柴崎のミスは、森保“委任戦術”の必然?変化に対して脆弱な日本
■目次
・「ジャパンズウェイ」を探る森保ジャパンの「委任戦術」
・サウジの有能なポジショナルプレーと、その不備
・分析に基づく備えと、典型的な「森保ジャパンの試合」
・問題1:サウジへの襲撃は、計画的反撃を受ける危険をはらんだ
・問題2:サウジのプレッシングの変化に委任戦術で対応できず
・森保監督が退任しても委任戦術の流れが絶えることはない
文=五百蔵容
写真=高橋学
※記事内の表記
DH=ディフェンシブハーフ
SH=サイドハーフ
CH=センターハーフ
SB=サイドバック
CB=センターバック
CF=センターフォワード
森保一監督率いるサッカー男子日本代表は、2022年カタールワールドカップ・アジア最終予選で全10節中4節を消化し、2勝2敗の勝ち点6でグループBで4位につけています。
全勝で首位のサウジアラビア(勝ち点12)、2位のオーストラリア(勝ち点9)の後塵を拝し、W杯本戦ストレートインとなる2位以内どころか、プレーオフ進出に回る3位にすら届いていない状況。ホームで宿敵オーストラリア代表に勝利したとはいえ、11月のシリーズで最終予選は中盤戦に入りますから「まだまだ序盤」とも言ってはいられません。
今回は、日本代表の「委任戦術」戦略を検討する観点から、10月のサウジアラビア戦・オーストラリア戦を1試合ずつ振り返り、そこに現れた特徴、問題点を精査。11月のアウェイ連戦、来るベトナム戦・オマーン戦における「委任戦術」戦略の働きへの見通しをクリアにしたいと考えています。
「我々の代表が、どんな狙いで何をしようとしているのか」。外部からでもできうる限りそれを正確に捉え、白いものを「黒くないからダメだ」などと言わず、実態に基づく分析、批判、提言を行っていく。苦しいときこそ、我々観客、サポーターの側からもそういった地道なアプローチが必要になるのではないかと信じます。
「ジャパンズウェイ」を探る森保ジャパンの「委任戦術」
さて、就任後の各試合で見せてきた内容や選手の証言などの経緯からうかがえる、森保ジャパンの「委任戦術」について改めて整理します。
基本的には、「ピッチにいる選手たちの自主的な判断、意思決定に委ねる」ことを主眼としています。これまでの試合を検討する限り、本来は選手ではなく、チーム指導部が規定するチーム戦術、相手に対応する作戦の範疇に入る判断、意思決定が選手たちに委ねられている節があります。
いわゆる「丸投げ」なのではなく、通常のチームにおけるように指導部が対戦相手を分析し対策、ゲームプランを用意しているようです。
直面する状況や試合の「位置づけ」に応じ、それらを選手にプレゼンテーションする濃度を調整、「現場判断による運用の自由度」=「選手たちがピッチで考え意思決定する余地」を広めたり狭めたりしながら、自由に考え解決策を見出すチーム力を高め、結果も出していく。
計画や指令によって戦うのではなく、その場その場での自主的で迅速な判断で、サッカーという流動的で不確定要素の強いスポーツに立ち向かっていく。
そのことが日本代表を、ひいては日本サッカーを強く大きくしていくはずという考えがそこにはあるようです。
そのようなマネジメントを行い、チームを成長させていくためには、個々の判断を促す曖昧な領域をあえて残しつつ、その曖昧さを解消していく緻密で不断のコミュニケーションが何よりも重要になるでしょう。
指導部から現場へのアプローチが、通訳を介する異文化コミュニケーションを挟むのは望ましくありませんし、互いへの思いやり、協調と和、それによる緊密な意思疎通、阿吽の呼吸の創出が「得意である」という「日本人の特徴」を生かす、ということになります。
だから「Japan’sWay」(ジャパンズウェイ)ということになるし、委任戦術こそ、ジャパンズウェイに最適であるという考えになるのでしょう。その意味で、ジャパンズウェイはたしかに戦術ではありませんが、戦略レベルの方針とは言えますし、委任戦術と論理的に整合していると考えられます。
では、10月のサウジアラビア戦において、その委任戦術はどのように機能し、また問題点を露呈したのでしょうか。
それを推し量るには、まずサウジアラビアのやり方や長所、問題点について把握する必要があります。
