変数か、定数か。分析家・五百蔵容が論じる、東京五輪に見る日本サッカー
2021年東京五輪で金メダル獲得を目指した、森保一監督率いる男子サッカーU-24五輪代表チームは、躍動的で印象的なパフォーマンスを見せ、健闘しました。けれども最終的にはスペイン、メキシコといった世界的強豪チームに相次いで敗れ、金メダルどころかメダル獲得にすら至らないという結果に終わりました。
本論考では、U-24五輪代表チームが実施したサッカーを総括し「Japan’s Way」(ジャパンズウェイ)の再考も絡め、日本サッカーの現在地について検討したいと思います。
文:五百蔵容
写真:浦正弘
※記事内の表記
DH=ディフェンシブハーフ
CF=センターフォワード
CB=センターバック
SB=サイドバック
WG=ウイング
大会前に整備された攻守の組織と敗戦の原因
U-24五輪代表のサッカーは、五輪イヤー(延期後)である2021年に入ってからの強化試合で急速に整備されていきました。
それは4バックのゾーンDFによるブロックを敷き、ハイプレスとミドルプレスやカウンタープレスからのカウンター、ショートカウンターからチャンスメイクを狙うというもの。特筆すべきは4-4-2〜4-4-1-1〜4-2-3-1といった攻守における最小限の変化をベースに、相手のフォーメーション、やり方にアジャストしたマーキングとポジショニングを行い、攻・守・トランジション各フェーズでチームとしての狙いを整理していた点です。
対戦相手の分析結果の落とし込みや試合毎の作戦について必ずしもガッチリ固めることはせず、「選手に自主的に考えさせ、ピッチ上で答えを出させる」ことを主眼とする強化過程から、森保監督指揮下のフル代表、アンダー代表(U-24五輪代表)は、ともすれば「事前分析が疎か」「選手に考えさせると言いつつ、無策で放り出す結果に終わり、単に迷わせているのではないか?」といった批判を受けてきました。就任当初のアジアカップにおけるいくつかの試合(とりわけ初戦のトルクメニスタン戦、決勝のカタール戦)をはじめとして、相手のやり方に対応するのに時間がかかるため苦戦、苦杯を舐めることも多く、その指導方針には疑問が呈されてきたのは確かです。
ですが、本戦に向けて仕上がった五輪代表は、上記の整備を行うことにより、相手のやり方にアジャストする形、変化の幅を明確かつ最小限にし、そのことで選手が自主的な判断で修正を行う幅も限定、ゆえに個々の判断が同じ方向性を向きやすく、すりあわせがしやすい状態になっていました。
相手のフォーメーションに合わせたマンマークトラッキングを志向するハイプレス、ミドルプレスを主体に前向きな守備を試みつつ、守備から攻撃遷移時(ポジティブトランジション)には、縦方向に速く前進するバーチカルな攻撃を最優先に。
トランジションサッカーへの適性とプレス耐性が高く、リンクマンとしても優秀なDH(遠藤航、田中碧)から相手の急所にポジショニングしたアタッカー(久保建英、堂安律)へ縦パスをつけ、そこから相手の状況を見てドリブルなりコンビネーションなりで手数をかけずスピードアップして敵ボックスに迫る。縦のルートが得られない場合は、サイドにボールを運び、SBを起点にハーフスペースとアウトサイドの2択を軸に外側のスペースを使って前進する。
このシンプルな前進手段を生かす準備が日本はできていました。
本戦での対戦相手がほぼアンカーシステムないし3センターハーフのシステムを採用していたため、久保、堂安ら強力なアタッカーがその泣きどころであるアンカー脇やインサイドハーフの裏にポジショニングしつつ適時ワイドに開き相手のマークを曖昧にさせます。
その行動は必然的に「アウトサイドかハーフスペース、インサイドか」という2択を相手にせまる仕掛けと、五輪代表チームが「相手のやり方」とその変化にアジャストする方法の共通理解を両立させるようになっていました。
シンプルですが相手のやり方にあらかじめ適応したこのプレー構造を手にしていたため、日本の選手たちは縦にいければ縦、外が空いていれば外、と素早く決断し、状況に応じ判断を変えながらプレーできていたのです。
敵ボックスに攻め込んだ後、ボールを失ったらできるだけ高い位置で、ボックス近辺でもカウンタープレスをかけ奪い切る意識も高く、共通認識になっていました。やり方が整理されていることからバイタルエリアに進出したDHが自陣から脱出しようとする敵ボールの頭を抑えやすい(予測がしやすい)状態を手に入れていて、敵陣でのボール回収率を上げ、走力とその維持を要求されるこのサッカーで可能な限り体力消耗を抑え終盤まで求められる強度を維持することにつながっていたといえます。
