柴崎のミスは、森保“委任戦術”の必然?変化に対して脆弱な日本

分析に基づく備えと、典型的な「森保ジャパンの試合」

日本代表は、サウジアラビアの攻め手を阻害する意図と共に、これらのスペースを陥れるための人選と布石をもって試合に臨んでいました。

サウジアラビアと同じく4-2-3-1でのスタート。前線の選手たちはサウジアラビア代表がプレー構造上、空けてしまうスペース・エリアを狙うタスクを担っています。

右SHの浅野拓磨はサウジ左SBのアッ=シャ・ハラーニーをケアしつつその裏を伺い、左SHの南野拓実は絞ってインサイドに位置し、サウジアラビア代表が自らのハーフスペースに作ってしまいがちなエアポケットをリンクマンとして活用する構えをしばしば見せ、実際にそこからいくつものチャンスを得ています。

トップ下の鎌田大地は、攻撃的MFとして浅野、南野、CF大迫勇也と連携しつつ、DHの柴崎岳、遠藤航とタスクを按分して時には2DH+1CHの正三角形を組み、時には遠藤をアンカーとした逆三角形のトライアングルを構成して柴崎と共にインサイドハーフの仕事もこなし、南野が前方に進出している局面では彼のオリジナルポジションに入ってサウジハーフスペースの裏を取るリンクマンとしてもプレー。サウジのアル・ファラジュに近い多くのタスクを引き受けていました。

鎌田がこういった多彩なタスクを遂行することによって、サウジアラビア代表の中盤の変化に適応することが可能になりました。ただ、この形の変化については明確なトリガーが見えないため、人選とタスク配分で布石は打っているが、どういった案配でサウジの変化に対応するかは、現場の運用に任せていたものと思われます。

また、サウジアラビアはボール非保持時に4-4-2の陣形を組んでハイプレス・ミドルプレスを仕掛けてきますが、中盤のMFが担う流動性の負荷もあるのか、2トップのプレッシングとMFのそれが連動せず、「4-4-2」の「4-4」と「2」の間にスペースが生まれ、相手のビルドアップ隊に余裕を与える局面がままあります。

鎌田、柴崎、遠藤はこのスペース、セットDFからのプレッシングのエラーを活用してビルドアップの起点を作っていました。試合開始時は左DH(サウジ右)にいた柴崎が右サイドに移動し、そこからサウジSBの裏狙い、裏狙いを見せ金にした配球を行い、サウジアラビアに脅威を与えようとしていました(このあたりもまた、すべてが「事前の準備」によるのではなく、「ピッチで選手が考え判断」したウェイトが高い可能性があります)。

このように、日本代表はサウジアラビアを周到に分析していたと見ることができます。実際の試合展開をみると、事前準備に基づいて打った布石を足場に、そこからソリューションを見出すための運用は現場の判断に任せる典型的な「森保ジャパンの試合」になってはいました。なってはいましたが、敵のやり方に問題を起こしうるスペースを特定し、彼らを陥れる布石を打つ備えをもっていたのは確かです。

では、どこに、なぜ問題が生じ、敗戦にいたったのでしょうか。

問題1:サウジへの襲撃は、計画的反撃を受ける危険をはらんだ

第一の問題は、サウジアラビアの「問題点」は彼らのプレー構造、プレー循環の中で「ウィークポイントでもあるが、そこを活用しようとする相手を引き込んで逆襲するための必要条件でもある」可能性が高いこと、その可能性に対する備えが日本側にほとんどなかった(なかったようにみえる)ことです。

サウジアラビアは、たしかに上述したスペースを明け渡しがちなチームになっているのですが、これらのスペースを失陥し相手に突破された後もカウンタープレス(失敗)→2ndプレス(失敗)→撤退してブロック形成という段取りに則って守備を組織します。

「やられたくないことをやられた場合」の準備がすでにできているということですが、日本代表は彼らがブロック守備に移行した場合にどこを攻めるかについても準備をしていたので、問題になったのはそこではありません。