日本のやり方を評価するには、相手がどんなチームで、どこに強みと問題を抱えているのかを踏まえて試合を捉え、日本代表の振る舞いや、対応までにかかる時間・プロセスなどから、相手の強みや弱みについて日本がどんな分析をしていたか、どんなレベルの準備をしているか、事前のセッティングと現場判断での運用をどのようにバランスさせようとしているか検討する必要があるからです。
サウジの有能なポジショナルプレーと、その不備
サウジアラビアは、ポジショナルプレーを実装したモダンなチームです。
配置の均衡状態を意識した4-2-3-1のオリジナルポジションから、ビルドアップなどのボール保持時や非保持時、プレッシング時に適切な陣形の変化を行い、様々な状況に対応しながらも全体のバランスを崩さずチームプレーを安定させることを狙っています。
キーマンは、トップ下の7番アル・ファラジュ。彼はフリーマン的な行動の自由を戦略的に担っており、広範囲を動き、攻守両面、広範囲のプレーに関与します。DHの1枚がサイドに出たり1列上がれば、その空けた場所に降りてサポートやカバーリングに関与。時にサイドに開いては、SHがインサイドに侵入可能なスペースを生み出し、彼の動きを生かすためのボールの一時避難所や配球元になりつつ、ボールロスト時のポジショニングに応じた備えにも参加します。
チームの心臓となるボールプレーヤーの2DH(モハメド・カンノ、アル・マルキ)と、左右のSHにその特徴を生かさせつつ、ミドルゾーンのポジショニングバランスを保ち状況に応じたプレーを加えていく役割を担っています。
サウジアラビアは、アル・ファラジュのタスクを鍵として、状況に応じた変化をしながらも相互支援可能な位置関係をできるだけ崩さないようプレーしていました。互いの位置が離れているように見えても、ボールロスト時には相手のボール前進を抑える位置に効率的に集結し、即時奪回、1stプレスやプレスバックを挟んでからの奪回を低からぬ確率で成功させ、そこから淀みなくチームとして次の行動に移ります。ポジショナルプレーで期待される攻守・トランジションのリンケージを実現しているチームだと言えます。
ただ、そのメカニズムに不備がないわけではありません。
ポジショナルプレーを採用し、ピッチを5レーンに分割してハーフスペースを起点に攻撃的に振る舞おうとするチームに往々にしてあることですが、ボールロスト時にカウンタープレスが失敗した場合、自分たちが使っていたハーフスペースを守れなくなり、そこから崩される場合があります。
サウジアラビアは、3人のMFが逆三角形を形成するアンカーシステムではなく、2人のDHと1人のCH(トップ下)で正三角形をなす形を採用し、その危険に対して意を払ってはいましたが、「そこに誰もいなくなる」デメリットよりも、エルヴェ・ルナール監督はアル・ファラジュを中心とした流動性のメリットをより重視しているようでした。
このような場合、より低い位置でサイドを守るはずのSBをDHの位置に絞らせてハーフスペースと中央をプロテクトするという手段(いわゆる偽SB)がありますが、サウジアラビアの両SBはそういった振る舞いを恒常的なタスクとしてはおらず、アル・ファラジュの動きによって両SHがインサイドに頻繁に入っていくことから、SBは攻撃ではサイドアタック、守備では高い位置で相手のサイド攻撃のアタマを抑えるといった仕事を主に担っていました。
おそらく、彼らの攻撃力を生かすためにインサイドでDHのサポートをするウェイトを下げているのではないかと思われます。
ここで注目したいのは、サイドアタッカーとして高い位置で攻撃的に振る舞うことの多いSBの裏のスペースの守り方です。このような場合、通常はDFライン(CB)がスライドするか、DHが移動してそこを監視し、ブロックします。
けれども、サウジアラビアのCBは簡単に動かず、中央を守ることを最優先にした振る舞いを見せ、DHはアル・ファラジュ循環のタスクセットのなかで、5レーンのどこかを占めておくという基本を放棄することはないにせよ、流動的に位置を替えています。SBの裏を守ることに重きを置く選手が存在せず、そのタスクは状況に応じてシェアされているようでした。
これらの特徴から、サウジアラビアのプレー循環のプロセス上、空きやすいスペースやエリアを特定することができます。
SBの裏、ネガティブトランジション発生時のサウジ側ハーフスペース、そこを見せ金にして空けさせることのできる中央とサイドのスペース、です。
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