チームとしての判断スピードは国際試合でも十分に通用するレベルに達しており、直前の強化試合や本戦のグループリーグではインテンシティ高く縦に攻め、守るトランジションサッカーが、2列目の攻撃力を生かした得点力を伴って十分に表現できていました。
この面に関して言えば、前線とディフェンスのタレントのクオリティ含め、これまでで最良のサッカーを見せていたとさえ言えると思います。
ですが、決勝トーナメントに入ると五輪代表のサッカーは急速に対応されていきます。
2列目のアタッカーを活用するやり方をケアする形で中央を封鎖され、サイドのビルドアップルートもインサイド・アウトサイドを経由するパターンを特定されて危険なプレッシングを受けます。選手個々のプレス耐性、デュエルの強度、アタッカーの個で打開しうる能力のおかげでボールを前進させることはできても、相手の泣きどころを急襲するスピードは減衰し、チャンスメイクの頻度、脅威度が低下していきました。
攻撃面で仕掛ける工夫が2列目に偏っていたのは強みでもありましたが、相手のレベルが上がるにつれ難しくなっていく要因でもありました。CFは2列目のパフォーマンスを生かすためのタスクを多数引き受け、2列目の内外のポジショニングやコンビネーションに連動して外側に開くなどボックスやシュート局面から離れる動きを少なからず行っていました。本来は得点源となるべきCFが2列目を生かすためのデコイ役に終始することを意味し、2列目絡みの攻撃ルートが封じられると打つ手がなくなる問題につながっています。
整備されたはずの守備についても、情況は芳しくないものになっていきました。
準決勝のスペイン戦は顕著でしたが、頼みのハイ&ミドルプレス、カウンタープレスが剥がされるケースが増え、とりわけボックス近辺でのそれが決勝トーナメントではほとんど効かなくなってしまいました。プレッシングの実効性が低下することで体力消耗を早め、疲労が蓄積し、最後の試合となった3位決定戦における細部のパフォーマンスに悪影響を及ぼす遠因になったかもしれません。
最終的に、グループリーグでは3試合で7得点・1失点でしたが、決勝トーナメントでは同じく3試合で失点は4、得点はわずかに1という結果に終わりました。
日本が志向するトランジションサッカーの妥当性
U-24五輪代表が行き着いたサッカーは、それ自体は高く評価できるものだと思います。
2019〜2020年度の欧州CLを、強度の高いプレッシングをチーム全体で敢行し続けるトランジションサッカーで制したバイエルン・ミュンヘンを、森保監督は「我々が目指すべき戦い方」と評していましたが、五輪代表は現時点での到達水準はともかくとして、その方向性を表現するチームとして整理されていました。
この方向性は国際的トレンドとしてしばらくは確実に続くものでもあり、世界にキャッチアップしていかねばならない日本の立ち位置を考えても妥当性のあるものと思えます。
この方向性の強みはもう一つあります。
インテンシティにおいて、従来日本選手の弱みに数えられていたデュエルにおいても代表選手個々のレベルが上がってきたため、予選では強度の高いプレッシングと守備で相対的にクオリティ差のある相手の攻撃の芽を着実に摘み、攻撃では個の力で仕留めに行けるでしょうし、イレギュラーな状況も個の質で凌ぎきれるでしょう。
本戦でも、相対的にクオリティがこちらより高い相手に対し守備をしっかり行う目処が立てやすく、世界水準に近づいてきたアタッカーの個とコンビネーションを生かして攻撃し、少ない得点機会を決めるといった展開を期待できます。
どちらの場合でも、自分たちのボトム(守備のブロック、フェーズ)を安定させ、相手のウィークポイントを割り出してそこに集中して縦に速いアタックを繰り出す、ということになります。これは日本代表の長年の課題──予選ではポゼッション主体のサッカーでゲームを支配し「格下」を退けるが、本戦ではボールが握れないため、予選とは異なる守備的なサッカーで臨まねばならない──を解消し、攻守のウェイト調整や作戦力の強化を施すことによって、ワールドカップ予選と本戦を同じコンセプトのサッカーで戦える可能性が高くなることを意味します。ポジティブな展望が開けそうです。
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