彼らが、単に守備局面に移動しているのではないことが日本に問題をもたらしました。カウンタープレスによる即時奪回にせよ、セットDFに移行してからのボール回復にせよ、その後の攻撃へ遷移(ポジティブトランジション)しやすいポジショニングやアクションを包含した形でサウジアラビア代表は守備を行っており、それはすなわち相手(日本代表)がこの「弱点」を狙い、「人の移動」によって「自分たちのバランスを崩して」仕掛けてきた場合、サウジはその「バランスを崩した」場所を狙って自分たちの攻撃をすぐさま再開できる、ということを意味します。

日本代表の「サウジアラビアの弱点への襲撃」は、得点可能性を高めるものである一方で、計画的な反撃を受ける危険をもはらんだものになっていたのです。

さらに「サウジの弱点をどう突くか」、実際の運用が選手たちの判断に任されていたことが、その危険性をさらに強める結果になっていました。

たとえば、前半目立った柴崎の右サイド移動からのゲームメイク。これ自体は「サウジのプレッシングから逃れながら、弱点を使う」という意味では好手だったのですが、サウジアラビアにボールを奪回された後のことを考えると、以下のような問題を抱えていました。

1)バイタルエリアを守るべきDH(柴崎)がサイドに張っており、定位置にいない
2)サウジの弱点を突くくため攻撃に特化したポジショニング、局面であるため2列目の鎌田や逆サイドの南野も前目にポジショニングしている
3)遠藤が孤立

日本のバイタルエリアは危険なまでに開放されています。注目したいのは、この形を取る上で逆サイドSHの南野、もしくは南野の代わりに鎌田がDHのラインに入っていつでも遠藤周囲のスペースをプロテクトできる位置にいないこと、後方のCBやSBがその代わりそこを消せる動きをしているわけでもないこと、です。

サウジアラビアからすると、「自分たちの弱点を攻略するために相手の陣形がバランスを欠いた状態になっている」まさにそのものといった状況でこういった「攻撃の形」からボールを失った後、このような敵陣のスペースにあらかじめアタッカーをセットさせているサウジアラビアの反撃に、日本は悩まされていました。

問題の核心は、「相手の弱点を狙う攻撃の形はあるが、バランスを失うリスクをどうプロテクトするかは考えられていない」というところにあります。「相手の弱点の分析、それに対する人選と方向性は示されているが、実際の運用は選手に大幅に委ねる」という日本の委任戦術の落とし穴がここにあるのではないでしょうか。

単一の局面については考えられているが、その局面が次々と新たに生成していく局面に構造的に対応していくことはできていません(柴崎を中心とした右サイドのユニットが考え、実施した意思決定の意味やリスクが逆サイドのユニットやDFラインのユニットにまで波及・共有されるまでかなりの時間が経過しているか、前半中には共有されていません)。ですが、サッカーのように状況の進展がスピーディかつ、タイムアウトが基本的にないゲームでは、「現場の判断と運用」のみでこういった構造的な問題に十分に対応するのは、困難なように思えます。

問題2:サウジのプレッシングの変化に委任戦術で対応できず

第二の問題は、後半に現れました。サウジアラビアがプレッシングのやり方を変えてきたのです。

前半、彼らの4-4-2からのプレッシングは、中盤と前の2枚が分離しがちになるという難点を抱え、日本はそれを利用して幅を取った深い位置からのビルドアップを成功させていました。後半、サウジアラビアはプレッシングのやり方を整理。日本がサイドに出すボールに対して2FW+1DH、2FW+SH、1FW+1SH+1DHなど、逆三角形のグループを組んで、日本のビルドアップに関与するCB+SBとDHにプレッシャーを与えることに成功します。前方の「1-2」がユニットを組み、ボールサイドに歪む4-3-1-2でのプレッシングで、日本のビルドアップの幅と深み双方にプレッシャーをかけられるような変化でした。

こうなると日本は前進しづらくなり、ボールは前で詰まってバックパスが多くなります。彼らはそれも狙ってはいたでしょうが、そのプレッシングによって生まれた難しい状況を改善するため、日本のDH(柴崎)やSB、SHが無理なポジション移動を行い、密集化しすぎてしまったり、逆に離れすぎて相互支援できなくなり、サウジアラビアが後方に用意しているプレッシング網につかまりやすくなる状況を定常的に現出させることが、より優先的な狙いだったのでしょう。そうすれば、前半も彼らにチャンスメイクをもたらしていた、ポジティブトランジションにおける優位性をより生かすことができます。

