこまで考えてやるようになりました。ジーコが日本の文化を知った来日3年目くらいからは“日本人はこういう風にのせないとダメ”ということを彼自身がわかってきたので、直訳ができるようになりました。ただ、最初の1,2年くらいはそういう感じでやっていたりしましたね。

<後編に続く>

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