【新時代サッカー育成対談】幸野健一×末本亮太|育成年代に求められる新しい価値観とは何か?|前編
レベルに合った場所でプレーするための“幸せなクビ”
──「全員が試合に出ればチームは強くなる」というテーマがあります。そこについてももう少し深く迫っていきたいです。
幸野 そこが一番の肝です。「うちも全員出しますよ」という少年団のチームはよくありますけど、「だからあまり強くないんです」とその次の言葉が返ってくる。ですが僕はそれじゃダメだと思っているんです。全員を出すことが最終的な目的じゃなくて、全員を出しながらも強化していくというのが一番大事な部分。もちろん全員を出すことによって選手は楽しいし、嬉しい。だけどそれで弱いというのは違って、チームとしてどうやって強化していく話が一番大事な部分です。チームの一番うまくない子をベンチマークとしたときに、試合に出ることでしか選手はうまくならないので、試合に出て成長した選手が底上げしていくんです。
──そういう意味だったんですね。
幸野 レギュラーしか出さないチームは、うまくない選手を出さないからその選手は一向に成長しない。そのとき一番大事なのは週に1回ある試合じゃなくて、週に3回あるトレーニング。そのトレーニングの質を上げることが一番大事であって、全員を出すチームのうまくない子がどんどんうまくなっていくわけだから練習のインテンシティが上がってきて、バチバチ当たる環境になってくる。すべての選手が出ているので非常に高いモチベーションで雰囲気も良い。うまい選手がさらに頑張ってやらなければいけない環境になってチーム力全体を上げていくんです。
──逆に、うまい子とうまくない子の差が大きいとインテンシティが低くバチバチ当たる環境にならない。
幸野 そうです。そうなると雰囲気も悪いですし、出られない選手は「どうせ今週も出られないんだろう」と一生懸命やらなくなるので、チームの成長度も大きく変わってくる。「今日はまだ、レギュラーしか出さないチームに負けるけど、3カ月、半年という単位のなかでは必ず、全員を底上げしたほうが強くなる」というのは、世界でも当たり前の考え方なんです。
──「なるほど」と思う一方、極端なことを言うと綺麗事なのではと思ってしまう。実際、現場で指導されている末本さんはどのように感じていますか?
末本 「小さいときから全員に同じ試合の機会を与えよう」ということをするため、我々のクラブでは、学年の定員、指導者の体制も整えています。全員に平等に出場機会を与えると選手たちの健全な競争が発生しますし、試合のある週末が楽しみになる。そのために練習して上手になろうとしますし、保護者も子どもが成長する姿を見ることができます。たとえばAのグループの子たちが卒業後、上のジュニアユースのカテゴリーに進んだとします。一方、Bという子が部活というカテゴリーに進みました。その選手たちがそれぞれのステージで成長していくんです。次のカテゴリーでも自分たちが試合で得て、身につけたものを基盤にしてそれぞれのステージで活躍していくところを見ると、もしBのグループに所属している子たちに出場機会を与えていなかったら、ひょっとしたら彼らはその後の部活、社会人カテゴリーでサッカーを続けていなかったんじゃないかなという危惧も感じました。だから見きれる選手しか取らないし、その子たちの試合ができないとか、試合会場に連れていっても出られないという環境は良くないということに、5年くらい前にようやく気づきました。選手たちが成長した姿を見せてくれて気づけました。
幸野 1チームの保有人数が、8人制の小学生なら16人。中・高校生はポジションの倍の22人。これを1チームで超えてしまうと難しいんですよ。スペインなどのヨーロッパでも1チームの保有人数が制限されています。日本はそれがないから高校で100人も200人もいたりする。A、Bに分けたときにBチームにも同じように指導者をつけて、Aチームと同じように公式戦に加盟して活動できるならそれはもちろんいいと思いますが、現実はそうではないチームがほとんど。安い部費だから、人数をたくさん抱えないと活動費に回せないという現状があるからだと思います。
──では、チームを選ぶときに何人で活動しているかというのも、見るべきポイントになってくるのでしょうか?
幸野 クラブの代表者が、抱えているすべての選手を幸せにしてあげようという意図が見えるかどうかですね。僕も自分のクラブに来た選手にサッカーをやめてほしくないし、みんなが「ここに来て良かったな」と思えるようなクラブにしなければいけないと思っています。
──タブーな質問かもしれませんが、神奈川県でもプレーの機会が均等ではないクラブや、特定の選手ばかり出て結果にこだわっているチームはありますか?
末本 結果にこだわるというか、結果にこだわらざるを得ない環境になってしまっているというのはあると思うんです。彼らもそういうことをわかっていても、いろいろな葛藤や板挟みになっている状態はある。なのでこのプレミアリーグというのは、先ほどケンさんもおっしゃったように、参加条件はありますけど、共感してもらえるチームに入ってもらえるようにしています。やはり少年団のチームだと人もいないですし、レベル差が非常にあって難しいというのは僕もわかっています。なので必然的に全員が出るルールで戦ってもらうことで、彼らが悩んでいた問題とか葛藤を解決できる環境になっているのかなと思いますね。
──もし僕が監督だったらと思うと、まだサッカーを始めたばかりのような子を入れたことで、極端に技術レベルが落ちてしまうのなから「その子を出していいものなのか」と少し躊躇してしまいますがそれでも全員出したほうがいいのでしょうか。上手じゃない子が試合に出て、チームに迷惑をかけてしまって逆に傷ついてしまい、かえってサッカーが嫌いになってしまう可能性はありませんか?