この「プレッシングの変化」こそ、「何が起こるかわからないサッカー」のピッチにいる選手たち自身が自主的に観察し、判断し、対応を考え、コミュニケーションを取ってチーム全体で共有し、乗り越えねばならない難問でした。けれども、日本代表は後半のほとんどの時間帯を通じて効果的な対応をできていませんでした。権田があわやというプレッシングを浴びたピンチや、決勝点となった失点の直接の原因となった柴崎のバックパスのミスは、こういった状況の変化に日本の「ピッチで考える」やり方が追随できなかったために起きたものと思われます。

 

森保監督が退任しても委任戦術の流れが絶えることはない

サウジアラビア戦で、日本に劣勢と失点をもたらした2つの問題に共通するのは、「問題に直面するグループ」と「それ以外のグループ」間でのタスクや判断の関連付け、意思決定の関連付け、シェアに少なからぬ時間を要するという点です。

サウジなど他チームがチーム戦術、チームとして標準とするプレー構造(ゲームモデル)、メカニズムによってなかば自動的に判断できる(判断しようとしている)要素、局面の少なからぬ部分をも「現場で判断」としているため、「観察→判断→共有→意思決定」の工程の大部分を、準備段階での局面予想と対応の事前共有で自動化していることによってスキップできる相手に対し、そこを丸々考えないといけない。それだけでも時間がかかるのに、一つの意思決定がおよぼすリスクについての意志共有にも時間がかかり、チーム全体の構造的な改善はさらにその先になり、リスクはその間、放置される。「相手のやり方や変化に対し、構造的なものも含む大がかりな対応が求められると、ソリューションの打ち出しに非常に時間がかかるか、打ち出せないまま終わる」問題は、このチームの立ち上げ時から露わになっているものですが、大一番で致命傷になった格好です。

この手痛い敗戦を受けて、改善は行われるかというと難しいかもしれません。他チームでは、戦術やゲームモデルによってあらかじめ一定程度は設計されている「ピッチ上のグループ同士のつながり、関連付け、問題の共有」、まさにそこをピッチ内での意思疎通と話し合いによって作り上げる、つながっていないものをつなげるということ自体が、「“ピッチで考えよう”という日本の委任戦術の核心の一つなのではないか?」と、これまでの経緯を見ている限り感じられるからです。

そうでなければ、相手の変化への対応に前半45分を丸々要したアジアカップ初戦のトルクメニスタン戦や、決勝のカタール戦の時点で何らかの方針・方法の転換がなされているはずです。それがないように見える以上、日本代表はこの委任戦術を、このような進め方、このようなタイム感で推し進め続けるということでしょう。これがジャパンズウェイという大戦略に見合うものである以上、森保監督が退任することがあったとしても、この流れが絶えることはないはずです。大戦略が変更されない限りは。

続くオーストラリア戦で、敵将アーノルド監督は、日本代表の「委任戦術」に内在するこの問題を利用しようとするかのような、予想外の仕掛けを行ってきました。対する日本もまた、おそらくオーストラリアにとって可能性の低いオプションだったであろう「奇策」で試合に臨み、双方にとって本来の狙いが空転するなか、ちぐはぐなゲームを展開するという興味深い内容となりました。

サウジアラビア戦とまた違う形で、日本の「委任戦術」戦略を試す試合となったオーストラリア戦については、次回論考を深めさせていただこうと思います。

▷分析家・五百蔵容の論考

▷分析家・五百蔵容へのインタビュー

▷プロフィール

五百蔵容(いほろいただし)

1969年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、株式会社セガ・エンタープライゼス(現株式会社セガゲームス)に入社。2006年に独立・起業し、有限会社スタジオモナドを設立。ゲームを中心とした企画・シナリオ制作を行うかたわら、VICTORY、footballista、Number Webなどにサッカー分析記事を寄稿。著書に「砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?」「サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析」(いずれも星海社新書/2018年刊)がある。

Twitterアカウント:@500zoo

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