末本 大豆戸FCは、1部と2部に2チームでエントリーさせてもらっています。私が現場にいて感じることは、選手に合ったレベルのカテゴリーでプレーすることが理想です。選手にとって難しすぎたり、簡単すぎる環境はステップアップを考えたり楽しさを得るにはすごく難しいと思っている。ただ、プレミアリーグに限っては複数チームの参加も条件なしで可能です。そういったチームの悩みもわかりますけど、その辺りを解決できる場所になりたいなと思いますね。
幸野 なんでレベル差があるかというと、日本のほとんどがトーナメント史上主義でやってきた弊害なんですよ。一つのチームの中にうまい子と下手な子が混在してしまってもトーナメントではどうにかなっていました。でも、完全にリーグ戦化するとチームそのものが1部、2部、3部とヒエラルキーになってくるんですよね。1部のチームが一番強いチームで、最終的に1部のチームには一番うまい子しかいかなくなるんですよ。その中でうまくない子は将来的に1学年1人はクビになってしまう。でもそれは“幸せなクビ”なんです。
──“幸せなクビ”ですか?
幸野 「キミは1年間頑張ったけれど、うちのレベルに到達できないから2部のチーム、3部のチームのレギュラーになれるところに行きなさい」と言ってクビにするわけです。そうするとそこで活躍した選手はまた1部に引き抜かれていきますから、そうやってみんなが必然的に自分が幸せな居場所に行くんです。そうなればチームの戦力も均衡化するし、3部に行ったらチームメートもあまりうまくないけれど、周りもあまりうまくないので拮抗した試合になる。だから楽しくなるんです。トップはトップレベルの相手と対戦するから楽しい。リーグ戦がきちんと継続していけば、何年か経つとどんどん移籍が行われる。リーグ戦と移籍の自由化はセットなんです。みんなが自分の幸せな場所にいけば、チームの中でうまい子とうまくない子が混在することがだんだんなくなっていく。これがリーグ戦のすごさだと思いますし、僕はヨーロッパにいていつもそれを感じていました。
──たとえばトーナメント戦で1部にいるチームと3部にいるU-10のチームが当たって、15-0という結果になってしまうということもあり得るわけですよね。
末本 だから、こういうことをやっていたらJFAのトーナメントもだんだん参加チームが減るんじゃないかと思います。たとえば1万円の参加費を払ってトーナメントに参加しても、いきなりJクラブのアカデミーと当たってぼろ負けしてしまえば「もう出なくていいんじゃないか」と思ってしまいますよね。
──確かにそうですね。それは体験としておもしろくないものですからね。
幸野 日本って「県大会に出場してJリーグの下部組織と戦いたい」という目標を持つチームがよくありますけど、本当はそういうチームと対戦してはダメです。本来そういうマッチメイクはあるべきじゃないと思っています。
──そうするとカテゴリーで格差が生まれてしまいそうですが、むしろ格差はあったほうがいい?
幸野 格差はむしろあるべきだと思います。この年代は早熟とか成長期の問題もあるので、足が速かったり、体の大きい子が評価される。体の小さい子や背の低い子、足の遅い子を守らなければいけないので。それがリーグ戦という仕組みによって、まだ成長していない子は2部、3部で守りながらやっていって、その子が成長すれば上のカテゴリーへステップアップしていくという目的でもあります。
──“幸せなクビ”だったり“ヒエラルキーはあったほうがいい”など、今の日本の常識ではないことがたくさんありますけど、そうすることでサッカーをずっとやり続けていく子が増えていくという考え方でしょうか。
幸野 自分が幸せな場所に行くということですよね。「クビ」というと一見かわいそうなことに思えますけど、本来その子がプレーすべき場所に行かすということ。日本ってどうしても強豪チームにしがみついたり、そこのジャージが着たいという人がいますが、そういう子は本来いてはいけないですし、サッカー選手はプレーする場所に行かないと成長できないですから。
幸野健一(こうの・けんいち)
プレミアリーグU-11実行委員長/
FC市川GUNNERS代表/サッカーコンサルタント
1961年9月25日、東京都生まれ。中央大学卒。サッカー・コンサルタント。7歳よりサッカーを始め、17歳のときに単身イングランドへ渡りプレミアリーグのチームの下部組織等でプレー。 以後、指導者として日本のサッカーが世界に追いつくために、世界43カ国の育成機関やスタジアムを回り、世界中に多くのサッカー関係者の人脈をもつ。現役プレーヤーとしても、50年にわたり年間50試合、通算2500試合以上プレーし続けている。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカーコンサルタントとしても活動し、2015年に日本最大の私設リーグ「プレミアリーグU-11」を創設。現在は33都道府県で開催し、400チーム、7000人の小学校5年生選手が年間を通し てプレー。自身は実行委員長として、日本中にリーグ戦文化が根付く活動をライフワークとしている。また、2013年に自前の人工芝フルピッチのサッカー場を持つFC市川GUNNERSを設立し、代表を務めている。
北健一郎(きた・けんいちろう)
WHITE BOARD編集長/Smart Sports News編集長/フットサル全力応援メディアSAL編集長/アベマFリーグLIVE編集長
1982年7月6日生まれ。北海道出身。2005年よりサッカー・フットサルを中心としたライター・編集者として幅広く活動する。 これまでに著者・構成として関わった書籍は50冊以上、累計発行部数は50万部を超える。 代表作は「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」など。FIFAワールドカップは2010年、2014年、2018年と3大会連続取材中。 テレビ番組やラジオ番組などにコメンテーターとして出演するほか、イベントの司会・MCも数多くこなす。 2018年からはスポーツのWEBメディアやオンラインサービスを軸にしており、WHITE BOARD、Smart Sports News、フットサル全力応援メディアSAL、アベマFリーグLIVEで編集長・プロデューサーを務める。 2021年4月、株式会社ウニベルサーレを創業。通称「キタケン」。
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